カップル限定って色々ギリィッてなるよねって話
学校帰りの事である。
ある店の前で、僕──斉木楠子は立ち尽くしていた。
説明しよう。斉木楠子とは、斉木楠雄である僕が変身能力を使い、女体化した姿である。
この能力にはデメリットが沢山あるが、女体化し、スイーツを堪能する事は僕の密かな楽しみだ。
女性限定物も数多くあるし、レディースデーと呼ばれる日もある。
数少ない小遣いを有効に使える、素晴らしい日だ。
……だが、しかし、これは……。
僕の視線の先には、店頭に設置されたブラックボードがある。
そこにはカップル限定スイーツの文字と、その商品の写真が添えられていた。
写真に映るのは、あの2950円で売られていたものより高級感漂うコーヒーゼリーの姿。
シンプルだが飽きのこない美しいそのフォルム。それを邪魔しない様にあしらわれた生クリーム。まるで高尚な芸術品の様だ。
そしてその姿を見せ付ける様な、控え目だが上品なデザインの透明な容器。それは見事にコーヒーゼリーの存在感を引き立たせていた。
くっ……何故これがカップル限定なんだ……。
カップルなんて人目も気にせず、寧ろ周囲に見せびらかしながらイチャこいてるだけの連中だぞ!?味が解るとは到底思えないというのに……!!
偏見?いや、実際あいつらの頭の中はそんなんばっかだから。味とか関係無く、「はい、アーン(はぁと)」とかやりたいだけだから。
店の中は賑わっている。カップルの姿も多く見られる。当然そのテーブルにはコーヒーゼリーが。
数量限定では無いのだろうが、どちらにしろ僕には手が出せない。
どうする……?所詮ベタベタイチャイチャしたいだけのカップル共だ。同じ値段の物を注文してアポートするか……?
いや、流石にそれはマズイだろう、人としてダメだ。
しかし男の僕を作り出すとかは試してみた事が無いから迂闊には出来んな。リスクが高すぎる。くそ、分身くらいは試してみるべきだった。
自分同士でカップルの振りなどぞっとしないが、それが一番面倒が無いやり方だろう。
と、その時。
「お?相棒じゃねーか!!」
!?
唐突に声を掛けられ、思わず勢い良く振り向く。
しかしながら、僕に気付かれずに近付き、尚且つ僕を相棒と呼ぶ人間など、一人しかいない。
「こんなとこにいたんか、お?」
燃堂だ。
だが、今の僕は女体化している。
馬鹿な……どういう事だ。まさか僕の正体に気付いたというのか!?
「……ありゃ?相棒…じゃねぇな?」
僕の動揺も焦りも知らず、燃堂は首を傾げてそう言った。
……この野郎。
本当に心臓に悪いヤツだ。
燃堂がわりーわりー、と軽く謝ってくる。お前ほんとに悪いと思ってるのか?
しかし驚いたな……。バレたのかと思った。
まぁ、このバカに解る訳無いか。……何故今の僕を普段の僕と見間違えたのかは知らんが。
とにかくさっさと離れよう。
「お?オメー、ここ入るんか?」
燃堂が店を覗きながらそう訊いてくる。
だから何だ。お前には関係無いだろう。
「おぉ、これ、ここのソケットだろ?」
何やら券を取り出し、見せてくる。……チケットな。
そこには、確かにこの店の名。そして、お試し無料券との文字が。
こ、これは……!!
キャンペーンが盛んなこの店の名物の一つ、お試し無料券……!!
新規の客を呼び込む為に始まったキャンペーンで、この券一枚で商品の一つを無料で食す事が出来るという、なんとも太っ腹なチケットである。何かドリンクを頼めば、という条件付きではあるが。そこは商売なので仕方無い。
それにしてもどこで手に入れたんだお前……。この券は限定物でも何でも頼めるという、今の僕にとっては喉から手が出る程の代物だぞ。
これはアレか。『殺してでもうばいとる』を実行しろとの神の啓示か……?
