FATE×Dies Irae3話―4
血の色に染まった校内に、甲高い剣戟音とおびただしい火花が弾け散る。
アーチャーとライダー。
互いに双剣使いでありながら、激しく斬り結ぶ両者の戦いぶりはまるで対照的なものだった。
這うように床を、壁を、天井を飛び跳ね、手に携えた杭剣を力任せに叩きつけるライダーの様は、英雄(ヒト)と言うよりはむしろ魔獣(ケモノ)に近い。
一方、深く腰を落とし、堂に入った佇まいで天衣無縫なライダーの攻撃を淡々と捌き続けるアーチャーの身のこなしは、鍛え抜かれた武芸者のそれだった。
結界が効いているのだろう。
軒並み最低ランクだったライダーの能力値は、今やアーチャーに肩を並べるまでに高まっている。
「はははっ! どうだい遠坂! ぼくのライダーは!」
戦況は一進一退。決してライダーが優勢というわけではない。
だが魔術の才に恵まれず、そのことに強いコンプレックスを抱きつづけてきたであろう慎二にしてみれば、一流の魔術師たる遠坂凛と互角に渡り合っている現状は、その虚栄心を満足させてなおあり余るほど痛快であるに違いない。
「くっ……!」
耳障りな笑い声に、カチンと青筋を立てる凛。
ガントの一発でも撃ち込んで今すぐにでも黙らせてやりたいところだが、生憎と両者の位置関係がそれを許さなかった。
廊下という狭い空間で、間に互いのサーバントを挟んだこの状況では、慎二を直接狙うのは不可能だ。
罷り間違ってアーチャーを誤射してしまっては目も当てられない。
アーチャーの抗魔力ならガント程度でどうこうなったりはしないだろうが、これほど拮抗した戦況下での被弾ともなれば、それが致命的な隙に直結する可能性も十分にあり得る。
だから、今はアーチャーを信じる以外にできることはない。
大丈夫。
まだ短い付き合いではあるが、騎士としてのアーチャーの特性は薄々ながら理解している。
あの褐色の皮肉屋は、この程度の敵にいつまでも手をこまねいているような戦士ではない。
「ほら、ライダー。遊びは終わりだ。そろそろそいつを黙らせちゃえよ。ああ、でもちゃんと手加減はしてやるんだぞ。そんな弱っちい奴でも、一応これから一緒に戦う仲間なんだからさ!」
「――了解です、マスター」
ライダーの動きがにわかにキレを増す。
凛の目では追いきれないほどの超加速。
黒衣のサーバントはこれまでで最速のアクロバットでアーチャーを翻弄し、その懐に杭剣の切っ先を突きいれる。
閃光じみた鋭い刺突。
「――ふん」
それをアーチャーは、つまらなげに、事も無く弾き返した。
そして、それが合図だった。
繰り出されるアーチャーの斬撃が、徐々にライダーの防御をかいくぐり、その白蝋の肌に裂傷を刻み始める。
対して一気呵成に攻め立てるライダーの剣閃は、その苛烈さとは裏腹にことごとくを平然とアーチャーに受けとめられ、皮一枚裂けずにいる。
「くっ……!」
こぼれ出たライダーの呻き声に、色濃い焦りが滲んでいる。
アーチャーは死闘の最中だと言うのに、涼しげな笑みすら浮かべて見せ、
「――自慢ではないがね。生前私が相対した敵というのは、総じてこの身に余る格上(バケモノ)ばかりだった。そうした連中を相手に知恵を絞り、技量を磨き、死力を尽くし、そしてまがりなりにも勝利をもぎとってきたのがこの私だ。分かるかライダー? そんな私が同格以下の敵に遅れをとる道理などあるまいよ。まして、貴様のような輩になどな。分かるぞ。こうして干戈を交えれば、その程度には理解が及ぶ。察するに君は、生まれもった圧倒的な力でもって、挑みかかって来る相手を完膚無きまでに捩じ伏せる生粋の虐殺者だったのだろうよ。動きが雑だ。型破りなのではなく、そも基本となる型を身につけてすらいない。貴様の奇抜な戦い方にはもう慣れた。慣れてしまえば、奇抜なだけの敵手など、取るに足りんよ」
