プラネット・テラー
1.ピンク・フラミンゴ
車のエンジンを噴かすような威勢の良さで、トロンボーンが鳴り響いている。さしづめ、素っ頓狂なサックスはクラクションか。チカチカとエキセントリックに瞬いているライトはどうしたって客たちをトランスに導く。
ど真ん中のステージで、サンジは踊っていた。踊っている、というか。ゴーゴーダンスだ。ゴーゴーダンスを"踊っている"と言うには、いろいろと問題がある、こともある。特にサンジはそうだった。ツルツルに磨き上げられたポールを腿で挟み、扱くように上下する。革のパンツに包まれた形の良い尻の突き出し方はどの角度から見ても完璧だし、腰の振り方も同様だ。ステージの下から響いている歓声は、ダンスの巧い下手だとかそういうものでないことは明らかだし、アメリカンポリスの帽子を差し出せば客たちはそれを奪おうと躍起になる。で、それを取られるか取られないかで引っ込めるあたりもまた、サンジがダンサーと言うより"ゴーゴーダンサー"であることの証明だった。
ところで、いたいけな美青年サンジにそんなことをさせているこのクラブ『ピンク・フラミンゴ』のオーナー、ドンキホーテ・ドフラミンゴは、階下の喧騒を余所に事務所の巨大なデスクにふんぞり返っていた。ドンキホーテ・ドフラミンゴ以上に、ふんぞり返るという仕草が似合う男はこの世に1人だっていないだろう。女の裸ばかりを集めたエキセントリックなインテリアが似合うのも、気ちがいとしか思えないど派手なファッションセンスも、ドンキホーテ・ドフラミンゴだけに許された特権だ。少なくとも、彼自身がそう信じている。
そして、そんなドンキホーテ・ドフラミンゴの目の前では、"伝説の男"ロロノア・ゾロが、これまたふんぞり返っていた。これが問題だった。しかもロロノア・ゾロはドフラミンゴとは違い、なんと立ったままふんぞり返っていた。頭の中で想像してみればわかりやすいのだが、座ってふんぞり返るのと立ったままふんぞり返るのでは、いささか趣が違ってくるものである。
ドフラミンゴは、座ってふんぞり返るのと立ってふんぞり返るのと、どちらがより威厳に満ちているのかを考えた。が、2秒でやめた。どちらがどう威厳に満ちていようと、世界の男の中で最も威厳に満ちているのは自分であるという自負が彼にあったためである。そう思えば、伝説だろうがなんだろうがほんの若造が自分の目の前でどうふんぞり返っていようと、ドフラミンゴにはどうだって良いことだった。
そこで、ようやくドフラミンゴは本題を切り出した。これもまた、どうでも良いことだったが。
「俺を殺しに来たそうだな?」
葉巻の煙を吐き出しながらドフラミンゴが言うと、ロロノア・ゾロはさすが、伝説級のふてぶてしさで眉毛をクイと上げてみせた。
「ああ。でもやめた」
「そりゃまた……なんでだ?」
ポンと出てきた自分の声が随分と残念そうだったことから、ドフラミンゴは、ああ俺は残念に思っているのだ、と知った。何が残念なのか、ロロノア・ゾロが自分を殺そうとしないことか、はたまた、ロロノア・ゾロが自分を殺さないことか。
しかしそんなドフラミンゴの思いとは裏腹に、ゾロはあっけらかんと答えを言ってのけた。
「依頼主が死んじまった。金も貰えねえのにあんたを殺す理由もねえ」
「ほう」
つまらねえ理由だな、と言おうとして、いやそうでもねえな、とドフラミンゴは気付いた。どちらかと言えばむしろ、もっともな理由だった。確かに、金も貰えないのに人を殺す理由などない。金も貰えないのに捨て猫を助ける理由が無いのと同じくらいにだ。
「と、それだけ言いに来たんだ。じゃあな」
そう言って、ゾロはこの部屋に上がって来たときと同じに、趣味の悪い、全裸のマネキンが大股開きで貼り付けられている扉を潜って出て行こうとした(もっとも、来るときは見張りを10人ばかりボコボコにしてやって来たわけだから、その点は行きと帰りで少々異なるが)。
しかしドフラミンゴは、出て行こうとするゾロを呼び止めた。折角の、伝説級にふてぶてしい伝説の男である。何かしら恩を売っておいて損も無いだろう。
「待て待て。俺は、お前がそこそこ気に入ったぜ。気に入ったと言っても、抱いてやりてえってほどじゃねえがな」
「こっちだって願い下げだ」
「そうか?」
てっきり残念がるかと思ったのだが、ゾロは物凄く嫌そうな表情を浮かべた。
「それはそれとして、下で一杯飲んでけよ。なァに、金なんて取らねえぜ」
「……そりゃ、どうも」
肩を竦め、ゾロは今度こそ部屋を出て行った。パタンとドアが閉まると、マネキンの足が、ビヨンビヨンと不恰好に揺れた。