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Melty poison@Valentine(ディスジェ)

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 今年もバレンタインが近付いていた。
 バレンタインとは、恋人や友人、意中の相手に贈り物を渡し、愛情を伝える日だと、マルクトには伝わっている。
 少なくともジェイドには生まれてこの方、関係がなく、気にしたこともなかった。友人や妹から義理で親愛の菓子を贈られる程度であったし、愛の告白を受けても受け入れたことはなかった。こいつは自分を嵌めようとしているのではないか。大抵疑心暗鬼に陥っていた。
 ところが今年はどうやら、この浮かれた行事に、真剣に取り組まねばならないようだ。四十路手前の冬。苦々しくも甘酸っぱいような、そんな自分に呆れるような複雑な気持ちが去来する。
 通りを歩けば、菓子屋や雑貨屋、宝飾品店などが店先を飾り付け、綺麗にラッピングをされた贈呈品を売っている。ジェイドはそれを神妙な面持ちで見やった。
 彼が目星を付けたのは、グランコクマでも人気の雑貨屋だった。大々的にバレンタインのフェアもやっており、贈り物ならここで買えば間違いない、と女好きの皇帝も言っていた。いつの間に抜け出して買い物に来ているのかは、この際不問として。
 しかし、彼にはカップルや女性達がかしましくひしめく店内に入っていく勇気はなかった。今日は私服といってもだ、マルクトでは皇帝の懐刀としてそれなりに名が知れている。ここグランコクマに来て二十年余り、頑なに参加を拒み続けていたのに、今年になっていきなりバレンタイン品を購入するなど、知り合いに見られたら何と思われるか。プライドが許さない。
 寒波に晒されながら、向かいのオープンカフェで店先を睨みつけ二時間。店からは一向に人が減る気配はなかった。ジェイドはコートの襟を立て、白い息を吐いた。
 休日の昼間からここにこうしているのも、相当不審に違いない。デートをすっぽかされた哀れな男に見えるか。休日を持て余し、喫茶店で暇を持て余すだけの寂しい男に見えるか。ちらり、ちらりと店員からの視線を浴びる度にジェイドは自嘲する。
 一言に贈り物といっても、何を買えば良いのだろう。相手は何が欲しいのだろう。そんなこと、真剣に考えたこともなかったと思い出す。それが戦略的に必要な接待や贈呈品ならばともかく、一切の私欲の存在しない贈与など、贈ったことがあっただろうか。
 いや、贈り物を貰えば礼するのが通常のようなので、実際はどうだか分からないが。そこの上品な女性も、可憐な少女も、したたかに見返りを求めているのかもしれないが。
 少なくとも自分は違う、とジェイドは思う。自分が何かあの男から欲しいものがあれば、そう命令を出し、相手はそれを拒否する権利はない。そういう関係だ。あの男も馬鹿なので、無茶なことを要求したとしても、喜んで引き受けるだろう。まあ多少の文句は言っても、結局はこなしてくれる。それがあの男の使い易いところであり、欠点でもある。
 先月の二週間徹夜のデスマーチでもそうだった。無茶な仕事を押し付けたと思うが、それでもあれはやってのけたのだ。ふらふらになってソファに倒れこみながらも、こちらを向いて誇らしげに笑っていた。何故そんな顔で笑えるのだ、馬鹿だなと思いながらも、胸が何故か締め付けられた。その時はよく分からなかったのだが。その感情の意味にすら。
 いや、それは今もか、とジェイドは俯く。元罪人ではあるが、譜業の技術だけは優秀だった彼を助手として研究所に引っ張り込み、もう一年近く経つ。
 冷め切ったコーヒーを啜り、彼は記憶を反芻した。脳裏に浮かぶ銀髪の男、サフィールとは、幼い頃からの腐れ縁であった。
 ローレライを解放し、ヴァン・グランツの企みを阻止したとはいえ、世界は混迷に満ちていた。レプリカ問題、音素の代替エネルギー、預言の廃止による民衆の混乱、と山積みの問題の中で、自分達は怒涛の忙しさの中を共に戦った。
 そこで何か絆が産まれた……などという美しい話でもない。サフィールは相変わらず譜業以外のことはてんで馬鹿で、何度もイラつかされたり迷惑を被った。
 朝からけたたましく名を叫ばれ、馴れ馴れしくスキンシップをされる、ジェイドが他の人と話しているのを見ただけで、ぎゃあぎゃあと不平を言う、買い物を頼めば、一つは間違えて買ってくる、人の机で勝手に涎を垂らして寝る、等と、数え上げればきりがない。それも現在進行形である。
 その馬鹿さ加減がいけない。どうにも、封印しておきたい引き出しをこじ開けられてしまう。愚かで未熟で、しかし毎日が素直な感動に満ちていたあの日々を。
 そこには、自分に纏わり付くように、いつも隣に彼がいた。条件反射……パブロフの犬……どうやら、刷り込まれてしまっているようだ。彼の銀髪を見るたびに、故郷の銀世界が脳裏に浮かんでしまう。いつも自分にくっ付いていた、あの間抜け面で、屈託のないチビの子供の笑顔。以前は、それが忌々しくて堪らなかったのだが。
 いつからだろう。少し優しくしてやっただけで見せる満面の笑みや、からかった時にムキになって怒る子供っぽい仕草に、奇妙な温もりのようなものを感じるようになったのは。もしかしたら無意識だっただけで、昔からそれ程嫌いではなかったのかもしれない。意固地になっていた面もあると思う。ジェイド自身、彼のことは技術上では自身と双璧を成すほどに、有能なパートナーであると認めざるを得ないのだ。それに、気負わなくてよく、何の遠慮も要らず、素地の自分を出せる相手というのは、どうも居心地が良いらしい。
 まだケテルブルクにいた頃のこと。あるバレンタインの朝、顔を真っ赤にした小さなサフィールが、綺麗に包装された箱を持ってやってきたことがあった。
「あ、あの、ねえ、ジェイド、お、大きくなったら、ぼ、ぼ、ぼ、僕の、お嫁さんに……」
「は?」
「い!! いや、な、何でもない……」
 別に怒ったわけではなく、突拍子もない言葉に驚いただけだったのだが。サフィールはそれだけでびくりと萎縮して、箱をジェイドに押し付けると帰ってしまった。
 箱の中には自分で作ったのか、透明なガラスの球体の中に花びらが舞うという不思議な音機関が入っていた。だが、その中央にあった動物のオブジェが何の動物だか分からないほどに可愛くなかった。そして当時の自分は飾るだけの置物など欲していなかったので、解体して仕組みを調べた後にネフリーにやってしまった。
(お嫁さんって男でもなれるんだっけ? 確か、家事をして、夫と子供の世話して、近所の人と世間話……嫌だな、そんなつまらない人生)
 などと、ぼんやりと考えたことを覚えている。微笑ましい、とは思えない。幼い頃とはいえ、奴と同レベルの馬鹿である。その手のことに関しては疎かったのだ。
 そしてそのまま、不思議とサフィールの言葉が頭から離れずに今に至るのだった。気付けばこの歳まで一人身である。別にあの時の言葉は関係ないと思いたいが……
 それにどうせサフィールの方も忘れているだろう。こちらとてここ数年は忘れていたのだ。それが、この男と日々を過ごすようになり、ふと思い出してしまっただけなのだ。
 ただ思い出しただけ。それだけであって欲しかったのだが。一度意識すれば、日を追うごとに胸のざわめきが募っていく。