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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 12

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 ふと、シンは木々の間から覗く夜空を見上げた。西の方に右に細長い月が見えた。
――寝待ちの月、か…――
 この日に懐かしい夢を見るなどとは、なかなかの偶然もあったものである。寝待ちの月、シンがそう心で呼んだ月はその暦で最後に見ることができる月。
 つまり、明日は朔日、新月となる。彼がこの世に生を受けた夜がやってくる。
「シン」
 ふと、彼を呼ぶ声がした。声の主を判別するのは容易だった。
「ガルシアか」
「ご苦労だったな、交代の時間だ」
 他のみんなは少し離れた所で体を休めている。森の中での野宿はやはり危険が伴う、特にも近くにはジュピター灯台がある。強力な魔物が現れる可能性が大きかった。
 故にガルシア、シン、ピカード達で交替で見張りをする事にしたのだった。
 一番目はピカードが行い、二番目にシンが、最後にガルシアが行う事になっていた。
「ああ、もうそんな時間だったか?」
「俺はもう十分だ。後は任せてゆっくり休め」
「そうかい、んじゃ頼んだぜ」
 シンは皆のいる方とは反対方向に歩き出す。
「どこへ行く?シン」
「ちょっくら用を足しにな」
「そうか、気を付けろよ」
「おいおい、ガキじゃねえんだから大丈夫だよ」
 シンは手をひらひらと振ってその場を後にした。
 実際のところ、シンは催していなかった。見張りの途中で眠ってしまったせいで、大して眠くもなかったのだ。
 少し辺りを歩きながら風に当たろう、そう思ったが、明日はいよいよジュピター灯台突入である。ガルシアは夜歩きを許してはくれなかっただろう、そこで出た方便だった。
 静まり返る森の中に吹く風はだいぶ冷たいものになっていた。長い旅の中、季節はそろそろ秋の終わりに差し掛かろうというところだった。晩秋の風はなかなか身に凍みる。
「うう…寒いなちきしょう…」
 シンは腕をこすった。丈の短い衣服は戦闘や隠密行動には最適であったが、寒さには少々弱いという弱点があった。
 この寒さは、どこか故郷を思い出させるものがある。ジパン島も間もなく冬を迎える事だろう、世界を回っていて、各地で気候が全く違っていたため、なかなか季節感が掴めずにいた。
 思えばこのアテカ大陸はジパン島とは真逆の位置、大ウェスト海の西の端にある。東か西かが違うだけで、北にあることは変わらないため、季節の流れはだいたい同じだったのだ。
――ジパン島、か…――
 最早帰ることは許されぬ故郷を思う。家族や友を救うため自ら村を抜け出し、反逆者となった日から、もう一年が過ぎていた。
 数ヶ月前、ロビン達と対峙した時、ロビンがガイアの剣を手に入れた。それこそがシンの探し求めていた伝説の『あまくもの剣』であった。
 シンはあの日時を同じくして妹、リョウカと戦い、そして海へ身を投じた。これで自分は死んでいるはずだった、その後彼女らがどうしたのかは知らない。
 もし、あの時ロビン達が負け、シンの元に剣が手に入っていたとしても、シンは村、生家に戻るつもりはなかった。あまくもの剣を持ってオロチを倒し、その後は自ら命を絶つつもりだったからだ。
 どの道シンは死ぬはずであった。元より、村を出た時点で彼の命はもうないものに等しかった。
 しかし、現実は全く逆である。どういった運命なのか、シンは荒れ狂う海から救い出され、ガルシア達と再会し、そして今こうして再び共に灯台解放の旅をしている。
 あちこち寄り道はしたが、ついに灯台は目前というところに辿り着いた。灯台へは恐らくロビン達が先に到着する事だろう。恐らく彼らも夜が明けるのを待って出発する、存外近くにいるかもしれない。
 リョウカとの邂逅を果たしたら、一体自分はどうしたらいいのだろうか。
 彼女の事は長年連れ添った兄であるシンが一番よく知っている。例え敵対していたといってもあの日二人は和解した。恐らく剣を手に入れた彼女は自分の志を継ぎ、オロチを倒してくれたのだろう、シンは思う。
 しかし、シンにはどうにも腑に落ちない点がある。何故今もまだロビンと共にいるのか、ということである。何故ロビン達がガルシアの生存を知り、更には灯台を目指している事をも知り得たのか、という疑問もあったが、何より討滅の任を果たし、村へ戻りオロチを倒した事でもう旅の理由のなくなったリョウカが何故今もまたロビン達と旅を続けているのか。これがどうにも解せなかった。
 イズモ村の掟は反逆者のシンは特によく分かっている。村を出るためにはかなり重要性の高い理由がなくてはならない。村の平和を脅かすような事をしていたシンを討滅するため、というのなら十分足り得る理由であった。
 しかし、灯台の解放が世界に悪影響を及ぼすものとロビン達が言っていたが、直接村に影響があるようには思えない。故にこれが十分足り得る理由にはなるはずがない。
 となれば、今リョウカが旅している理由は二つ考えられる。
 リョウカまでも破戒し、反逆者となったのか、それとも死の儀式を行い、村を離れたのか。
 死の儀式とは、イズモを抜けんとする女にのみ行われるという儀式である。その髪を切り、それを以て死とするのである。
 髪は女の命、そうした理由から成り立った儀式である。
 しかし、どちらにせよ、シンにとっては辛い結末となる。姉のヒナが独りきりになってしまうという結末である。
 シンにとってヒナは姉でありまた、母でもあった。そんな彼女を独りにしてしまう、それだけは絶対にしたくなかった。
 自分が死んだとしても、リョウカだけはヒナの元へ居てくれよう、そう思ったからこそ命を捨てシンは村を抜けたのである。
 それなのにリョウカまでもが村に戻ることは叶わなくなる事態となっている、これでは元も子もないではないか。
――リョウカ、お前は一体何を考えて…――
 様々な思案を重ねながら、シンは林道を当て所なく進んでいた。
 突如として、魔物の断末魔が響いた。
「なんだ!?」
 シンは急ぎ声のした方へ駆け出した。そこまではそう遠くなく、すぐにたどり着く事ができた。
 人影と三匹の魔物の影が見えた。シンはすぐさま助けに入ろうとした。しかし、その行動は驚きにより阻まれた。
 シンは急ぎ木々の間に身を隠した。そして人影を目を凝らしてもう一度確認する。
 小袖の着物に黒い袴、手にした剣は敵を斬る時にしか抜かれる事のない居合い刀。真紅の髪が見られれば、予想は確信となる。
 しかし、その人物は白い大きな頭巾を被っており、頭を確認する事はできなかった。
 それでも、シンには分かる。あの立ち振る舞い、他にあまり見られぬあの剣、そして溢れ出んばかりのあの気迫。
 シンが密かに見守る中、戦闘は再開された。人型狼、ワーウルフ三匹に対し、白頭巾の剣士一人の戦いである。機敏な動きを得意とする魔物相手に苦戦は免れない、と通常ならば思う所であろうが、シンはあの剣士は絶対に負けない、そう思うのだった。
 一匹のワーウルフが爪を立て、剣士に飛びかかった。その爪が触れる前に魔物は断末魔と共に絶命した。
――…速い!――
 我より先に抜刀するのが、居合いの全てである。熟達した者のそれは文字通り目にも止まらぬ速さを得る。