断崖の幸福
天井を背景に、バッツが上から見下ろしている。まただ。苦しいような悲しいような、複雑な表情をしていた。そのくせ、瞳の奥にはしっかりと熱情を宿している。
「……スコール。また、突き飛ばせよ」
何か苦いものを喉に詰まらせたときのように、バッツが掠れ声で呟いた。
スコールの頬に添えられたバッツの手は、後ろへと引っ張られたときのように強い力ではない。そっと触れているだけだ。
だから、前と同じように抵抗するのは、造作もなかった。
そっと降りてきたキスをそうしなかったのは、胸中にくすぶる自分の気持ちを確かめたかったからだ。バッツの吐息や体温を感じながら、唇からじんわりと伝わってくる愛おしさに身を任せて、スコールは目を瞑る。
震えが走るほどの恐怖と、身を裂くような幸福に、息が詰まりそうだった。
作品名:断崖の幸福 作家名:シノ@ようやく新入社員