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お悩み解決戦線

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■第四話■



 何事もなく無事に映画を観終えたことに、フリオニールは安堵した。
 まずは、デートの第一段階終了だ。
 始まる前から不安要素で一杯だった計画だが、つつがなく進んでいるので大袈裟に心配するほどでもないのかもしれない。
 とは行っても、クラウド――もといクラリスと二人っきりでデートをしているこの状況には、いつまで経っても慣れなかった。
「あんまり緊張するな。初デートの設定ではなかっただろ。アンタに合わせて俺も初々しい演技をするつもりはないぞ」
「しかし、そもそも演技自体に慣れていないんだから、どうすればいいのか」
 悩んだ末に、フリオニールはぎこちなく、ウェイトレスが運んできたティーカップを近寄せて、角砂糖の小瓶を手に取った。
 ショッピングモールの映画館を出た2人が次に向かったのは、待ち合わせ場所だった公園から来た道を少し戻った先にある、洒落たカフェレストランだった。
 雑誌にも載ったことのある隠れた名店で、店内スペースの他に、屋外にも飲食スペースがある。
 今の時期は桜並木を眺めながらランチやティータイムを楽しめるので、今日みたいな晴れの日は満席になりやすかったが、クラウドとフリオニールが行ったときは、たまたま運良く席が空いていた。
「演技だと思うから緊張するんだ」
 紅茶を飲みながら、少し考えたあとクラウドは言った。
「ティーダ相手にデートしていると思えばいい」
「…………」
「フリオニール」
「………………」
「おまえ、甘党だったのか?」
「――え? あっ!」
 手元のティーカップに、角砂糖が山のように積み上がっている。
 雑誌でも美味しいと定評のある紅茶の惨状に、フリオニールは端から見ても分かりやすいほど肩を落とした。
「……楽しみにしていたんだがな」
「俺のを飲むといい。そう落胆するな」
「すまない、ありがとう」
 クラウドとカップを交換して、適度に甘みのある紅茶に口付ける。
 ごまかすように紅茶を飲みながら目を逸らすフリオニールに、クラウドは呆れ混じりに嘆息した。
「このくらいで動揺していては、たとい本物と付き合えたとしても、先が思いやられるな」
「…………」
 フリオニールの頬が、気恥ずかしさに赤く染まっている。
 今時、天然記念物かと思うほど新鮮な反応。
 クラウドは男同士の恋愛以前に、この男の将来を危惧せずにはいられなかった。

「なぁに話してるんだろうなぁ。フリオのやつ、顔真っ赤」
「どれどれ〜? うわ、あいつ酒呑んでんじゃねぇだろうな」
「この際、酒呑んでてもヨシとしようぜ。結構いい雰囲気だし」
 レストランの屋外スペースを双眼鏡で覗いて、バッツとジタンは順調に計画が進行している様子に、満足して頷いた。
 つられてティーダも二人の姿に目を凝らす。三人が隠れている茂みからは離れすぎていて、表情の変化までは読み取れないが、バッツの言うように『いい雰囲気』だってことは、遠巻きに見てもはっきりと分かった。
 またチクリ、と胸に棘が刺さったように痛い。
 ティーダは痛みを誤魔化したくて、「よし」と気合いを入れて立ち上がった。
「このまま計画通りなら、このあと公園でメインイベントだよなっ。そのあいだ暇だしさ。おれ、ちょっとその辺ひとっ走りしてくる」
「ひとっ走りって……ちょ、おい! ティーダっ」
「公園で合流なっ」
 制止するジタンに手を振って、ティーダは全力で走った。緩やかな坂道も、急な曲がり角も、通行人や向かってくる自転車に衝突しそうになりながら、一目散に街路樹の下を走り抜ける。
 なんとなく、あの場に居たくなかった。
 それが「友だちを奪われた」と感じていることに対する嫉妬のせいなのか、どうかは定かじゃない。嫉妬に対するそれは、ティーダの中では既に解決済みの感情だったから、もしかしたらそれ以外のせいなのか。
 その疑問を突き止めたいとは思わなかった。
 これもなんとなくだが、今の自分には考えても分からないような気がしたから。だから、がむしゃらに走って忘れることを望んだ。
「ほんっと、今日はなんなんだよ。……おれ馬鹿だから、分かんねえよ」
 歩道の真ん中で立ち止まった途端、全速力で走った後の激しい動悸と息切れが襲ってきた。あまりの苦しさにしゃがみ込んで、胸の中心の服を、皺が寄りそうなくらい強く掴む。
 どくどくと早鐘を打つ心臓の音に紛れて、切ない痛みが込み上げてきた。モヤモヤとした固まりが呼吸を遮るように身体の中心に留まっていて、泣きたくなるほど胸が苦しい。
「……おれ、どうしちゃったんだろ」
 呟いてみても、答えが分かるはずもない。
 なんでこんなに苦しいんだろう。双眸に涙が溢れてきて、少しずつ視界が歪んでくる。こんな訳の分からないまま泣いてなるものかと、ティーダは勢いよく立ち上がって空を見上げた。
 晴天の空が、涙も胸の痛みも、吸い取ってくれればいいのに。
 この後、公園でフリオニールがクラウドに愛の告白をする手筈になっている。
 二人は既に付き合っている設定だから、所謂「結婚を前提に」ってやつだ。
 演技だと分かっていても、ティーダはその場面を見たくなかった。
「あーあ、帰っちまおうかなあ」
 こんな理解不能な状態のまま、フリオニールやクラウドどころか、バッツとジタンにも会いたくない。計画は無事に進行しているんだし、自分が居なくても問題ないのではないか。
 逃げたい気持ちで一杯のティーダを、無情にも携帯の着信音が引き留めた。
『ティーダ〜〜〜ッ早く戻ってこい。今何時だと思ってんだっ』
「……今行くっす……」
 大層ご立腹な電話の相手に、ティーダはガックリと力なく肩を落とした。

 公園の噴水前で、フリオニールとクラウドは静かに向き合っていた。
 西日はゆっくりと沈み続ける。クラウドの顔は夕影に照らされ朱く染まっていて、敢えて演技をせずとも映画のワンシーンのように映えていた。
 自分がそれに見合っているかは甚だ疑問だが、とフリオニールは心中で一人ごちる。
「ここで指輪を渡して仕上げか。長かった……」
「ああ、こんなに長いこと女装をさせられるとは」
「……それは本気ですまないと思ってる……」
 何度目かになる謝罪に、クラウドは聞き飽きたとでも言うような顔をした。
 そのときマナーモードにしているクラウドの携帯が、ヴーヴーと震えながら唸り、一度のコール音分であっさりと切れる。
「ジタンからのワン切り。開始の合図だ」
「じゃあ、始めるぞ」
 静かに深呼吸をした後、フリオニールは意識して真剣な表情を浮かべる。
 胸ポケットに手を入れ、クラウドの前で手首を返して手のひらをさらせば、そこには小さな一輪の薔薇。
 演技ではなく、クラウドは素直に驚いた様子だった。
「すごいな。手品か?」
「ハハ、まあな。こういうの結構得意なんだ」
 率直な誉め言葉に、フリオニールは照れくさく笑う。
 クラウドの手を取って、彼の手のひらに薔薇を乗せた。薔薇の上に深紅のハンカチを被せ、その上に自分の手のひらを重ねる。
「ワン、トゥー、スリー」
 カウントがゼロになった瞬間、指をパチンと鳴らした。
 覆っていた深紅のハンカチを外せば、そこには高級感のあるネイビーブルーのジュエリーケース。