FATE×Dies Irae3話―6
「くっ……!」
もう幾度、吹き荒ぶ突進の余波に煽られ、無様に地を転がったことだろう。
天翔ける白馬の猛攻の前に、セイバーは為す術も無く一方的な防戦を強いられる。
「あなたもいい加減しぶといですね、セイバー」
すかさず起き上り剣を構えるセイバーの頭上から、ライダーの冷えきった声がふりそそぐ。
「この子を相手にここまで逃げおおせたのは大したものですが、その先はどうするつもりです? いかにあなたのステータスが飛び抜けていようとも、私にこの子を出させた時点で剣士であるあなたに勝ち目はない。それはもう、十分に痛感したのではありませんか、セイバー?」
「さて、それはどうかな? 勝ち誇るのはまだ早いぞ、ライダー」
上空のライダーを、凛然と睨み上げるセイバー。
空を舞う天馬の背に跨るのは、黒衣のサーバントただ一人。
そこにマスターの姿はない。
おそらく最初に校舎から離脱した際に、どこか目立たぬところに降ろしてきたのだろう。
「減らず口もそこまでです。次で決着をつけましょう、セイバー。アーチャーとて、いつまでも手をこまねいてはいないでしょう。横槍を入れられる前に、あなたにはここで消えてもらいます」
天馬がはばたき、空高く翔けのぼる。
高度を上げての急降下。
宣言どおり、ライダーは次で勝負を決する気だ。
「望むところだ、ライダー」
セイバーは下段に剣を構え直し、真っ向から迎え撃たんと、戦意を研ぎ澄ます。
セイバーとて、ただ無策に逃げ回っていたわけではない。
どれだけ速かろうと、こう何度もその速度を体感させられれば、目も身体も慣れるというものだ。
直線的な動きしかできないとなればなおさらである。
セイバーの狙いはただ一つ。
天馬の突撃を紙一重で掻い潜り、すれ違いざまにライダーの首を斬り飛ばす。
無論セイバーとて無事では済むまいが、ライダーを斃すにはそれしかない。
「はぁあああああああああ!」
ほとばしる裂帛の気合いが、天馬とともに空高くから駆けおりる。
迫る天馬の疾走は過去最速。だが、想定の域を越えるものではない。
どれだけ速かろうが所詮はストレート。
これだけ条件が揃ってなおタイミングを合わせられないようでは、セイバーのクラスは務まらない。
(もらった!)
セイバーが勝利を確信したその瞬間、
「ベルレ――」
「!?」
耳朶に届く魔性を帯びた言霊に、セイバーは愕然と目を剥いた。
真名開放。
セイバーは事ここにいたってようやく、己の思い違いに気がつく。
セイバーは今この瞬間まで、天馬こそがライダーの宝具だと思い込んでいた。
だが、ライダーが天馬を召喚したあの時、黒衣のサーバントは真名を口にはしていなかった。
すなわち彼女の宝具は天馬とは別にあるということであり――
「フォーン!」
そしてこの土壇場において解き放たれたライダーの切札は、一体いかなる効用によるものか、天馬の飛翔速度を一息のうちに倍化させた。
「……侮りましたね、セイバー。言ったはずです。次で決めると」
「――っ!?」
やられた。
ここにきての突然の急加速。
完全にタイミングを外された。
紙一重で掻い潜る?
すれ違いざまに斬り捨てる?
