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プラネット・テラー

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 サンジはあらゆるものを呪う悪態を散々わめき散らしながら楽屋に戻った。今日のステージは散々だった。別に最高のステージなど今までも無かったしこれからも無いのだが、それにしても最低だった。何しろ最後の最後で照明が落ちたのだ。だからって何が不満というわけでもないが、それにしても最低の気分だった。
 そもそもあの悪趣味なオーナーの言いつけで真っ赤なハイヒールを履いていることが不満だ。最近、客の多くが野郎ばかりというのも不満だ。聞こえた分を数えただけでも、今日のステージで最低30回は『ファックしてくれ』と言われたのが不満だ。そして、あの馬鹿みたいに現実じみた照明の下で見た、懐かしい顔が不満だ。
 サンジが、よく蒸れる革ズボンのポケットに手を突っ込んだままハイヒールの踵で入り口から順番に鏡を叩き割っていると、マネージャーのベラミーが慌てて楽屋に駆け込んできた。
「てめえッ、何してやがんだ!」
「慈善活動」
 そう吐き捨てると、サンジは傍らでスキンケアをしていた男性ストリッパーの顔を指差した。確かに、そのメフィラス星人とジャミラを掛け合わせたような自分の姿をステージの前に見るのは、あまり良いこととは思えない。
 ベラミーはギリギリと歯を鳴らしたが、サンジが手を突き出すと、存外大人しく輪ゴムで束ねた紙幣をその上に乗せた。1枚、2枚、とサンジが数えるのを見ながら、割れたガラスに映ったいくつもの自分の姿を眺めている。ナルシストなのだろう。
「クソッ……お前の給料から修理費を引くからな」
「あっそう。でも、俺は今日限りで辞めるぜ」
「ああ!?」
 目と口と鼻の穴を最大限に広げたベラミーなど見えないとばかりに煙草を咥え、サンジは他人のジャケットからライターを探った。
「聞いてねえぞ……」
「言ってねえからな」
「そうだ、退職願! 退職願が出てねえ」
 ケ、とサンジは吐き捨てた。そんな上等な職場でないことは、この楽屋にいる者全員が知っているのだ。ベラミーはサンジを引き止めたがっている。それはサンジが、例えダンスのラストで照明が落ちたとしても、次のステージでは店一杯の客を引き寄せるということを知っているからだ。
「退職願な。これでいいか?」
 咥え煙草で口の端から煙を吐き出しながら、顔の右半分を歪めてサンジは中指を突きたてた。しかも、ベラミーの顔のまん前で。
「てめえ、このアバズレッ」
 ベラミーが拳を振り上げきるよりも先に、サンジの上段蹴りが顎の下にクリーンヒットしていた。ゴーゴーダンサーの上段蹴りを侮ってはいけない。当たり前のように、ベラミーは中途半端に拳を振り上げた姿勢のまま、真後ろに倒れた。
「退職金はこれで勘弁してやるよ」
 煙をモワリと吐き出しながら、サンジはハイヒールの踵でベラミーの股間をグリグリと踏みつけた。

 レースカーテンよりも薄いシャツの上にジャケットを羽織り、ウォレットチェーンを引っ掛け、ハイヒールをエンジニアブーツに履き替えれば、ゴーゴーダンサーは少なくともちょっと勘違いした時代遅れのロッカーくらいには変身できる。
 生ゴミまみれのゴミ箱にハイヒールを放り、サンジは薄っぺらな裏口の扉を開け表に出た。どうやら今日は満月らしい。
 フィルターまで吸った煙草を後ろに放り投げ、サンジは新しく1本取り出すと、ジャケットのポケットを探った。レシート、キャンディー、何かのビニール、いらないものは山ほど入っているのに、必要なものは見つからない。
 カチン。
「……どーも」
 小さな火の向こうで首を傾げるのは、胸糞の悪い、懐かしい顔である。
「ゴーゴーダンサーか」
「ああ。アメリカンポリスの制帽を被って、乳首丸出しで踊るんだ。笑えるだろ」
「しかもハイヒールでな」
 自分で言い出した癖に、サンジは笑い声を上げたゾロの尻を思い切り蹴り上げた。
「まあ、今日で辞めたけどよ」
「辞めたのか?」
「ああ。次はコメディアンになる予定だ」
 さも当たり前のように言ったサンジに、ゾロはクイと眉を上げてみせた。
「俺といたときは……大道芸人だったな?」
「ああ。その前はメイキャップアーティスト目指してたな」
「……相変わらずだな」
「そうさ。俺は何も変わっちゃいねえ。俺は、なりたいものがたくさんあるんだ。つまり、
「「俺は何にもなりたくなんてねえのさ」」
 声を合わせ自分と同じ言葉をなぞってみせたゾロを、サンジは訝しげに睨みつけた。
「……お前、昔同じこと言ってたぜ」
「ヘエ。んな細けえこと覚えてんの。気持ち悪ィ、てめえ俺に夢中じゃねえか」
 ハ、と笑い、サンジはフィルターを噛んだ。
「……ああ。俺はお前に夢中だよ。昔も、今だって」
 静かに囁かれたゾロの殺し文句に、サンジは酷く不機嫌そうに顔を歪めた。ジャケットのポケットに突っ込んだままの両手が、くしゃりとレシートを握り潰す。その手をそっと押さえつけて、ゾロはゆっくりとサンジの唇に自分のそれを合わせた。
「……メシは」
「まだだ」
 口を離した瞬間尋ねられてゾロが答えると、サンジは無言のまま歩き出した。無論、手はポケットに突っ込んだまま。
「来いよ。うまい、肉を食わせる店を、知ってる」
 サンジは迷うことなくゾロの車の前で立ち止まり、無意味にそのタイヤを蹴り付けた。
「店で食うのか」
 ゾロが声を上げると、サンジは振り向き、乾いた笑みを漏らした。
「俺のメシが食いたいってか」
 月の下で、サンジの金髪が輝いている。青白く光るその顔に浮かぶ表情は、昔のままだ。何もいらないと言いながら死ぬほど恋焦がれ、無駄なことばかりと吐き捨てながら何も捨てられず、楽に生きろと言いながら泥を啜り生きてきた、空しい男の姿だ。
『もし俺がお前の前からいなくなったとして、お前は俺を探し出せると思うか?』
 その答えを、今すぐ耳元で囁いてやりたい。
「……やめとけ。高くつくぜ」
 しかしサンジはぷいと顔を背け、そのまま、勝手にゾロの車に乗り込んだ。

作品名:プラネット・テラー 作家名:ちよ子