こらぼでほすと 風邪7
週末は賑やかに過ごした。日曜の夜に、ようやくマリューもボランティアは終了だ、と、引き上げた。月曜からは、通常通りで、サルは弁当を手にして登校したし、ハイネも同じように弁当を手にしてラボへ出勤した。やれやれ、と、本堂の前に座り込んで、寺の女房が境内の桜を見上げる。まだ、ツボミのままだが、かなり膨らんで薄っすらと色づき始めている。これが満開になる頃、刹那は降りて来る。そう思うと待ち遠しい気分になる。まあ、あまり期待しすぎて、ミッションの都合で降りられないなんてこともあるから、女房も期待半分にしないとな、と、内心で己を戒めてはいる。
リジェネは、二日ほど抱き枕にされて、落ち着いたのか、ちょっと離れられるようになった。今は、おつかいに近くのスーパーまで出かけている。寝る前に頼んでおいたから、女房が起きたら紫子猫はいなかった。そういうことだろう。
・・・・喉の痛みも引いてきたし、なんとか間に合いそうだなあ・・・・
桜を見上げて、女房は微笑む。黒猫の説教を食らうのは、それほどイヤではない。むしろ、心配してくれているからの説教だから嬉しいのだが、声が出せなくて心配だ、と、表情を曇らせられるのは申し訳ないから、黒猫が降りて来るまでには治りたいのだ。
試しに、小さい声を出してみたら、痛みもない。これなら、明日、診察されても叱られることはないだろう。
「・・・刹那・・・」
声に出して名前を呼んでみると、愛しさが募る。まだ、これから再々始動があるだろうが、刹那は乗り越えてくれるだろう。あははは・・・と笑っていたら、頭にハリセンが落ちてきた。
「声を出すな。」
亭主が本堂に上がってきたらしい。何か用事でもあったのか? と、振り向いたら、黒袈裟を装備している。
「・・・しごと?・・・」
「朝から連絡があってな。ちょっと出てくるぞ。バイトには間に合うから、サルに、そう言ってくれ。」
女房が知らない間に、予約が入ったらしい。慌てている風ではない。どっかりと、女房の横に腰を下ろした。
「・・・じかんは?・・・」
「まだ、大丈夫だ。・・・・痛くないのか? 」
「・・はい・・・」
「おまえ、昼寝の時間じゃないのか? なんで起きてる? 」
ハイネが追加したクスリを飲むと、夕方まで、うとうとしているはずだ。だから、坊主は自力で着替えて、様子だけ見に来たのだ。それが、本堂の前の階段に座っているから訝しんでいる。
「・・・クスリ・・・のまなかったので・・・」
「はあ? 」
伊達に何年も、ドクターの処方する薬を飲んでいるわけではない。どれが、どういうものかは、なんとなく解る。ハイネが付け足したクスリは安定剤で、それを飲むと、少し頭がぼんやりする。ふわふわした気分で楽といえば、楽なのだが、あまり頼りすぎるのもマズイだろうと、午後の分は飲まなかった。飲まなくても、桜を眺めていれば、同じようにふわふわした気分になる。
「俺はかまわないがな。」
「あははは・・・はいはい。・・・・免疫力って、なかなか回復しないんですねぇ。」
「しねぇーだろーなあ。おまえ、理解できてないだろ? スナイパーやるのに二十年近くかけてつけた体力も免疫力もゼロに戻ってんだぞ。それを取り戻すには、時間はかかる。」
「・・・ゼロ?・・・」
「一回死んだだろ? あれでゼロになってんだよ。」
「・・・あー・・・」
9割方、死んだ状態で回収された、と、女房も聞いている。それから再生槽に叩き込まれ、身体は再生されたが、されただけだ。負のGN粒子による影響は、そのままで最近、それも駆逐してもらったばかりだ。
・・・・まあ、そりゃそうか。ずっと、人ごみとは無縁だったし・・・・
ほとんど、寺の周囲何キロかの移動しかしていないし、人ごみは避けていたから、ウイルスとも、ほとんど接触していなかったのだろう。少しずつ外出して、ウイルスに対する抗体もつけていかなければならないらしい。
「何度かダウンしてりゃあ、抗体もできるはずだ。」
「・・・めんどうだなあ・・・」
「諦めろ。こればかりは、それしか方法がねぇ。」
これといって急ぐ用件もないから、ゆっくりと体力も回復させていかないといけない。筋力をつけるのは、その後だ。完全には右目の視力は戻らなかったので、スナイパー自体はできそうにないが、亭主のように乱戦なら、なんとかなるだろう。至近距離の射撃は、的がでかいし、亭主に教授してもらえば、それなりに技術もつけられるはずだ。
まあ、それも体力が戻らないと、満足に銃も扱えないから、少し先のことだ。
