祈りの声は響くとも
「土井先生にとって、出会いと別れは呼吸みたいなもんでしょ。三月には卒業生を見送って、四月には新入生を迎える。毎年そうやってきたじゃない。ねえ、土井先生、教えた生徒、全員を覚えてる?」
土井は答えに窮した。忘れてはいない。だが、顔を見ない生徒の面影が遠ざかっているのは確かだ。これから先、何百人という生徒を迎えれば、忘れてしまう子が出てこないとは言い切れない。
「ね?」
きり丸は無理に作った笑顔で小首を傾げた。
「オレは土井先生の『良い思い出』になんかなりたくない。どうしようもないガキでも、一番記憶に新しいとこにいたいんだよ。それが命より大事なんて、どうかしてると思う。でも、震えるんだよね、そのこと考えると、心臓が凍ったみたいな気分になる」
きり丸は笑顔のまま、だから、ねえ、どうか許して、と懇願した。
拒絶の言葉を、土井は持たなかった。
三月。
狂った春の暖かさで咲き急いだ桜は、卒業式の日に花吹雪を作った。
旅立つきり丸の背中は、桜の花びらの向うにかき消えた。