君と過ごす何気ない日常
まっかな
リンゴーン。
チャイムの音に、雑誌をめくっていた手を止め顔を上げた。隣に居た彼が腰を上げ、「はーい」と声を上げる。
古い家に相応しい古いチャイムはどうにも僕の耳には馴染まない。毎度、聞くたびに顔を顰めたくなる。
リンゴーン、と鳴っているのだろうそれは僕からするとギュンギョーンと聞こえる。いやまあそんな事はどうだっていいのだけれど。横になっていた身を起こし、ずりずりと居間の入口へと移動する。
居間と台所の境目、そこから右手に伸びる短い廊下の先に玄関がある。一応部屋の中が見えないようカーテンを下げているのでこちらからも玄関先の事は見えない。
声だけが、届く。
どうやら訪れた客はご近所さんだったようだ。ほほほ、という笑い声が聞こえた。それに応える彼の、抑えた笑い声。ああ、可愛らしい笑い方だなぁ。彼の、控え目な笑い方が好きだ。彼の、一歩引いて他を上げる謙虚さが好きだ。いやもう何でもいい。彼であればなんでも好きなんだ。
カーテンに遮られて見えない彼の、声だけを必死に拾う。
ご近所さんの用件はどうやら、おすそ分けを届けに来たようで、ついつい作りすぎちゃって、という甲高い声が止まることなく続くのに少しずつ、僕の眉間に皺が寄る。
作りすぎたのは事実なのかもしれないけれど、それを理由に彼と長話をするのは勘弁してもらいたい。僕以外の人に柔らかな微笑みを向けているのかと思うと胸の内側がじりじりと重くなっていく。早く話を終わらせて、僕の傍に戻ってくればいいのに。
結局、話が終わったのは30分の後。
僕のイライラはそれなりに。
ぺたぺたと廊下を戻ってくる彼が、敷居の上で顔を顰めている僕の顔を見て首をかしげた。
「…何してんの?」
当然の問い掛けかもしれないけど、僕からすると察してよ、と言いたい所でもある。でも彼は僕の、彼に対する感情にはとても鈍感だから。
「…寂しがってんのっ!」
「……は?」
「君がっ! 中々戻ってこないから!」
「たかだか十数分の話だろ?」
「3 0 分 以 上 掛かってた!」
「…へぇ、そんなに…」
話している当人は時間の流れを感じていなかったらしい、若干驚いた様子の彼だったが成程それなら、と言ったようにどことなく納得してくれたらしく僕の元までやってくると頭をポンポンと叩き、撫でてくれた。
「君の好きなリンゴジャム、貰ったんだよ」
「…そ、れは嬉しい、けど」
「だから拗ねるなよ」
「ジャムは好きだけどっ!」
「だろ? だからお昼はパンケーキ焼いて、ジャムをたっぷり塗って食べよう」
「…………お腹すいた」
「あと1時間」
「お腹すいた」
「まだ11時」
「お腹すいた」
「…」
「お腹すいたよ。あと1時間も待てないから、だから」
「…だから、何」
「だから」
だから、心惹かれるパンケーキはあと1時間頑張って待つから、だから、代わりに、大好きな君の、美味しそうなその真っ赤な唇を。
2013/10
作品名:君と過ごす何気ない日常 作家名:とまる