干将の一太刀がライダーの脇腹を抉る。
深い。
致命傷には程遠いが、この激戦下において、決して無視しえぬレベルの痛手だ。
返す刃をかろうじて受けとめた反動を利用し、たまらず後方へと飛び退くライダー。
いったん距離を置き、仕切り直そうという腹なのだろう。だが、
「たわけが! 私のクラスを忘れたか!」
手に携えた双剣を瞬時に弓へと持ちかえ、文字通り、矢継ぎ早に矢を放つ。
ライダーは避けられない。躱せば、矢は背後の慎二へと殺到する。
「ちっ……!」
二刀の杭剣を閃かせ、押し寄せる矢衾のすべてを辛くも叩き落とすライダー。
その手元から一条の銀光が投じられる。
標的はアーチャー。
次矢が放たれるまでの一瞬の空隙を突いた、起死回生の奇襲。
けれど所詮は苦し紛れ。
アーチャーは迫る刃を難無く弓で払いのけ――
「! アーチャー!」
宙を舞う杭剣が、次の瞬間、ジャラジャラと甲高い音を立てながら、ありえない軌道を描きだす。
虚空に顕れた鎖が杭剣同士の柄を繋ぎ、手繰られるがままアーチャーに襲いかかる。
「――っ! 味な真似を!」
咄嗟に身を退け、寸前で鎖の拘束から脱するアーチャー。
だがその弓は鎖によって絡めとられ、弓兵の手から奪い取られた。
これでアウトレンジからの狙撃は封じられた。
その場に居合わせた誰もが、そう思ったことだろう。
――アーチャー以外は。
「……なるほど、狙いは悪くない。だが、相手が悪かったな!」
『なっ!』
驚愕の声が重なる。
アーチャーの手には、奪い取られたものと寸分違わぬ弓が握られていた。
矢が放たれる。
その数、五条。
不意を突かれた上に、杭剣の片方が未だ宙にある今この瞬間、俊敏さを売りとするライダーをもってしても、迫りくる全弾を防ぎきるのは不可能だった。
打ち漏らした二本の矢が、それぞれ肩と太股に突き刺さる。
「勝負あったわね」
勝ち誇るでもなく、ただ淡々と事実を告げる凛。
その傍らでは、アーチャーがいつでも放てるよう、つがえた矢の照準をライダーへと据えている。
「あんたにもう勝ち目は無いわ。結界を解きなさい慎二。従うなら、この場は見逃してあげてもいいわ」
趨勢は決した。
だが、手負いとはいえ相手もサーバントのはしくれ。
流石に秒殺というわけにはいくまい。
慎二は生贄の命を絞りつくすまで、後二、三十分はかかると言っていた。
あれからすでに十分は過ぎている。タイムリミットは早くて十分。
それまでにライダーの息の根を止められるかは、正直怪しいところだった。
重ねて言えば、そのタイムリミットとて慎二の推測に過ぎないのだ。
生贄の個人差も考えれば、決して予断は許されない。
今はサーバントの打倒よりも事態の収拾を優先させるべきであり、この降伏勧告はそのためのものだった。
凛の知る間桐慎二という少年は、自尊心が人一倍強い一方で、基本的には保身を優先するヘタレである。
話の持っていきかた次第では、言いくるめるのも決して難しくはないはずだ。
「ふ、ふざけるなよ遠坂! 勝負はまだ終わっちゃいない! 僕はまだ、負けてなんかいないぞ!」
「そうね。けど、あんたにとっては勝敗なんて最初からどちらでもいいんじゃないの?」
「何?」
