ドキプリSS 「独りぼっちじゃない 真琴と猫の数日間」
「ん、ここは……」
飼い主の男が気がつくと、そこは先ほどの公園だった。
「気がついた?」
「なんだ、俺は一体……」
男はなんとか立ち上がった。
それを確認すると真琴は、男のほうへとゆっくり近付いた。
「もう一度聞くわ。これが最後よ」
真剣な面持ちで、真琴は男を見据えた。
「あぁ? まだ何かあるのかよ」
男の顔は、相変わらず嫌味に満ち溢れていた。
「アンはあなたの帰りをずっと待っていた」
「それがどうかしたのかよ?」
「アンはあなたのことを本当に愛していた」
「だから何なんだよ!?」
「だから、もう二度とアンを捨てない、そして見せびらかしたりなんかしないって約束できる?」
真琴は男に尋ねた。
様子を見ていたマナたちは、思わずごくり、と唾を飲み込む。
「はっ」男は鼻で笑う。「もういらねーよ、あんな汚い猫」
男が発したその言葉。
マナたちには信じられないものだった。真琴のあの必死な訴えは、全く届かなかったのか、愕然とせざるを得なかった。
「そう……」
「欲しけりゃやるよ。あとは煮るなり焼くなり好きに……」
その瞬間だった――。
パシン!
鈍い音を立てて、真琴の左手が、男の頬を殴っていた。
「いてぇ……」
頬をさする男に踵を返して、真琴はみんなのほうを見た。
「行くわよ。この男には、もう何も届かないわ」
「う、うん……」
俯いたまま、真琴はその場を立ち去っていった。
それから数日間、真琴はアンの面倒を見ていた。
報われない愛を抱いたその猫が、ただただ気の毒で、もう自分が飼うしかなかった。アイドルの仕事と両立させながら、彼女はずっとアンを世話していた。
しかし――。
「真琴……」
仕事を終えた真琴に、DBは悲しそうな顔で言った。
「ごめんなさい、気がついたときには、もう――」
アンと出会ったあの橋の下で、みんなはそれを見つめていた。
「これで、よしっと」
真琴は立ち尽くしたまま、アンの墓を呆然と見つめていた。
「まこぴー……」
マナは真琴に何か声を掛けてあげようとするが、言葉に詰まった。
「可愛そうシャル……」
「本当に、どうして……」
アンの死因は老衰だった。もう充分年老いたとはいえ、真琴にしてみればまだ早すぎる死だった。
――また、守れなかった?
悔しさ、憤り、辛さ……。そんなものでは計り知れない思いが、真琴の心を抉っていく。こんな結末になってしまって、何が愛だ、何がプリキュアだ、彼女は自分を責め続けていた。
「アン、ごめんね。あなたを幸せにしてあげられなかった……」
「そんなことはないビィ」ダビィが声を掛けた。「真琴の思いは、ちゃんと届いたビィ」
「でも……」
「そうですわ。真琴さんの優しさがあってこそ、アンちゃんは幸せに天国に行けたのだと思いますわ」
ありすは墓の前で手を合わせた。
「そうよ。それに思うんだ。アンはまこぴーのこともきっと愛していたんだって」
六花もしゃがみこんで手を合わせる。
「愛していたって……」
「プリキュア五つの誓い」亜久里が真琴の前に立つ。「一つ、愛は与えるもの」
「与えるもの……」
「真琴さんがこの数日間アンに与えていた愛は、まさに本物でした。もう気づいているはずです、アンがそれに負けないほどの愛を真琴さんに返していたことに」
そう言われて、真琴は再びアンの墓を眺めた。
そして、この数日間の出来事が走馬灯のように流れてきた。
「うっ、うぅ……」真琴の目から涙が溢れた。「うわあぁぁぁぁぁん!」
「真琴が泣くなんて……」
真琴はおもむろにマナの胸に寄り添った。
そして、まるで赤子のようにそのままずっと泣いていた。
「よしよし……素敵だったよ、まこぴー」
マナはずっと、泣き続ける真琴を宥め続けた。
雨はもう、すっかりあがっていた――。
作品名:ドキプリSS 「独りぼっちじゃない 真琴と猫の数日間」 作家名:パーム