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幸福な少年? (続いてます)

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前編



≪セルティさん、セルティさん、……、助けてぇぇぇぇ!!≫


七月上旬のとある夜、可愛がっている弟のような少年からの電話を受けた彼女は文字通り黒い風となり、新宿にある臨也の事務所をバイクで襲撃し、泣きじゃくる竜ヶ峰帝人を救出した。

それが、今回の事件の全ての始まり。


★☆★☆★


8月も上旬を迎え、夏本番の猛暑に遭遇中だというのに、暑苦しい長袖バーテン服を着用中の平和島静雄は幸せだった。

公園の木陰に僅かな涼を求めて避難している最中、トムもタバコを燻らせながら顔を覗き込みつつ思案顔だ。

「今日も嫌に機嫌がいいなぁ。とうとう臨也を殺ったか?……っ、とととと!!」
「いえ、それはゆくゆく」

天敵の名を無用心に出せば、いつもならとっくに長ベンチが宙を舞い、上司だってダッシュで逃亡を図っている頃だろう。
だが、今日の自分は一味違う。
切れない自信がある己に、余裕の苦笑がついつい零れる。


ああ、なんて平和なんだろう。
甘く冷たい缶コーヒーを啜りつつ、公園のベンチの木陰でゆったり寛ぎ、蝉の聞き苦しい瀕死な鳴き声を聞いて、30℃をとっくに超え、蒸し暑くて逆上せそうな天候でも、不思議と怒りが湧いてこない。


「……なんつーかトムさん。心が満たされるって、多分こういう気持ちなんすかね? 俺、今目茶目茶幸せなんです……」
ますますトムの表情が引きつり、強張っていく。

「お前マジでどうした? 熱中症で頭膿んだか?」
「トムさん。それはいくらなんでもちょっと失礼じゃないすか?」
「ああ、すまん」

一瞬で上司が腰を上げ、全力ダッシュを決める一歩手前の逃げの体制を取っていたが、やっぱり怒りが沸かない。

不思議だ。
マジで自分自身が可笑しい。

「おい、今までの喧嘩人形な平和島静雄は何処に行った?」
そんな事、他人に言われなくたって自覚している。

首を傾げてうんうん唸る上司に苦笑しつつ、飲み終わった缶コーヒーを片付けるべく、静雄もゴミ箱を探して腰を上げたその時。
季節外れにも程がある、黒いファー付もこもこモッズコートを羽織ったノミ蟲が、視界の端に何故か居やがる。

「出やがったな!! 害虫!!」

やはり、あいつだけは例外だったらしい。
顔に血管が浮き出たのが先か、怒りで頭が沸いたのが先か。
トムが瞬時に逃げ出したお陰で、無人となった長ベンチを片手で持ち上げ、大きく振りかぶって投げつける。

「うわっ、静ちゃん!! 今日はお前なんかと遊んでる暇ないんだよ。とっとと失せろ!!」
「何、訳わかんねぇ事抜かしてんだ。池袋には来んなっつってただろう!!」
「知るかよ!! こっちだってそれ所じゃねぇ!! 邪魔するな!!」

あの、いつも余裕綽々のにやけた臨也が、珍しく顔を強張らせて焦り、怒鳴り返すなんて珍しい。
が、そんな事、怒りで我を忘れた静雄には関係無い。

「うぜえうぜえうぜえ。とっとと死ね!! このノミ蟲野郎がよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

もう一個の長ベンチを、持ち上げ力任せにぶん投げる。
それはひらりと身をかわした臨也の真横、その地面を抉りつつ粉砕された。
その残骸の上を踏み、すばしっこく逃げやがった黒のモッズコート着用の害虫を捕らえるべく、静雄も大地を蹴る。

