君と過ごす何気ない日常
手拭いとのこぎり
ちょっとした暇な時間が出来たから本を読もうと読みかけの文庫本を手に取った。栞を挟んでいたところに指を差し入れ開く。壁に背を預け、のんびりとした午後の心地いい時間を過ごしていたところ突然、大きな音が響き渡り驚き飛び上がった。
なんだ、どうした、と辺りを見渡すとどうやら庭から聞こえてきているらしいこの音に嫌な予感が走る。
畳の上を這って移動し窓枠に手を付け外を見遣ると案の定、庭のど真ん中で腕まくりした彼が何やら懸命に動いていた。
声を掛ければ手を動かし続ける彼の、返事だけが寄越される。んー、じゃないよ。それ答えになってないし。
右手にのこぎり。足元にはコンクリートブロック。二つ並べたその上にベニヤ板を乗せ、のこぎりの刃を入れてゆく。何でいきなり日曜大工なんだ? 不思議な思いで見つめた彼は、額に手拭いを巻き肩からタオルを下げ耳に鉛筆を掛けていた。
鉛筆って、何。それ、何に使うの。大工のイメージおかしくない?
形から入る彼に毎度呆れるけれど、今回も例にもれずガクリと肩を落とした。
板を切る音が庭に木霊する。
そよそよと流れる風に煽られる僕の前髪。彼は手拭いを巻いているから前髪ではなく後ろ髪が踊っていた。時折流れる汗が頬を伝うのが邪魔なのか、肩に下げたタオルで汗を拭うのだがそれがまた絵になるから腹が立った。
結局、顔が良い奴は何をしていても様になるという事なんだ。
ああ不愉快だ。
むくれる僕の目線の先、せっせと工作に勤しむ彼。
やがて、制作物の形が見えてきた。
おや、と目を見開く。
時折角度や高さを見ているのだろう少し距離を取り片目を眇める彼が何度となく頷き納得した様子を見せた後最後の仕上げだと言うように角を鑢始める。
それから数分後。
出来た、と喜びの諸手を上げる彼の側へと、僕は歩み寄った。僕に気づき、ドヤ顔をして見せる彼。常であれば頭をはたくところだが、今回だけは受け入れてやろう。
ああ、全く、本当に、君と言う人は。
「…どうだい?」
「…全く…君は本当に器用な奴だな」
「なんだよ。素直に有難う、って言ってくれる方が嬉しいんだけど」
「ああ、うん…はは、ありがとう」
「どういたしまして!」
僕らの前には少々歪な小棚が一つ、あった。
彼が作ってくれた、手作り家具。
ずっと、ポットを置く棚が欲しかった。ポットを使うたびにぼやいていたから、それをちゃんと聞いて、考えてくれていたんだ。
くすくすと笑い、隣に並ぶ彼の肩に頭部を寄せるともう一度、「有難う」と呟いた。
僕の言葉に返されたのは、彼の、誇らしげな笑みだった。
2013/10
作品名:君と過ごす何気ない日常 作家名:とまる