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Melty poison@Valentine(ディスジェ)

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 この感情は何なのか、知りたくもあり、気付かぬ振りをしていたくもある。あんな馬鹿相手に悔しくもあるし、忙しすぎて疲れているのではないか。早まってはいけない、と別の自分がストップをかける。
 あの男のしでかしたことも、自らの過去も許容してはならないのに、と散々悩んだ。しかし、別の感情に胸をちくり、ちくりと刺さされるのも事実で、最近めっぽう思考も鈍ってきている気がする。面倒で馬鹿馬鹿しいが、どうにも放置しておけない。そろそろ、過去から続く腐れ縁の、行く末を見極めたかった。
 だがジェイドには、自ら行動を起こす勇気もなかった。そもそも、同性相手である。これは友情なのか恋愛感情なのかも分からなかったのだ。
 そんな折に、食堂で、女性達がバレンタインのことを話しているのを耳に挟んだ。今年は本気の告白をするのだと頬を紅潮させていた。鮭定食を食べながら、その時は関心もなく、ふーん、程度にしか思っていなかったが。その隣の女性の言葉に、ジェイドは思わず飲んでいた味噌汁を咽そうになった。
「私は同じ研究室の人とネイス博士にあげるわ」
 我が耳を疑った。あのサフィールにプレゼントをする奇矯な人がいるとは。そういえば、彼女には見覚えがある。サフィールの下で働いている技術者だったか。雰囲気からして、完全に義理のようである。彼女も澄ました顔をして次の話題に移っている。
 だが、あれは……あの男は馬鹿なのだ。ただの義理の贈り物一つで妙な勘違いをしかねない奴なのだ。だから危険だ、止めておけ、と言える訳もない。女性達の歓談に聞き耳を立てているという負い目がある。しかし、よく考えれば贈り物を渡すのが彼女だけとも限らないのではないか。あちこちから貰ってトラブルでも起これば厄介だし、研究室にも相手にも迷惑が掛かる……
 ジェイドは、何のかんのと考え、ならば別のことへ目を逸らさせればよいではないか、という結論に達した。
 バレンタインに「それも、それも、お前の貰ったものは全て義理だから勘違いするな」と、はっきり教えてやろう。この任務は恐らく自分にしか出来るまい。ピオニーだと、面白がって余計に焚きつけるのが目に見えている。
 そして、しょげ返って彼女らを恨んだり、仕事に支障が出ると困るので、代わりに自分が何か物をやればいいのだ。今までは奴から貰ってばかりで、やったことはなかったのだから、恐らく喜ぶだろう。馬鹿みたいに喜ぶだろう。
 完璧だ、と思った。いやこれは自分の感情とのこととは関係ないから、と何度も胸の奥で呟いた。関係はないが、渡してみることで何か気持ちに進展があれば一石二鳥だ、いいアイディアだろう、と焼き鮭に舌鼓を打ちながら納得した。
 それが、今更湧いて出た独占欲だなどと、ジェイドは気付きもしなかった。

 そしてバレンタインの前日、今日に至る。仕事が忙しく、まだ何をやるかも決めていない。適当に家にあるネジ一本でも喜ぶんじゃないか、とも思う。過去の自分ならきっとそうしていただろう。この心境の変化も、自分はおかしくなっている、とジェイドに自覚させることになった。
 雑貨屋の店先を観察して、あれから更に一時間が経っていた。そもそもこの寒空の下、カフェテラスに座る客も珍しい。安いコーヒーだけで居座るのも、もう限界だ。
(……行こう。あの店で適当に買って、さっと帰れば問題ない。人も込み合っているのだから、上手く紛れるだろう)
 ジェイドは立ち上がった。勘定を済ませ、気合を入れて店を出る。
「おっ、フェアやってるなぁ。今年はブウサギの防寒スリッパと菓子の詰め合わせにしようと思うんだが、どうだ? それとも若い子にはうしにんグッズの方が受けるか?」
「さ、さあ……それより、すぐ帰りますよ。一時間後に会議なんですから。買い物は俺の持ちきれる分だけにして下さいね」
「分かってるって。んージェイドには何をやるかな。去年ブウサギ耳のカチューシャをやった時の顔は見物だったが……」
 連れだって店内に入っていったのは、私服に着替えた旧知の皇帝と、かつて共に旅をした、皇帝の現世話係だった。
 ジェイドは走った。逆方向へと全力で走った。
 ぎりぎりで危機を回避したのだ、運が良かった。と思うが、やるせなさでいっぱいだった。




(……別の店に行こう。何もあそこでなくとも……)
 百メートル程離れた物陰で、溜息を吐く。そしてジェイドは、とぼとぼと商店街を歩き出した。
 服屋、靴屋、宝石屋。ショーウインドウに飾られた品物は綺麗だが、サフィールの趣味は理解しがたいし、高額の物をいきなり贈るのもどうかと思う。雑貨にしても、要らない物ならただのゴミになるのでは。そういえばペン入れが壊れたと言っていたが……駄目だ、奴のペン入れは音機関仕立てで珍妙な機能がいくつも備わっている自作のものだった。菓子だといい年をして安っぽい気がするし、花は気障ったらしくて気が進まない。
 脳内であらゆる思考が渦を巻き、ジェイドは至極面倒になってきた。何故たががサフィールのことなどで、無駄に時間を費やしているのだろう。
 ふと、何気なく足を止めた店頭の、棚に並んだ箱を手に取る。ピンクのリボンに小さな造花が添えられていて、あの男がいかにも好みそうなデザインだ。中身は分からないが、ラッピングは凝っているし、そう高くもない。ガラクタでも何でも、適当に買ってしまえばいいのではないか。
「あれっ大佐、お買い物ですかぁ。大佐でもプレゼントなんて買うんですね」
 甲高い少女の声に彼が振り向くと、そこには白いコートに身を包んだアニスと、彼女と手を繋いだフローリアンがいた。
「……おや、アニス、フローリアン、お久しぶりですねぇ」
 ジェイドは努めて平静を装いつつも、手にしていたピンク色の箱をすぐさま棚に戻した。
「こんにちは」
 フローリアンは澄んだ声で、礼儀正しく挨拶をした。以前に比べれば随分としっかりした瞳をしていて、心の成長を窺わせる。
「へぇ、大佐ってば意外と積極的なんですね」
 アニスはジェイドの前の棚を覗き、くすりと笑った。そう言われ、ジェイドも初めてちゃんと品物を確認する。
 値札に書かれていたその中身は、女性用の紐の付いた下着と、ミニコロンのセットだった。
「……………………」
 数秒、絶句。フローリアンは不思議そうに首を傾げているが、アニスはくすくすと笑っている。
「……いえ、間違えまして……」
 ようやく経って、ジェイドはそれしか言えなかった。
「ところで二人はどうしたんですか? グランコクマまで」
 苦々しい気持ちを振り払うように、笑顔を作り、彼女らに向き直る。大人としてここで顔に出しては負けである。
「長くお休みが取れたからフローリアンと一緒にお買い物です♪ フローリアンにもいっぱい街を見せてあげたいし」
 アニスはにこりと笑ってフローリアンを向いた。
「うん、グランコクマ楽しい!」
 彼も嬉しそうに頷く。腕には買い物袋を提げ、湯気の立つ餡まんを握っている。中々に観光を満喫しているようだ。
「明日にはチョコレート持って、二人でご挨拶に行こうと思ってたんですけど。驚かそうと思ってたのにな」
「チョコレート?」