「んじゃ、これやるよ」
え。
「相棒と行こうと思ったんだけどよー、帰っちまったみたいでな」
ほれ、と手渡してくる。
「チビも帰っちまったしよー。つめてーよなー」
口を尖らせぶうぶう言っている。……それで初対面の人間に通じると思っているのかお前は。まぁ、なんとなく言いたい事は解るが。
「お、そんじゃな!!」
うおい。
このチケットの価値なんてどうせ知らないだろうからそんなあっさりしているんだろうが、流石にこれをタダで貰ってそこらのバカ女みたいにラッキー♪とか言いながら一人で店に入れると思っているのかってコラ、いいから待て。
「お?なんだ?」
というかお前僕と行く為のチケットじゃなかったのか。……って、これ今日限定じゃないか。だからか。
「お?」
不思議そうに僕を見ながら首を傾げる燃堂。その仕草やめろ。女子か。
……引き止めてしまったものは仕方が無い。
このチケットは、一枚で二名様まで有効という夢の様なチケットだ。
だから、お前にもその権利がある。あくまで勿体無いからだ。……それだけだ。
「おぉ、オメー、コーヒーゼリー好きなんか。相棒と同じだな!!」
何故知っている。
わざわざ訊くまでも無く、べらべら喋り続ける燃堂の話を聞くと、いつぞやに母さんから聞いたらしい。
お前はどんだけうちの両親と親交深めてんだよ。
まぁ僕も別に隠してないけどな。わざわざ言わないが。
「しっかしオメー、うまそうに食うなー。やっぱ相棒と似てんぜ!!」
………そうですか。
物凄い楽しそうな笑顔で言うな。何か恥ずかしいだろ。というか初対面の女子に『相棒』の話ばっかして何が楽しいんだお前は。
かといって口説かれたりしても困るが。………あれ、考えてみるとさっきの逆ナンっぽくないか?凄い不本意なんだけど。
「お、これも食えよ!!オレも嫌いじゃねーけど、元々相棒にやるつもりだったしな!!お!!」
言いながら、自分の分のコーヒーゼリーを僕の前に置いて、ニコニコ笑っている。
……お前は本当に、何でそんなに僕に甘いんだ。
というか、僕とお前でこの店入ってスイーツタイムとか軽くテロだぞ。主にお前の存在がヤバすぎるだろ、自覚しろよ。周りから奇異の目で見られてたぞ間違い無く。
今だって結構な注目を浴びてしまっている。……楠子だから別にいいが。
カップル連中もかなり注目している。……凄まじく不快な事に、僕達も同じくカップルだと認識しながらな。
「うわー、何だあれ、美女と野獣カップルか?(くそ、何であんなヤツがあんなカワイイ子と……そこ変わりやがれ!!)」
「カップル限定スイーツの為に連れてこられただけじゃないのー?(物凄い笑顔で貢いでるし……でもあそこまで幸せそうなのは羨ましいかも……。コイツ、最近冷たいし横暴だしうざいし……)」
……男の方は燃堂に未だ呪詛を吐いているが、女の方は彼氏への愚痴に移行したな。よくあるパターンだ。
「やだー、あーゆーのぉ、この店に入ってこないでほしーんですけどー(つーか女の方ちょっとカワイイからって貢がれてんじゃねーよ!!うぜえ!!)」
「ははっ、かわいそうだろぉ、そーゆーコト言っちゃあ(テメーもこの店の品格落としてるけどな。……モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだよ……独りで静かで豊かで……)」
ある店の前で、僕──斉木楠子は立ち尽くしていた。
説明しよう。斉木楠子とは、斉木楠雄である僕が変身能力を使い、女体化した姿である。
この能力にはデメリットが沢山あるが、女体化し、スイーツを堪能する事は僕の密かな楽しみだ。
女性限定物も数多くあるし、レディースデーと呼ばれる日もある。
数少ない小遣いを有効に使える、素晴らしい日だ。
……だが、しかし、これは……。
僕の視線の先には、店頭に設置されたブラックボードがある。
そこにはカップル限定スイーツの文字と、その商品の写真が添えられていた。
写真に映るのは、あの2950円で売られていたものより高級感漂うコーヒーゼリーの姿。
シンプルだが飽きのこない美しいそのフォルム。それを邪魔しない様にあしらわれた生クリーム。まるで高尚な芸術品の様だ。
そしてその姿を見せ付ける様な、控え目だが上品なデザインの透明な容器。それは見事にコーヒーゼリーの存在感を引き立たせていた。
くっ……何故これがカップル限定なんだ……。
カップルなんて人目も気にせず、寧ろ周囲に見せびらかしながらイチャこいてるだけの連中だぞ!?味が解るとは到底思えないというのに……!!
偏見?いや、実際あいつらの頭の中はそんなんばっかだから。味とか関係無く、「はい、アーン(はぁと)」とかやりたいだけだから。
店の中は賑わっている。カップルの姿も多く見られる。当然そのテーブルにはコーヒーゼリーが。
数量限定では無いのだろうが、どちらにしろ僕には手が出せない。
どうする……?所詮ベタベタイチャイチャしたいだけのカップル共だ。同じ値段の物を注文してアポートするか……?
いや、流石にそれはマズイだろう、人としてダメだ。
しかし男の僕を作り出すとかは試してみた事が無いから迂闊には出来んな。リスクが高すぎる。くそ、分身くらいは試してみるべきだった。
自分同士でカップルの振りなどぞっとしないが、それが一番面倒が無いやり方だろう。
と、その時。
「お?相棒じゃねーか!!」
!?
唐突に声を掛けられ、思わず勢い良く振り向く。
しかしながら、僕に気付かれずに近付き、尚且つ僕を相棒と呼ぶ人間など、一人しかいない。
「こんなとこにいたんか、お?」
燃堂だ。
だが、今の僕は女体化している。
馬鹿な……どういう事だ。まさか僕の正体に気付いたというのか!?
