サメと人魚
そう告げた凛の顔にはいつものような強さはなく、まるで泣きだす一瞬まえのような、切ない表情をしていた。
だから。
「おまえはバカなのか?」
遙はいつもの無表情で、感情のこもらない声で言った。
そして、ふっと、自然に口元がゆるんだ。
つい笑ってしまった。
それから、右手をあげる。
「おまえ、髪、ボサボサだぞ」
凛の髪に触れた。
カッコつけの凛にしてはめずらしい状態になっている。
「……髪、乾かす余裕なんか、なかったんだよ」
凛は顔を少ししかめて、乱暴な口調で言った。
畳になにかが落ちる音がした。
落ちたのは、あの茶封筒だ。
さっきまでその茶封筒を持っていた凛の左手があげられ、遙の右の手のひらをつかんだ。
冷たい、と思った。
寒い外をやってきて冷えきってしまったのが、まだ温かさを取りもどしていないのだろう。
自分の手の温かさとの差を感じる。
だから、自分の手の温かさが伝わって、凛の手も温かくなればいいと思う。
凛が遙の手を放した。
次の瞬間、距離が無くなった。
抱き寄せられた。
耳の近くで凛の声がする。
「好きだ」
その声に肌をなでられた気がした。
心が浮きあがる。
体温があがったように感じた。
さらに凛は言う。
「おまえ、オレがちゃんと言わねぇと、伝わらねぇんだろ?」
ぶっきらぼうな口調。
遙は少し笑った。
それから、同意するように、自分の身体を凛に預けた。