馬鹿な。もうそれどころの話ではない。
避けられない。直撃する。
セイバーは為す術も無く身を凍りつかせ――
『――<無限の剣製(アンリミテッド・ブレードワークス)>』
◆◆◆
「なっ……!」
今まさにセイバーを跳ね飛ばそうとしていたその瞬間、いずこともなく噴き上がった一面の炎がライダーを呑み込んだ。
炎につつまれたのは、わずか一瞬。
だが、炎を突き抜けた先でライダーを待ち構えていたのは、さらなる驚愕の光景だった。
「これは……!?」
燃えるような紅蓮の空。果てなく広がる乾いた荒野。
空では大小様々な歯車が軋んだ音を立てながら回転し、地にはおびただしい数の剣が、さながら墓標のごとく突き立っている。
幻覚? ――違う。
「固有結界……!」
心象世界を具現化する大魔術。
「あなたの仕業ですか、アーチャー」
眼下の荒野に赤衣のサーバントの姿を見咎め、ライダーはそう確信した。
「いかにも」
頷くアーチャーは、徒手空拳でライダーを見上げている。
「本来はこんな緒戦で使う気はなかったが、貴様の天馬と宝具に対抗し得る武器は生憎これしか無くてね。君の宝具は察するにその手綱か。なるほど、騎乗対象のポテンシャルを引き出す宝具か。効果そのものは地味だが、その天馬と組み合わせれば、威力は絶大だ。攻撃面は言うにおよばず、不利になれば足にものを言わせて逃げればいい。ふむ、なかなかどうして侮れんな。だがここは私の世界だ。今さら逃げだすことはできないぞ、ライダー」
「その必要はありません、アーチャー」
応じるライダーの声色からは、すでに動揺の気配は失せていた。
固有結界。
魔術工房など比較にならない、アーチャー(敵)のテリトリー(領域)。
アーチャーの法が支配する最悪の死地。
だがライダーは己が勝利を疑わない。
この世界がどのような法則に支配されていようと関係ない。要は、それに絡め取られる前に駆け抜ければいいだけだ。
「その意気や良し。ならば――」
さながら指揮者のごとく、おもむろに片腕を上げるアーチャー。
その動きに呼応するように、荒野につきささっていた無数の剣が、ふわりと宙に浮かび上がった。
その数ゆうに一○○以上。浮かび上がった剣のすべてが、その切っ先をライダーへと向ける。
「これは……」
だが、ライダーの驚愕は、剣の数ばかりが理由ではない。
「そんな……なぜ宝具がこんなにも……!?」
信じられない。
宙に浮いているものだけではない。
荒野に突き立つ数多の剣。
そのすべてが名だたる聖剣魔剣の数々だった。
「あなたは一体……」
呆然と呟くライダーに、アーチャーを失笑をもって応える。
「愚問だな。サーバントに向かって、その問いは無粋というものだろ、ライダー。さて――」
口の端から笑みを消し、
「では始めようか、ライダー。何、事は一瞬だ。セイバーと違って、私にはその天馬の突貫を躱すだけの速さはないのでね。私の剣製を躱しきれれば君の勝ち。できなければ私の勝ち。実にシンプルで分かりやすいだろう」
「ええ、望むところです、アーチャー」
アーチャーが己の世界に絶対の自信を持っているように、ライダーもまた己が愛馬に全幅の信頼を寄せていた。
「行くぞ!」
「――行きます」
ライダーは手綱をきつく握りしめ、アーチャーは指揮者のごとく掲げた右手を鋭く振り下ろす。
それが合図だった。
ほとばしる純白の彗星を、天を目掛けさかしまに降りそそぐ流星群が迎え撃つ。
そして――
◆◆◆
「――そして今ここに、第一のスワスチカが解放された」
謳うように。讃えるように。影が嗤う。
もう幾度、吹き荒ぶ突進の余波に煽られ、無様に地を転がったことだろう。
天翔ける白馬の猛攻の前に、セイバーは為す術も無く一方的な防戦を強いられる。
「あなたもいい加減しぶといですね、セイバー」
すかさず起き上り剣を構えるセイバーの頭上から、ライダーの冷えきった声がふりそそぐ。
「この子を相手にここまで逃げおおせたのは大したものですが、その先はどうするつもりです? いかにあなたのステータスが飛び抜けていようとも、私にこの子を出させた時点で剣士であるあなたに勝ち目はない。それはもう、十分に痛感したのではありませんか、セイバー?」
「さて、それはどうかな? 勝ち誇るのはまだ早いぞ、ライダー」
上空のライダーを、凛然と睨み上げるセイバー。
空を舞う天馬の背に跨るのは、黒衣のサーバントただ一人。
そこにマスターの姿はない。
おそらく最初に校舎から離脱した際に、どこか目立たぬところに降ろしてきたのだろう。
「減らず口もそこまでです。次で決着をつけましょう、セイバー。アーチャーとて、いつまでも手をこまねいてはいないでしょう。横槍を入れられる前に、あなたにはここで消えてもらいます」
天馬がはばたき、空高く翔けのぼる。
高度を上げての急降下。
宣言どおり、ライダーは次で勝負を決する気だ。
「望むところだ、ライダー」
セイバーは下段に剣を構え直し、真っ向から迎え撃たんと、戦意を研ぎ澄ます。
セイバーとて、ただ無策に逃げ回っていたわけではない。
どれだけ速かろうと、こう何度もその速度を体感させられれば、目も身体も慣れるというものだ。
直線的な動きしかできないとなればなおさらである。
セイバーの狙いはただ一つ。
天馬の突撃を紙一重で掻い潜り、すれ違いざまにライダーの首を斬り飛ばす。
無論セイバーとて無事では済むまいが、ライダーを斃すにはそれしかない。
「はぁあああああああああ!」
ほとばしる裂帛の気合いが、天馬とともに空高くから駆けおりる。
迫る天馬の疾走は過去最速。だが、想定の域を越えるものではない。
どれだけ速かろうが所詮はストレート。
これだけ条件が揃ってなおタイミングを合わせられないようでは、セイバーのクラスは務まらない。
(もらった!)
