FATE×Dies Irae3話―5
それだけに、元気のない母というのが想像できないのだろう。
「今に始まったことじゃないんだけどさ。お母さん、普段はすごく明るいくせに、たまにひどく寂しげな目で私のこと見るんだよね。謝るような、憐れむような、そんな目でさ。で、理由を聞いても、いつもはぐらかすばかりで教えてくれないの。もっとも、物心ついた時からずっとそんな感じだったから、いつからかそういうの、ちっとも気にならなくなってたんだけど、それがここ数日顕著でさ。今日なんて、朝からずっとお通夜みたいな雰囲気だったから、それがどうにも気になって気になって……」
「なるほど、それでカレンも元気が無かったわけか」
「にしても、あのおばさんがねー。元気が服来て歩いてるような人がそんなじゃ、確かに心配よね」
「うん。――でも今ここであれこれ悩んでても仕方ないしさ。ちょうどいい機会だし、帰ったら今度こそその辺り、ちゃんとお母さんに訊いてみるよ」
カレンはふっきれた面持ちで快活に頷き――
『あらあら、何とも健気なことね、お嬢さん』
「――――」
小馬鹿にするような昏い声がねっとりと耳朶を舐めたその瞬間、カレンを取り巻く現実が一変した。
まるで、ブレーカーが落ちたかのように。
真昼の街並みが、突如薄闇に閉ざされた。
「えっ?」
突然の異常事態に思考が追いつかず、ぽかんと口を開けるカレンの傍らで、友人たちが一人、また一人と、糸の切れた操り人形のように力無くその場にくず折れる。
彼女たちだけではない。
気がつけば、この薄闇が支配する世界の中で、未だ意識を保っているのはカレン一人だけだった。
「えっ? えっ? えっ?」
何、これ……?
訳が分からない。
突っ込みが追いつかない。
こんなのおかしい。あり得ない。
悪い夢でも見ているのかと思った。
けれど意識は至極明瞭で、とても夢の中とは思えない。
『ふふ、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら? けれど大目に見てもらえないかしら? 何せ、こうでもしないと大騒ぎになっちゃうんですもの。……神秘の秘匿は魔術師の義務。それくらい、あなたも理解しておいででしょ?』
いずこともなく声が聞こえ、一枚の黒い布切れが、ふわりと空から墜ちてくる。
風が吹いてもいないのに、布が大きく翻り――そして誰もいなかったはずのその空間に、その女は顕れた。
魔法使い。
漆黒のローブに身をつつんだその出で立ちからは、それ以外の形容が思い浮かばない。
顔はすっぽりとフードに覆われ、身体のラインもゆったりとしたローブに隠れて定かではなかったが、声からして女であることは間違いなかった。
「な、何? 誰なの、あなた?」
カレンは問いかけながら、気圧されるように、じりじりと後退った。
あからさまに怪しい風貌。
慇懃な態度の下から透けて見える、粘つくような黒い悪意。
そして何より、人ならざる異様な気配が、カレンの危機意識に激しく警鐘を打ち鳴らす。
間違いない。目の前の女こそ、この異常事態を引き起こした張本人だ。
背筋が凍る。ガクガクと震えの止まらない足腰は、今にも崩れ落ちてしまいそう。
「あら、愚問ね。あなたも彼らの一員なら、私の正体にもおおよその察しはついているのでしょう?」
「そ、そんなの分かるわけないじゃない! っていうか、さっきから何訳の分からないことばかり言ってるのよ!? 魔術師って何よ!? 彼らって誰のこと!?」
身の内に凝る恐怖を吐き出すように、やけくそ気味に、そう叫ぶ。
カレンの答えがよほど意外だったのだろう。
女は「お前こそ何を言っているのだ?」とばかりに、訝しげに眉をひそめ、
「ふふふ、あははははははははははははは!」
響き渡る哄笑からは、もはや嘲り以外のなにものも感じられなかった。
「な、何がおかしいのよ!?」
「なるほど。そう! そういうこと! 傑作だわ! あなた、何も知らないし、知らされてもいないのね! でもそれも考えてみれば当然かしら。たとえ金の卵を産もうとも、彼らにとってのあなたなど、所詮は雌鶏に過ぎないのだから」
女は答えない。
ただ自身にだけ分かる言い回しでひとしきり得心し、
「そうね。そういうことならお答えするわ。――私はキャスター。此度の聖杯戦争において、魔術師のクラスを得て現界せしサーバント、以後お見知り置きを、お嬢さん。
いえ……聖槍十三騎士団黒円卓第六位――綾瀬香恋=ゾーネンキント」
やはり訳のわからない――けれど、この上もなく不吉に感じられてならない――言葉を、少女へと告げた。
作品名:FATE×Dies Irae3話―5 作家名:真砂