「彼女の言うとおりです、慎二」
アーチャーとライダー。
互いに双剣使いでありながら、激しく斬り結ぶ両者の戦いぶりはまるで対照的なものだった。
這うように床を、壁を、天井を飛び跳ね、手に携えた杭剣を力任せに叩きつけるライダーの様は、英雄(ヒト)と言うよりはむしろ魔獣(ケモノ)に近い。
一方、深く腰を落とし、堂に入った佇まいで天衣無縫なライダーの攻撃を淡々と捌き続けるアーチャーの身のこなしは、鍛え抜かれた武芸者のそれだった。
結界が効いているのだろう。
軒並み最低ランクだったライダーの能力値は、今やアーチャーに肩を並べるまでに高まっている。
「はははっ! どうだい遠坂! ぼくのライダーは!」
戦況は一進一退。決してライダーが優勢というわけではない。
だが魔術の才に恵まれず、そのことに強いコンプレックスを抱きつづけてきたであろう慎二にしてみれば、一流の魔術師たる遠坂凛と互角に渡り合っている現状は、その虚栄心を満足させてなおあり余るほど痛快であるに違いない。
「くっ……!」
耳障りな笑い声に、カチンと青筋を立てる凛。
ガントの一発でも撃ち込んで今すぐにでも黙らせてやりたいところだが、生憎と両者の位置関係がそれを許さなかった。
廊下という狭い空間で、間に互いのサーバントを挟んだこの状況では、慎二を直接狙うのは不可能だ。
罷り間違ってアーチャーを誤射してしまっては目も当てられない。
アーチャーの抗魔力ならガント程度でどうこうなったりはしないだろうが、これほど拮抗した戦況下での被弾ともなれば、それが致命的な隙に直結する可能性も十分にあり得る。
だから、今はアーチャーを信じる以外にできることはない。
大丈夫。
まだ短い付き合いではあるが、騎士としてのアーチャーの特性は薄々ながら理解している。
あの褐色の皮肉屋は、この程度の敵にいつまでも手をこまねいているような戦士ではない。
「ほら、ライダー。遊びは終わりだ。そろそろそいつを黙らせちゃえよ。ああ、でもちゃんと手加減はしてやるんだぞ。そんな弱っちい奴でも、一応これから一緒に戦う仲間なんだからさ!」
「――了解です、マスター」
ライダーの動きがにわかにキレを増す。
凛の目では追いきれないほどの超加速。
黒衣のサーバントはこれまでで最速のアクロバットでアーチャーを翻弄し、その懐に杭剣の切っ先を突きいれる。
閃光じみた鋭い刺突。
「――ふん」
それをアーチャーは、つまらなげに、事も無く弾き返した。
そして、それが合図だった。
繰り出されるアーチャーの斬撃が、徐々にライダーの防御をかいくぐり、その白蝋の肌に裂傷を刻み始める。
対して一気呵成に攻め立てるライダーの剣閃は、その苛烈さとは裏腹にことごとくを平然とアーチャーに受けとめられ、皮一枚裂けずにいる。
「くっ……!」
こぼれ出たライダーの呻き声に、色濃い焦りが滲んでいる。
アーチャーは死闘の最中だと言うのに、涼しげな笑みすら浮かべて見せ、
「――自慢ではないがね。生前私が相対した敵というのは、総じてこの身に余る格上(バケモノ)ばかりだった。そうした連中を相手に知恵を絞り、技量を磨き、死力を尽くし、そしてまがりなりにも勝利をもぎとってきたのがこの私だ。分かるかライダー? そんな私が同格以下の敵に遅れをとる道理などあるまいよ。まして、貴様のような輩になどな。分かるぞ。こうして干戈を交えれば、その程度には理解が及ぶ。察するに君は、生まれもった圧倒的な力でもって、挑みかかって来る相手を完膚無きまでに捩じ伏せる生粋の虐殺者だったのだろうよ。動きが雑だ。型破りなのではなく、そも基本となる型を身につけてすらいない。貴様の奇抜な戦い方にはもう慣れた。慣れてしまえば、奇抜なだけの敵手など、取るに足りんよ」