「……ありゃ?相棒…じゃねぇな?」
僕の動揺も焦りも知らず、燃堂は首を傾げてそう言った。
……この野郎。
本当に心臓に悪いヤツだ。
燃堂がわりーわりー、と軽く謝ってくる。お前ほんとに悪いと思ってるのか?
しかし驚いたな……。バレたのかと思った。
まぁ、このバカに解る訳無いか。……何故今の僕を普段の僕と見間違えたのかは知らんが。
とにかくさっさと離れよう。
「お?オメー、ここ入るんか?」
燃堂が店を覗きながらそう訊いてくる。
だから何だ。お前には関係無いだろう。
「おぉ、これ、ここのソケットだろ?」
何やら券を取り出し、見せてくる。……チケットな。
そこには、確かにこの店の名。そして、お試し無料券との文字が。
こ、これは……!!
キャンペーンが盛んなこの店の名物の一つ、お試し無料券……!!
新規の客を呼び込む為に始まったキャンペーンで、この券一枚で商品の一つを無料で食す事が出来るという、なんとも太っ腹なチケットである。何かドリンクを頼めば、という条件付きではあるが。そこは商売なので仕方無い。
それにしてもどこで手に入れたんだお前……。この券は限定物でも何でも頼めるという、今の僕にとっては喉から手が出る程の代物だぞ。
これはアレか。『殺してでもうばいとる』を実行しろとの神の啓示か……?
「んじゃ、これやるよ」
え。
「相棒と行こうと思ったんだけどよー、帰っちまったみたいでな」
ほれ、と手渡してくる。
「チビも帰っちまったしよー。つめてーよなー」
口を尖らせぶうぶう言っている。……それで初対面の人間に通じると思っているのかお前は。まぁ、なんとなく言いたい事は解るが。
「お、そんじゃな!!」
うおい。
このチケットの価値なんてどうせ知らないだろうからそんなあっさりしているんだろうが、流石にこれをタダで貰ってそこらのバカ女みたいにラッキー♪とか言いながら一人で店に入れると思っているのかってコラ、いいから待て。
「お?なんだ?」
というかお前僕と行く為のチケットじゃなかったのか。……って、これ今日限定じゃないか。だからか。
「お?」
不思議そうに僕を見ながら首を傾げる燃堂。その仕草やめろ。女子か。
……引き止めてしまったものは仕方が無い。
このチケットは、一枚で二名様まで有効という夢の様なチケットだ。
だから、お前にもその権利がある。あくまで勿体無いからだ。……それだけだ。
「おぉ、オメー、コーヒーゼリー好きなんか。相棒と同じだな!!」
何故知っている。
わざわざ訊くまでも無く、べらべら喋り続ける燃堂の話を聞くと、いつぞやに母さんから聞いたらしい。
お前はどんだけうちの両親と親交深めてんだよ。
まぁ僕も別に隠してないけどな。わざわざ言わないが。
「しっかしオメー、うまそうに食うなー。やっぱ相棒と似てんぜ!!」
………そうですか。
物凄い楽しそうな笑顔で言うな。何か恥ずかしいだろ。というか初対面の女子に『相棒』の話ばっかして何が楽しいんだお前は。
かといって口説かれたりしても困るが。………あれ、考えてみるとさっきの逆ナンっぽくないか?凄い不本意なんだけど。
「お、これも食えよ!!オレも嫌いじゃねーけど、元々相棒にやるつもりだったしな!!お!!」
言いながら、自分の分のコーヒーゼリーを僕の前に置いて、ニコニコ笑っている。
……お前は本当に、何でそんなに僕に甘いんだ。
というか、僕とお前でこの店入ってスイーツタイムとか軽くテロだぞ。主にお前の存在がヤバすぎるだろ、自覚しろよ。周りから奇異の目で見られてたぞ間違い無く。
今だって結構な注目を浴びてしまっている。……楠子だから別にいいが。
カップル連中もかなり注目している。……凄まじく不快な事に、僕達も同じくカップルだと認識しながらな。
「うわー、何だあれ、美女と野獣カップルか?(くそ、何であんなヤツがあんなカワイイ子と……そこ変わりやがれ!!)」
「カップル限定スイーツの為に連れてこられただけじゃないのー?(物凄い笑顔で貢いでるし……でもあそこまで幸せそうなのは羨ましいかも……。コイツ、最近冷たいし横暴だしうざいし……)」
……男の方は燃堂に未だ呪詛を吐いているが、女の方は彼氏への愚痴に移行したな。よくあるパターンだ。
「やだー、あーゆーのぉ、この店に入ってこないでほしーんですけどー(つーか女の方ちょっとカワイイからって貢がれてんじゃねーよ!!うぜえ!!)」
「ははっ、かわいそうだろぉ、そーゆーコト言っちゃあ(テメーもこの店の品格落としてるけどな。……モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだよ……独りで静かで豊かで……)」
作品名:カップル限定って色々ギリィッてなるよねって話 作家名:柳野 雫