Following the dream
…夢。
もう何度見たか解らない、夢。
目を開ければ胡坐に組んだ自分の足と、冷たく硬い石の床。
吊られた両腕から全身に掛けて力が入らない。
身体は鉛のように重い。
治らない傷口から流れた血と、飢えと乾き。
いつからこうしてるのか、いつまでこうしてるのか。
既に何もかもが良く解らない朧気な自分の中で、唯一繰り返し見る記憶の夢だけが生き長らえている間の糧。
そんな事もあったっけ、と随分昔のように振り返ったり、あんな事があったと甘い記憶をもう一度と渇望してみたり。
…末期だな。
目覚めるたびに、自嘲した。
「…良い様だな、ポートガス」
まだ、夢を見てるのかと思った。
夢じゃなけりゃ、耳か頭がついに可笑しくなったかと思った。
けど、漂う白煙と葉巻の匂いは紛れもなく。
「…遅かったな、オッサン」
「俺以外には捕まらねぇんじゃなかったか?」
「…の、つもりだったんだけどね…」
「しくじりました、か?」
「…そうみたいね」
笑いが込み上げてくる。
こんな所で何て会話だろう。
こんな状況で、何て様だろう。
呆れてるに決まってる。
そうだろう?
アンタも笑えよ、スモーカー。
「約束破っちまったから…お詫びにもう一つの権限、アンタにやるよ」
「権限?」
「俺の命はアンタにやる。処刑なら、アンタの手でしてくれ」
「…そんな権限はいらねぇし、第一お前や俺が決められる事じゃねぇ」
冷たい事言うなぁ。
俺の最期の願いも聞いてくれないのか。
海兵ってのは、そんな情もないのか?
…ああ、俺が海賊だからか。
「…アンタとの約束…全部破っちまう事になるなぁ…」
「お前と約束した覚えはない」
「…冷たいね、オッサン…。もう直ぐ死に行く俺に、別れのキスしてやるくらいの優しさも…ねぇの?」
「…随分と殊勝な事を言うじゃねぇか」
空気が震えた。
微かにスモーカーが笑った。
顔も上げず、顔も見てねぇけど、解る。
落ちる髪の隙間から、スモーカーの足。
一歩。一歩。近付いて来る。
近付く度に、無意識に自分の口元が笑いに変わっていくのが解る。
「……いいから…さっさと寄越せよ…」
ゆっくりと顔を上げた。
独特の肌の色に、精一杯後ろに撫で付けた短い銀髪。
形のいい唇に銜えられた葉巻が二本、石の床に投げ捨てられた。
葉巻のなくなったその唇に、また無意識に舌なめずりした。
「…まるで手負いの獣だな…」
その獣に近付くアンタは、獣の餌だよ。
喰われにのこのこ近付いてくるんだ。
獣の俺に、その心を全て喰い尽くされちまえばいい。
そしたら獣は、満足して死ねるんだ。
見張りの電伝虫は眠っていた。
そんな事を確認するより先に、自分も目を閉じていた。
そして目の前の熱を貪った。
この先どうなるかなんて、そんな事を考えるよりも先に。
自分の中の熱を解放させたかった。
...end
作品名:Following the dream 作家名:瑞樹