干将の一太刀がライダーの脇腹を抉る。
深い。
致命傷には程遠いが、この激戦下において、決して無視しえぬレベルの痛手だ。
返す刃をかろうじて受けとめた反動を利用し、たまらず後方へと飛び退くライダー。
いったん距離を置き、仕切り直そうという腹なのだろう。だが、
「たわけが! 私のクラスを忘れたか!」
手に携えた双剣を瞬時に弓へと持ちかえ、文字通り、矢継ぎ早に矢を放つ。
ライダーは避けられない。躱せば、矢は背後の慎二へと殺到する。
「ちっ……!」
二刀の杭剣を閃かせ、押し寄せる矢衾のすべてを辛くも叩き落とすライダー。
その手元から一条の銀光が投じられる。
標的はアーチャー。
次矢が放たれるまでの一瞬の空隙を突いた、起死回生の奇襲。
けれど所詮は苦し紛れ。
アーチャーは迫る刃を難無く弓で払いのけ――
「! アーチャー!」
宙を舞う杭剣が、次の瞬間、ジャラジャラと甲高い音を立てながら、ありえない軌道を描きだす。
虚空に顕れた鎖が杭剣同士の柄を繋ぎ、手繰られるがままアーチャーに襲いかかる。
「――っ! 味な真似を!」
咄嗟に身を退け、寸前で鎖の拘束から脱するアーチャー。
だがその弓は鎖によって絡めとられ、弓兵の手から奪い取られた。
これでアウトレンジからの狙撃は封じられた。
その場に居合わせた誰もが、そう思ったことだろう。
――アーチャー以外は。
「……なるほど、狙いは悪くない。だが、相手が悪かったな!」
『なっ!』
驚愕の声が重なる。
アーチャーの手には、奪い取られたものと寸分違わぬ弓が握られていた。
矢が放たれる。
その数、五条。
不意を突かれた上に、杭剣の片方が未だ宙にある今この瞬間、俊敏さを売りとするライダーをもってしても、迫りくる全弾を防ぎきるのは不可能だった。
打ち漏らした二本の矢が、それぞれ肩と太股に突き刺さる。
「勝負あったわね」
勝ち誇るでもなく、ただ淡々と事実を告げる凛。
その傍らでは、アーチャーがいつでも放てるよう、つがえた矢の照準をライダーへと据えている。
「あんたにもう勝ち目は無いわ。結界を解きなさい慎二。従うなら、この場は見逃してあげてもいいわ」
趨勢は決した。
だが、手負いとはいえ相手もサーバントのはしくれ。
流石に秒殺というわけにはいくまい。
慎二は生贄の命を絞りつくすまで、後二、三十分はかかると言っていた。
あれからすでに十分は過ぎている。タイムリミットは早くて十分。
それまでにライダーの息の根を止められるかは、正直怪しいところだった。
重ねて言えば、そのタイムリミットとて慎二の推測に過ぎないのだ。
生贄の個人差も考えれば、決して予断は許されない。
今はサーバントの打倒よりも事態の収拾を優先させるべきであり、この降伏勧告はそのためのものだった。
凛の知る間桐慎二という少年は、自尊心が人一倍強い一方で、基本的には保身を優先するヘタレである。
話の持っていきかた次第では、言いくるめるのも決して難しくはないはずだ。
「ふ、ふざけるなよ遠坂! 勝負はまだ終わっちゃいない! 僕はまだ、負けてなんかいないぞ!」
「そうね。けど、あんたにとっては勝敗なんて最初からどちらでもいいんじゃないの?」
「何?」
「彼女の言うとおりです、慎二」
作品名:FATE×Dies Irae3話―4 作家名:真砂