「・・・来週・・・」
「ああ、舅が、おまえを拉致するって、俺にも宣言してた。」
「・・・すいませんねぇー・・・」
「舅も心配なんだろ。親孝行しとけ。」
「・・はいはい・・・」
「来月に、ちょっと本山まで出張らないとマズイらしい。留守番頼めるか? 」
「・・・大丈夫・・・」
「一週間か十日ぐらいだ。」
「・・・はいはい・・・悟空も? 」
「いや、サルは行かねぇ。俺だけだ。」
ぽつりぽつりと夫夫で小さな声でやりとりする。亭主も、声を出すな、と、叱ったが、久しぶりに女房の声を聞いたので、そのまま喋らせている。ちょっとしゃがれた声だ。長いこと、喉を使っていないから、最初は、そんなものなのだろう。小春日和で、春らしい暖かな陽射しが降り注いでいる。パジャマの上に半纏を羽織っているから、これぐらいなら風邪もぶり返さないだろうから、そこいらもスルーだ。機嫌の良い顔をしているし、表情も穏やかだ。なんとか持ち直したらしい。何も言わず、タバコに火をつけたら、くくくく・・・と女房は笑って、「あんたはいいですね。」 と、おっしゃった。
「ああ? 」
「・・・あんただと気楽です・・・」
大きな存在感があるのに、窮屈ではない。むしろ、その存在感に頼れるから、女房も気分が楽だ。なんだかんだと用事を言いつけてくれるし、ちゃんと様子を見に来てくれる。たぶん、亭主は、女房がいなくても困らない。自分のことは自分で出来る。ただ、女房が余計なことを考えないように、用事を作ってくれているのだ。時には叱って、時には、こうやって甘やかして、女房を手の上で、ころころと遊ばせてくれている。それが心地良いと女房も感じている。
「俺も気楽だ。」
もちろん、亭主は、女房の感じていることも承知の上で、こうおっしゃる。好きに遊んでいればいい、と、甘やかしてくれている。
「・・・・いい亭主なのに・・・」
「おまえも、いい女房なんだがなあ。こればかりはな。」
どちらもノンケで、どちらも恋情なんてものとは縁がない。お陰で、どうあっても、これ以上に関係は進まない。それも気楽だ。別に会話しなくても、見上げている桜で、どちらも考えていることがわかる。だから、言葉がなくても焦る必要がない。くくくく・・・と、亭主が紫煙を吐き出して笑っている。釣られて女房も笑う。なぜ笑っているのか聞かなくてもいい。笑いたい気分になったのだろう。それだけだ。
ぼんやりと二人して桜を眺めていたら、山門からリジェネが飛び込んできた。袋を振り回している。本堂の前の二人を発見すると、こちらに走り寄ってきた。
リジェネは、二日ほど抱き枕にされて、落ち着いたのか、ちょっと離れられるようになった。今は、おつかいに近くのスーパーまで出かけている。寝る前に頼んでおいたから、女房が起きたら紫子猫はいなかった。そういうことだろう。
・・・・喉の痛みも引いてきたし、なんとか間に合いそうだなあ・・・・
桜を見上げて、女房は微笑む。黒猫の説教を食らうのは、それほどイヤではない。むしろ、心配してくれているからの説教だから嬉しいのだが、声が出せなくて心配だ、と、表情を曇らせられるのは申し訳ないから、黒猫が降りて来るまでには治りたいのだ。
試しに、小さい声を出してみたら、痛みもない。これなら、明日、診察されても叱られることはないだろう。
「・・・刹那・・・」
声に出して名前を呼んでみると、愛しさが募る。まだ、これから再々始動があるだろうが、刹那は乗り越えてくれるだろう。あははは・・・と笑っていたら、頭にハリセンが落ちてきた。
「声を出すな。」
亭主が本堂に上がってきたらしい。何か用事でもあったのか? と、振り向いたら、黒袈裟を装備している。
「・・・しごと?・・・」
「朝から連絡があってな。ちょっと出てくるぞ。バイトには間に合うから、サルに、そう言ってくれ。」
女房が知らない間に、予約が入ったらしい。慌てている風ではない。どっかりと、女房の横に腰を下ろした。
「・・・じかんは?・・・」
「まだ、大丈夫だ。・・・・痛くないのか? 」
「・・はい・・・」
「おまえ、昼寝の時間じゃないのか? なんで起きてる? 」
ハイネが追加したクスリを飲むと、夕方まで、うとうとしているはずだ。だから、坊主は自力で着替えて、様子だけ見に来たのだ。それが、本堂の前の階段に座っているから訝しんでいる。
「・・・クスリ・・・のまなかったので・・・」
「はあ? 」
