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風邪ひき一号。そして二号

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2.かぜひきにごう




最悪の夢を見た

夢は願望の現れだと聞いた事があるが、あれが俺の願望だと言うのならば今この瞬間死んでも悔いはない。それくらい最悪の夢だった。

「…っ、胸糞悪ぃ」

咳のし過ぎで痛んだ喉が発した声は、思いの外頼りない。
後味の悪い夢と相まって舌打ちする。ああ、本当に忌々しい。

ベッドからは、熱が下がったからか随分と楽に起き上がる事が出来た。冷蔵庫から牛乳を取り出して、残り少ないそれを一気に煽る。喉の痛みが和らいだ気がして、ようやく気分が晴れてくる。――いや、あの最悪な気分はこの程度じゃ完全には晴れねぇけど。


――ンポーン、

あまり役に立った事がないインターフォンが鳴る。
様々な業者の勧誘リストから外されたらしい俺の家(多分、これは気の所為じゃない。隣の家は勧誘してるのにうちは避けるからな。まぁ、面倒が減っただけなので構わない)に、来るのは誰だろうと思いながらドアを開ければ、そこには珍しい顔が待っていた。

「―――…幽?お前、どうしたんだよ?」

「空き時間が出来たから。それに、メール」

メール?
そう思いながら放置していた携帯を見ると、ライトが点滅している。

「返ってこないから何かあったかと思って」

「あー、悪ぃ。ちょっと風邪ひいてたからよ」

「風邪?」

幽にとっても俺の風邪は予想外らしい。そりゃあそうだ。俺だって驚いた。風邪なんて本当にガキの頃くらいにしかひいた覚えが無い。苦笑いしながら、玄関で立ち話もあれだから部屋の中に入るよう促したが、幽はゆるく首を横に振るうだけだった。

「もう行かないと。…元気そうな顔が見れて良かった」

「……おう。悪いな、心配かけて」

幽の顔を見ているとなんだか安心してくる。病気の時には気が弱るっていうけど、まさにその通りだ。こうして家族の暖かい部分に触れると気が休まる。

「これ」

差し出されたビニール袋には、コンビニのプリンが山の様に入っていて。
こんなに食えるかな、と思ったが嬉しい気遣いを有難く受け取っておく事にする。

「サンキュ」

幽は一つ頷くと、そのまま仕事場へと向かっていった。階段を下る後ろ姿を見ていると、こちらを振り向かずに手だけが振られる。見えていないと分かっていても手を振りながら「頑張ってこいよ」と呟けば、うん、と聞こえた気がした。









シャワーに入って着替えをして、ようやく気分が落ち付いた。
冷蔵庫に入りきらなかったプリンをどうしようかと悩み、ならば腹に入れればいいのかと黙々とスプーンを動かしながら、思い出して携帯に手を伸ばす。
ランプが伝えようとしていたのは、幽からのものを含む何件かのメールと、上司からの着信。しかも電話は何回か掛かってきてる。慌てて電話を掛け直したら、仕事で何かあったわけじゃなくて単純に心配してくれていたらしい。その気持ちに礼を言いながら、明日から仕事に出られそうだと伝えるが、大事をとってもう一日休め、と有給を貰える事になった。

「……すみません、トムさん」

切った電話に、もう一度礼を言う。
人の優しい部分に触れると、嬉しくなると同時に俺もそういう人間になりたいと思う。傷付けるだけじゃなくて、誰かを安心させられるような――

「……ん?」

一番最後の未読メールは、登録していないアドレスからだった。開けてみると、そこには不思議な文面が。

『この風邪、ホントしつこいんだけど。』

「………?」

『シズちゃんにチューして感染したんだから、責任とってよね』

「―――ハァ?!つか、これあのノミ蟲からかよっ…!!」

俺をこんなふざけた名前で呼ぶ人間はこの世に一人しかいないわけで。
というか、こんなメールが届くという事は…

「くそっ…死ねよ、あのクソ蟲がっ…!!」



アイスだのポカリだの延々と続く厚かましいメールを読むのは途中で止めて、家を飛び出す。



勿論行く先は、最悪の夢を現実にランクアップさせてくれた馬鹿の家。






end





―――――

臨也さんの最後の言葉は、シズちゃんの持つコンビニの袋に入ったアクエリを見ながら呟いた「俺、ポカリがいいんだけど」だったそうです(伝聞)

読んで下さって、有難うございました!


saki





作品名:風邪ひき一号。そして二号 作家名:サキ