黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 12
第45章 見えぬ夜
夜、あらゆるものが漆黒に包まれる夜。そんな闇夜を空の星や月が遥か昔から照らし続けている。
しかし、今宵は勝手が違った。空に雲一つない、快晴の夜空が広がる。しかし、そこにはあるべきはずの姿が見えない。
縁側に親子がいた。母親がそこに腰掛け、その腕にはようやく乳離れしたばかりの子供が抱かれていた。
母親は子供の背を軽く叩きながら、子守歌を歌う。優しい声音の子守歌であり、どのような子供もすぐに眠りについてしまう、そんな優しい歌声であった。
この親子はいつもこの時間、こうして縁側に腰掛け、そして母親は子を寝かしつけていたのだった。
子は母の子守歌を聞きながら夜空を見上げるのが好きだった。しかし、今日は何だかいつもより違う、子供ながらに気付いた。
気になった子は母親に訊ねる。
「ねえ、おかあさん」
「…どうしたの、坊や?」
母親は子守歌を止め、話に耳を傾けた。
「きょう、なんだかおそらがへんだよ」
「変?」
「うん、そう。だって、お月さまがみえないんだもん」
夜空は雲一つない快晴であり、星は瞬いている。夏の夜であり、空には天の川まで見える。
だというのに月の姿がどこにも見えない。ここからだといつも月がよく見えていた。それなのに、突如として姿をくらましたかのように、今夜は見えない。
「今日は朔日ね」
「さく、じつ?」
子供にはよく分かっていないようだった。
「そう、新月とも言ってね、お月様が見えなくなっちゃう日なの」
「ふ〜ん」
「シン、あなたが産まれたのはこの新月の夜だったのよ」
母親はシンの産まれた日の事を話した。
あの日は秋も深まり、間もなく冬になろうかという時期だった。
その時も朔日であり、星も雲に隠れ、全くの光が差さない漆黒の夜だった。そんな中で始まった出産であった。
辺りを照らすものは蝋燭の火だった。しかし、我が子が、シンが産まれた時にはその子が一際輝いて見えた。
母性故のものであっただろうが、それでも母親には蝋燭の火という太陽を利用して光り輝き闇夜を照らす月のように、シンは見えたのだった。
「シン、あなたの名前はお月様から取って付いたのよ」
「お月さまって、あのまんまるのでしょ?」
幼子のシンにとって、月とは丸いものとしてしか認識できていなかった。それが何故自分の名に由縁があるのか不思議でならなかった。
「そうね、月は丸いときもあるわね。でもね、シン。あなたは見えない月の方、新月から取ったのよ」
シンの名は新月の新から取って付けられたのである。それはただ単に新月の日に産まれたから、という理由ではない。
「それじゃあボクもお月さまみたいにみえなくなっちゃったりするの?そんなのいやだよ!」
先ほどの話を聞き、月から名付けられたと知り、月の両極端な性質しか知らないシンは不安になったのだ。
「大丈夫よ、シン。あなたは消えたりしない、ずっと輝き続けて見える、私達家族にはね」
母親はシンの頭を撫でて宥める。
「それにね、お月様は突然見えなくなるんじゃないの。ゆっくりと、一日一日と形を変えて、そうして朔日には見えなくなるの」
あっ、そういえば、とシンは思い出す。
月は丸かったり半円だったりしていた。三日月という鋭い形をした月だってあった。
「そうよ、お月様は色んな形になってみんなを楽しませてくれる。シンも色んなふうに私達を楽しませてくれてるでしょ?」
「そうなのかな?」
「そうよ、それに、朔日の夜から新しい暦になるの。一日一日色んな事を経験して、新しい自分を見つけて、そして明日には輝いて欲しい。そう願ってあなたをシン、と名付けたの」
「そうだったんだ。うん、わかったよ!ボクがんばるよ!ボクがんばってお母さん達のお月さまになるよ!」
シンはすっかり元気になり、満面の笑みを見せた。
「うふふ…、そうね。さあ、そろそろ眠りなさい、シン…」
母親は再び子守歌を歌い始めるのだった。
※※※
はっ、とシンは目を覚ました。
彼のいる場所はジュピター灯台へ向かう途中の森の中であった。辺りは静まり返っており、魔物は愚か、動物の鳴き声一つしない。
なぜシンが、もとい、シンとガルシアの一行がこのような所で野宿していたのか、それは多少時間が遡る。
アテカ大陸に着岸し、ジュピター灯台からほど近い場所に位置するギアナ村へとガルシア達はたどり着いた。
ギアナ族はかつて、アネモス族と共に生きる民族であった。ギアナの地はシャーマン族の長、ナバホと戦った勇者、イエグロスの故郷でもある。
しかし、今はギアナ族の村が残るのみで、アネモス族の村どころかアネモス族の者すらもいない。
ギアナ村の東部にある大地をえぐり取ったかのような巨大なクレーター、そこにアネモスの村があったのだという。伝承ではある日突如としてアネモス村は空へと飛んでいってしまったとされている。
それが真実かどうかは定かではない。しかし、アネモス族の遺していった遺物がギアナにはある。
まず一つが、クレーター付近に位置するアネモス神殿である。荘厳な造りの巨大な神殿であり、その奥には世界を破壊せんとする大悪魔が存在する、という話もあった。
しかし、真意は定かではない、何故ならこの神殿の扉は開くことがなく、調べる術は無かったからだ。
今でも神殿を調べる神官が存在する。しかし、謎は解明されずに今に至っている。
もう一つアネモス族の遺物がある。地上絵である。
その地上絵は大きく翼を広げた鳥を表していた。地上絵はもう一つ存在し、そちらは船に翼が付いているような絵であった。
ギアナ村のとある人物から予言がなされていた。近い将来この地上絵に似た船が訪れ、翼を携え大空へと飛び立つ、と。
こんな途方もない事、誰が信じようものか、しかし、人々はその予言者を信じた。
その人物は、村では非常に有名で、また不思議な力を持ち未来を見通す事ができた。これまでもその予知能力で人々を導いてきた。皆を信用させるには十分であったのだ。
そんな話を聞く中で、ガルシア達は驚くべき事実を耳にした。 ロビンと名乗る金髪碧眼の少年、その他四名のグループが朝方にこの村を訪ねた、とのことだった。
彼らはガルシアとシンがここへ来ていないか、などと村人に訊ねたらしい。村人よりガルシア達の存在を知らないという話を聞くと、彼らはすぐさま北を目指して行ったとのことだった。
追い越されてしまっていた。既に日も暮れようという時間だったが、ガルシア達もすぐさま北のジュピター灯台を目指し、出発した。
さすがにその日中にジュピター灯台にはたどり着けず、長い船旅の後ろくに休む事もできずに、一行には疲労が見えていた。
そこで、ジュピター灯台への道の途中の林道で、ガルシア達は仕方なく野宿する事にしたのだった。
目覚めたシンはしまったという様子で、頭を掻いた。
また見張りの途中で眠ってしまった。船旅から休む間もない出発であったので仕方ないのかもしれないが、それにしても気が緩み過ぎである。明日にはジュピター灯台に到着し、ロビンと、それにリョウカとの邂逅の可能性もあるというのに。
しっかりせねば、シンは思うのだった。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 12 作家名:綾田宗