池袋恒例、戦争コンビの追いかけっこの始まりだった。


★☆★☆★

数時間後。
静雄は肩を落とし、どっぷり自己嫌悪に陥っていた。

また池袋の街を少々破壊してしまった。
なのに臨也は取り逃して。

「……すんません。トムさん……」

ネガティブ思考に陥っている時は、優しい言葉をかけてくれるよりも、いっそ罵ってくれた方が罰になり、精神衛生上有難いのだが。
今にも壊れそうな携帯から、用心棒の仕事を勝手に放棄した侘びを入れれば、『酷い怪我してなきゃそれでいいさ。今日は俺もう事務所だから、また明日頑張ろうな』と、先輩は書類仕事に取り掛かっている様子が伺える。
上司の優しい労わりの言葉に、ますます落ち込みが激しくなり、今日はとことんついていない。


やることが無くなり、とぽとぽ歩けば、日が暮れる前に自宅マンションに帰宅できてしまった。

すると、静雄の姿を見つけたのだろう。
階下に屯い、噂話に花を咲かせていた数人の奥様連中が、まるで化け物と遭遇したかのように顔を引き攣らせ、また蜘蛛の子散らすように逃げていく。
その為、階段脇にあるメールボックスが、見たくも無いのに易々目に留まる。

(あ……、今日もねぇや……)

いつもなら日々『出て行け』『化け物』『人殺し』等々書き殴られたチラシや張り紙、それにゴミや落書きで埋め尽くされている筈のそれが、静雄の目に触れる前に綺麗に片付けられている。

ささやかな幸せに口角を吊り上げ、エレベーターで三階に向かい自宅の鍵を開ければ、生ぬるい風に乗って、美味しそうな匂いが漂ってきた。
喉が鳴る。

キッチンのテーブル上に目をやれば、焼きあがったばかりのほっこり熱々のベーコンとコーンのマヨネーズ巻きパンが、籠に綺麗に盛られて置いてあった。
ガスコンロにかけられた、ぐつぐつ弱火で煮込まれている大振りで背の高い鍋の中身は、きっと静雄の好きな牛乳たっぷりのクリームシチューだろう。
冷たい飲み物が欲しくて冷蔵庫を開ければ、中棚には旬のフルーツ…パインとブルーベリーとメロンとキュウイで飾られた、美味しそうな手作りらしきカスタードのタルトが、ホール状態で冷やしてある。

果汁100パーセントのりんごジュースを紙パックのまま口をつけて飲みつつ、バーテン服の黒タイを引き抜きながら風呂場へ向かえば、丁度短い漆黒髪の小柄な少年が、来良学園の体操服……、短パンに半袖シャツ一枚の姿で四つんばいになり、真っ赤な顔で力いっぱいごしごしと、浴槽を泡だらけにして磨いていた。

スラックスのポケットから壊れかけた携帯を取り出し、画面の時刻を確認すればもう、18時を30分も過ぎている。

「帝人。お前本当に働き者だな。バイト時間とっくに終わってるぞ?」
「……ふえ? ああああっ!! お帰りなさい静雄さん!! すいません、すぐ帰りま……、ぎゃあああああああああああ!!」

スポンジを持ったまま、振り向き見上げてきた帝人の顔が、ムンクの『叫び』という絵そっくりになった。
笑える。

「なんなんですかその怪我!! 救急車ぁぁぁぁぁぁ!!」
「落ち着けって。お前、フローリングの床を、泡だらけにする気か?」

風呂場から飛び出そうとした彼の、首根っこをとっ捕まえた。
臨也にナイフで切り付けられたって、静雄の特異な体では、どうせ5ミリしか刺さらない。
ささやかな傷口なんざ、とっくの昔に塞がっている。


シャワーヘッドをぽいっと渡し、温いお湯を出してやっても、真面目すぎるアルバイターは泡まみれな自分をさしおき、あわあわと静雄の手を引っ張り、こびり付いた血と泥の汚れを涙目になって擦り始めて。
「痛いですか? 染みますか? 耐えられなくなったら直ぐ言ってくださいね!!」
それは正に愛玩動物。

もともと静雄は、小さくて可愛い物が好きだった。
そして竜ヶ峰帝人という少年は、少々鈍くさい所といい、うずら卵大に小さいジャンガリアンハムスターを連想させる。