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本の海

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本の海


 四方を大国に囲まれた小国。
 このお話は、遠い未来でその国の兵士となった2人の物語。

「シグルド、いるか? ――ゲッ」
 会議室の扉を開けた瞬間、ハーヴェイは潰れた蛙のように呻いた。王室の小隊が使う小さな会議室だから少々私物を置いていても融通が利くとはいえ、床が本の海と化すほどに持ち込むのはやりすぎだ。
「ハーヴェイ。ここだ、ここ」
 山と積まれた本の向こうから、シグルドの声が聞こえる。
 本を片付け足場を作りながら辿り着くと、シグルドは銀縁眼鏡をかけ、長机の椅子に座っていた。ハーヴェイが顔を覗き込むと、分厚い書物からようやく顔を上げる。
 ハーヴェイは椅子にだらしなく腰掛けて、シグルドが座っている椅子を軽く蹴った。
「なにやってんだよ。一冊二冊持ち込んだくらいじゃどうってことないけど、いくら何でもコレは多すぎだろ」
 銀縁の眼鏡越しに、ハーヴェイを振り向いた目がすまなそうに苦笑する。
「悪かった。群島諸国連合の歴史書が欲しいと言ったら、皆から大量に頂いて。流石に多すぎると思った時点で断りはしているんだが、自分が持ってきた物の方がいいと強く勧められてな。この量は、確かにちょっと……。参った」
「人望ってことにしとけよ。お前人当たりいいし。気付いてないフリしとけ」
「人望、ね。ジンボウ、じんぼう」
 シグルドは自分に何度も言い聞かせて、最後に深い溜息を吐いた。多少抜けている性格、その上僅かに天然が入っていようと、流石に気付いているらしい。
 シグルドが視線を向けた先に、ハーヴェイも首をめぐらせた。
 本だけでは他の人間と差が付かないと思った者は、一緒に花束や贅沢品の贈り物をしたようだが、それらは部屋の隅にまとめられている。
 ハーヴェイは足下に落ちていた花束を拾いそこに放った。積み上げられた上に置かれた小箱が、花束を投げた拍子に雪崩のように転がる。床にぶつかってパカッと開いた中から、一介兵士の給料三ヶ月分はするであろう指輪が出てきた。
 ――阿呆ばっかめ。
 ハーヴェイは眉間に皺を寄せて、贈り物の山を指差す。
「お前さ。指輪とか花束とか、なんで断らねえんだよ」
「断ってるよ。そういうのは想いを寄せる女性に差し上げるべきだ、と。そうしたら必ず目の前で泣かれるんだ……。どうしたものかな」
「名前と所属兵団控えとけよ。俺が全部返してきてやるから」
 拳付きで。
 牙を見せてさながら獲物を狙う獣のように嗤うと、シグルドが額を抑えて「頼むから止めろ」と疲れた声を絞り出した。
「どうせ本を返しに行くんだ。全部自分で返すよ。――ん? いや待てよ……これは、ガードリング! こっちは前から欲しかったゴールドレット!! ハ、ハーヴェイ」
「どうしたシグルド。そうか、俺に返してきて欲しいんだな。赤月帝国を滅亡させた解放軍に勝るとも劣らない勢いで突き返して欲しいんだよな」
「……すまない。やはり俺が返すよ……」
 シグルドは名残惜しげにゴールドレット(防+18の非売品)を仕舞った。
 時折手が止まりつつも、順調に片付けていくシグルドを眺めながら、ハーヴェイはふと思い至った疑問を尋ねる。
「そういえば、お前らしくないよな。こうなる前に毎度断ってんだろ? エセ笑顔でいつもやってんじゃねーか」
「エセとか言うな。今回は……タイミングが合わなかっただけだ」
 シグルドが手を止めて、床に散乱した一冊を手に取った。革張りの表紙を撫で、ハーヴェイが見ただけでうんざりするような分厚い本を開く。シグルドはそのまま、片付けの最中にも関わらず読書に没頭してしまった。
 呆れを含んだ目で近寄り、ハーヴェイはその本を覗き込む。
 現在は群島諸国連合となっている地の――その名に変わる以前の歴史が、異国の文字で記されていた。
 シグルドが肩越しに振り向いて、穏やかに笑む。
「俺の好きな時代だ。ここに、海賊の絵があるだろ」
「ああ。『紋章砲を葬った女海賊』……首領は女なのか」
 歴史書に刻まれた一枚の絵。『紋章砲を葬った女海賊』というタイトルのその絵は、ジョリーロジャーの旗の下で悠然と佇む威厳に満ちた女性と、その斜め後ろで女性を護るように立つ2人の海賊が描かれている。
 シグルドはその絵を愛おしげに眺め、ページに刻まれた活字をなぞった。
「強力な兵器をこの世から抹消した、自由でいて気高い海賊だ。この国の理想だよ、彼らは」
「国の兵士が海賊に憧れるってのは、問題だけどな」
 ハーヴェイの言葉に、活字を辿るシグルドの指先が止まる。
 シグルドは歴史書を閉じて、長机に積み上げた本の上にそれを置いた。
「ああ、問題だな」
 双眸を眇めて呟き、片付けの続きに取りかかる背中を見て、ハーヴェイは僅かな違和感を覚える。
 ――? どうかしたのか。
「ハーヴェイ、剣を貸してくれないか。それと、右腕」
「? なんだよ、急に」
 感じた違和感は、シグルドに話しかけられてすぐに忘れてしまった。
「この間の昇格祝いだよ。何処かに置いた筈なんだが」
 本の海と化した会議室を見渡して、シグルドが乾いた笑いを漏らす。
 本と贈り物を返し終わるまで、少なく見積もっても三日はかかるだろう。
 ハーヴェイは眉を寄せながらも、腰から下げていた剣を抜き、柄の先でシグルドの額を小突いた。
「出動命令でてねえし、別に貸しといても構わねえけど。マジでちゃんと片付けろよな」
「ああ、勿論。コレはあるんだ。コレは」
 手渡されたガントレットを右手にはめる。控えめでありがなら、高尚な装飾が施されていた。
 生まれも育ちもいいシグルドは、大量生産された安価な品を決して人には贈らない。この篭手も相当腕の良い職人に特注したらしく、随分と精巧に作られていた。
「あと、これとデザインを揃えた剣の鍔用の装飾が……あるんだが」
「そういや、俺もまだだったよな。ほら、論文褒められたっつってただろ?」
 軽快に肩を叩くと、シグルドが目を瞬かせた。
 そろそろ上官に呼び出された時間が近付いている。本を踏まないように気を配りながら会議室の出入り口まで辿り着いたところで、まだきょとんとしているシグルドに言った。
「次会う時までに探しとけよ! その辺の指輪よりイイモノあげっから」
「……あ、ああ。楽しみにしてる」
 照れているのか戸惑いがちに笑った顔に満足して、ハーヴェイは本の海を出た。


 王宮の階上へと上っていくたびに、無駄な物で溢れていく。貴族の出ではないハーヴェイは、昇格する毎にそう感じていた。
 軍服が映るほどに磨かれた大理石の廊下。鋭い角や獰猛な牙を備えた、凶悪な動物の剥製。龍や鳥、花などが描かれた壺。以前シグルドに、「こんな壺より花瓶置いて、花を生けてる兵士寮の方が好きだけどな」と言うと、お前らしいと苦笑された。
 いかに人より着飾るか。素晴らしい一級品を、より素晴らしく見せるか。
 そんなくだらない見栄と意地は、最早貴族社会の道理と化している。
作品名:本の海 作家名:シノ@ようやく新入社員