断崖の幸福
恐怖を堪えた震える声で、女性が呟いた。幼子を安心させるように、スコールの名を呼ぶ。
脳裏の奥で、真っ赤に染まった映像が流れた。カメラに赤いセロハンを貼って撮影したような、赤いガラス越しに撮影したような、人の肌も背景も赤い、けれどリアリティのある鮮烈な映像だ。
目の前で優しく微笑む女性が、ナイフで胸をひと突きにされ、教室の床に倒れる。
『どうしてもどってきたの、先生……。ぼくが、待ってって、叫んだからなの?』
唐突に、頭痛が止んだ。全身から力が抜けて、意識が遠くなる。
視界がブラックアウトして倒れる寸前、血相を変えて駆け寄るバッツの姿を見た気がした。
作品名:断崖の幸福 作家名:シノ@ようやく新入社員