セイバーが勝利を確信したその瞬間、
「ベルレ――」
「!?」
耳朶に届く魔性を帯びた言霊に、セイバーは愕然と目を剥いた。
真名開放。
セイバーは事ここにいたってようやく、己の思い違いに気がつく。
セイバーは今この瞬間まで、天馬こそがライダーの宝具だと思い込んでいた。
だが、ライダーが天馬を召喚したあの時、黒衣のサーバントは真名を口にはしていなかった。
すなわち彼女の宝具は天馬とは別にあるということであり――
「フォーン!」
そしてこの土壇場において解き放たれたライダーの切札は、一体いかなる効用によるものか、天馬の飛翔速度を一息のうちに倍化させた。
「……侮りましたね、セイバー。言ったはずです。次で決めると」
「――っ!?」
やられた。
ここにきての突然の急加速。
完全にタイミングを外された。
紙一重で掻い潜る?
すれ違いざまに斬り捨てる?
馬鹿な。もうそれどころの話ではない。
避けられない。直撃する。
セイバーは為す術も無く身を凍りつかせ――
『――<無限の剣製(アンリミテッド・ブレードワークス)>』
◆◆◆
「なっ……!」
今まさにセイバーを跳ね飛ばそうとしていたその瞬間、いずこともなく噴き上がった一面の炎がライダーを呑み込んだ。
炎につつまれたのは、わずか一瞬。
だが、炎を突き抜けた先でライダーを待ち構えていたのは、さらなる驚愕の光景だった。
「これは……!?」
燃えるような紅蓮の空。果てなく広がる乾いた荒野。
空では大小様々な歯車が軋んだ音を立てながら回転し、地にはおびただしい数の剣が、さながら墓標のごとく突き立っている。
幻覚? ――違う。
「固有結界……!」
心象世界を具現化する大魔術。
「あなたの仕業ですか、アーチャー」
眼下の荒野に赤衣のサーバントの姿を見咎め、ライダーはそう確信した。
「いかにも」
頷くアーチャーは、徒手空拳でライダーを見上げている。
「本来はこんな緒戦で使う気はなかったが、貴様の天馬と宝具に対抗し得る武器は生憎これしか無くてね。君の宝具は察するにその手綱か。なるほど、騎乗対象のポテンシャルを引き出す宝具か。効果そのものは地味だが、その天馬と組み合わせれば、威力は絶大だ。攻撃面は言うにおよばず、不利になれば足にものを言わせて逃げればいい。ふむ、なかなかどうして侮れんな。だがここは私の世界だ。今さら逃げだすことはできないぞ、ライダー」
「その必要はありません、アーチャー」
応じるライダーの声色からは、すでに動揺の気配は失せていた。
固有結界。
魔術工房など比較にならない、アーチャー(敵)のテリトリー(領域)。
アーチャーの法が支配する最悪の死地。
だがライダーは己が勝利を疑わない。
この世界がどのような法則に支配されていようと関係ない。要は、それに絡め取られる前に駆け抜ければいいだけだ。
「その意気や良し。ならば――」
さながら指揮者のごとく、おもむろに片腕を上げるアーチャー。
その動きに呼応するように、荒野につきささっていた無数の剣が、ふわりと宙に浮かび上がった。
その数ゆうに一○○以上。浮かび上がった剣のすべてが、その切っ先をライダーへと向ける。
「これは……」
だが、ライダーの驚愕は、剣の数ばかりが理由ではない。
「そんな……なぜ宝具がこんなにも……!?」
信じられない。
宙に浮いているものだけではない。
荒野に突き立つ数多の剣。
そのすべてが名だたる聖剣魔剣の数々だった。
「あなたは一体……」
呆然と呟くライダーに、アーチャーを失笑をもって応える。
「愚問だな。サーバントに向かって、その問いは無粋というものだろ、ライダー。さて――」
口の端から笑みを消し、
「では始めようか、ライダー。何、事は一瞬だ。セイバーと違って、私にはその天馬の突貫を躱すだけの速さはないのでね。私の剣製を躱しきれれば君の勝ち。できなければ私の勝ち。実にシンプルで分かりやすいだろう」
「ええ、望むところです、アーチャー」
アーチャーが己の世界に絶対の自信を持っているように、ライダーもまた己が愛馬に全幅の信頼を寄せていた。
「行くぞ!」
「――行きます」
ライダーは手綱をきつく握りしめ、アーチャーは指揮者のごとく掲げた右手を鋭く振り下ろす。
それが合図だった。
ほとばしる純白の彗星を、天を目掛けさかしまに降りそそぐ流星群が迎え撃つ。
そして――
◆◆◆
「――そして今ここに、第一のスワスチカが解放された」
謳うように。讃えるように。影が嗤う。
作品名:FATE×Dies Irae3話―6 作家名:真砂