伊達に何年も、ドクターの処方する薬を飲んでいるわけではない。どれが、どういうものかは、なんとなく解る。ハイネが付け足したクスリは安定剤で、それを飲むと、少し頭がぼんやりする。ふわふわした気分で楽といえば、楽なのだが、あまり頼りすぎるのもマズイだろうと、午後の分は飲まなかった。飲まなくても、桜を眺めていれば、同じようにふわふわした気分になる。
「俺はかまわないがな。」
「あははは・・・はいはい。・・・・免疫力って、なかなか回復しないんですねぇ。」
「しねぇーだろーなあ。おまえ、理解できてないだろ? スナイパーやるのに二十年近くかけてつけた体力も免疫力もゼロに戻ってんだぞ。それを取り戻すには、時間はかかる。」
「・・・ゼロ?・・・」
「一回死んだだろ? あれでゼロになってんだよ。」
「・・・あー・・・」
9割方、死んだ状態で回収された、と、女房も聞いている。それから再生槽に叩き込まれ、身体は再生されたが、されただけだ。負のGN粒子による影響は、そのままで最近、それも駆逐してもらったばかりだ。
・・・・まあ、そりゃそうか。ずっと、人ごみとは無縁だったし・・・・
ほとんど、寺の周囲何キロかの移動しかしていないし、人ごみは避けていたから、ウイルスとも、ほとんど接触していなかったのだろう。少しずつ外出して、ウイルスに対する抗体もつけていかなければならないらしい。
「何度かダウンしてりゃあ、抗体もできるはずだ。」
「・・・めんどうだなあ・・・」
「諦めろ。こればかりは、それしか方法がねぇ。」
これといって急ぐ用件もないから、ゆっくりと体力も回復させていかないといけない。筋力をつけるのは、その後だ。完全には右目の視力は戻らなかったので、スナイパー自体はできそうにないが、亭主のように乱戦なら、なんとかなるだろう。至近距離の射撃は、的がでかいし、亭主に教授してもらえば、それなりに技術もつけられるはずだ。
まあ、それも体力が戻らないと、満足に銃も扱えないから、少し先のことだ。
「・・・来週・・・」
「ああ、舅が、おまえを拉致するって、俺にも宣言してた。」
「・・・すいませんねぇー・・・」
「舅も心配なんだろ。親孝行しとけ。」
「・・はいはい・・・」
「来月に、ちょっと本山まで出張らないとマズイらしい。留守番頼めるか? 」
「・・・大丈夫・・・」
「一週間か十日ぐらいだ。」
「・・・はいはい・・・悟空も? 」
「いや、サルは行かねぇ。俺だけだ。」
ぽつりぽつりと夫夫で小さな声でやりとりする。亭主も、声を出すな、と、叱ったが、久しぶりに女房の声を聞いたので、そのまま喋らせている。ちょっとしゃがれた声だ。長いこと、喉を使っていないから、最初は、そんなものなのだろう。小春日和で、春らしい暖かな陽射しが降り注いでいる。パジャマの上に半纏を羽織っているから、これぐらいなら風邪もぶり返さないだろうから、そこいらもスルーだ。機嫌の良い顔をしているし、表情も穏やかだ。なんとか持ち直したらしい。何も言わず、タバコに火をつけたら、くくくく・・・と女房は笑って、「あんたはいいですね。」 と、おっしゃった。
「ああ? 」
「・・・あんただと気楽です・・・」
大きな存在感があるのに、窮屈ではない。むしろ、その存在感に頼れるから、女房も気分が楽だ。なんだかんだと用事を言いつけてくれるし、ちゃんと様子を見に来てくれる。たぶん、亭主は、女房がいなくても困らない。自分のことは自分で出来る。ただ、女房が余計なことを考えないように、用事を作ってくれているのだ。時には叱って、時には、こうやって甘やかして、女房を手の上で、ころころと遊ばせてくれている。それが心地良いと女房も感じている。
「俺も気楽だ。」
もちろん、亭主は、女房の感じていることも承知の上で、こうおっしゃる。好きに遊んでいればいい、と、甘やかしてくれている。
「・・・・いい亭主なのに・・・」
「おまえも、いい女房なんだがなあ。こればかりはな。」
どちらもノンケで、どちらも恋情なんてものとは縁がない。お陰で、どうあっても、これ以上に関係は進まない。それも気楽だ。別に会話しなくても、見上げている桜で、どちらも考えていることがわかる。だから、言葉がなくても焦る必要がない。くくくく・・・と、亭主が紫煙を吐き出して笑っている。釣られて女房も笑う。なぜ笑っているのか聞かなくてもいい。笑いたい気分になったのだろう。それだけだ。
ぼんやりと二人して桜を眺めていたら、山門からリジェネが飛び込んできた。袋を振り回している。本堂の前の二人を発見すると、こちらに走り寄ってきた。
作品名:こらぼでほすと 風邪7 作家名:篠義