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シノ@ようやく新入社員
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断崖の幸福

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「二役やる人間は、負担を軽減するために殺陣に参加しない役どころを選んだから、こっちの特訓中は演技練習に回せる。後は本人次第だな。ただ、殺陣には参加しないけど舞台上には居るって設定のシーンが何個かあるんだ。取り巻きとして突っ立ってなきゃいけない、とか。そういう場面を、代理として手伝ってほしいんだよ。本番を想定しての通し稽古だから、欠席した役者が居ることを想像して演じるのと、実際に代理の役者が台詞を言ってるのとじゃ、身の入り方が違うんだ」
「ずぶの素人よりも部員が代理を務めた方が、身が入るだろ」
「演出を高めていくために、部員同士で批評したいんだよ。できるだけ多くの部員に、客観的に見てもらいたいんだ。それには、舞台上にいるより観客側から見てるのが一番」
 ジタンの言い分は確かに理に適っていた。
 殺陣指導のため事前に舞台に立って剣を振ってみたが、格式張った剣道とも、先日不良グループと一戦交えた喧嘩とも違う。
 使う武器は場面によって多種多様だ。長剣、短刀、先が90度に折れ曲がった鉄パイプ、スコップ、ピストル。武器が多様だから実戦的な戦い方が要求されるように思えるが、殺陣は演技であって、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
 大振りに振り上げる剣筋は明らかに隙だらけだし、動作は逐一無駄な動きが多い。
 舞台上の役者は、全身を大きく広げた動作で、大袈裟に思えるような演技をする。
「つまり、演技の枠からはみ出さない程度に、緊迫感のあるシーンを作れと言いたいんだな」
「そうそうっ。そういうこと!」
 嬉しそうに頷くジタンに、スコールは嘆息した。簡単に言ってくれる。 
 場面によっては「一対多数」で、それぞれが違う武器を所持した混戦シーンもあり、下手な演出をすればそれだけチープさが浮き彫りになってしまう。
「まずは一対一の比較的簡単なものから進めていくか」
「それなら物語の序盤に、主人公が悪漢と戦うシーンからだな。バッツ、出番だぜ……って何やってんだ?」
「ジャーン! こんなところに誰かが描いた殺陣の演出案があったから、やってみようかと」
 さっきから賑やか担当のバッツがやけに大人しいと思ったら、演出案の資料を読み込んでいたらしい。
 バッツは資料を適当に放ると、片手で逆立ちした。床についていない方の手でダガーを持ち、その腕が床と平行になるように肘を伸ばす。その体勢から身軽にバック転。更に前方宙返り。ダガーを横薙ぎにして敵を攻撃しながら、身体のバネを縦横無尽に使って、跳んだり跳ねたりしつつ回し蹴り。
「誰だ、こんな無茶な動きを考えたのは」
「あ〜……えーっと……」
 ジタンがぽりぽりと頬を掻きながら目を逸らす。
「格好よくね?」
 おまえか。
「部員全員で却下したんだ。皆が皆できりゃ確かに無茶苦茶カッコイイ殺陣だけど、あんな猿みたいな動き常人には真似できないから。その点、スコールは俺らに合わせてくれるから助かるよ」
 演劇部員の一人が疲れた様子でスコールの肩を叩く。
「……やけにあっさり俺みたいなのを受け入れたと思ったら……」
 今、理解した。部外者だろうと謎な人物だろうと、背に腹は替えられない、というやつだ。
 ジタンがこほん、と咳払いする。
「それじゃ気を取り直して、早速始めようぜ。バッツ、大道具チームのとこに短刀があるから、それ持ってステージに上がってくれ」
 舞台の袖側で演劇部員の男性が一人。小柄な女性を人質に取って、その首に短刀をかざす。人質に取られた女性が、今回の劇のヒロイン役だ。その二人と向かい合って、主人公役の男性が対峙した。バッツは主人公の友人役の代理として、主人公の隣で悪漢役と対峙する。
「で、オレは何をすればいいんだ?」
 ステージの上のバッツへと、ジタンが脚本を投げ渡した。
「感情こもってなくていいから、役の台詞言ってくれよ。後はむしろ何もしないで立ってること」
「うわ、すげぇ退屈な予感」
「……バッツ、前にも言ったろ……。ただ戦えばいいってものじゃない。間合いの取り方、斬り方、斬られ方。実際の喧嘩では余分な動作が多くて非効率なくらいの、見栄えを意識した立ち回りが重要なんだ。役の立ち位置に人が居れば、おまえだって演出を考えやすいだろ」
 下手に動き回られて、怪我でもされたら困る。本人を納得させた上で、しっかりと釘を刺しておかなければならなかった。
 珍しく饒舌なスコールに、今にも騒ぎ出しそうにウズウズしていたバッツの動きがぴたりと止む。
「しゃあねぇなあ。オレ基本的に動いてないと死んじゃうんだけど。スコちゃんにそこまで言われたらなあ」
「そのまま永遠にジッとしてろ」
 素気なく吐き捨てるスコールに、ジタンが意外そうな顔をした。
「やっぱスコールって、けっこーイイよな」
「……何が」
「せめてもちっと愛想が良ければなあ……。保育士とか、学校の先生とか向いてそうなのに」
 ずきり、と僅かにこめかみ辺りが痛んで、スコールは眉を寄せた。痛みは一瞬で治まったが、思いもしなかったことを言われて驚いたのが原因でないことだけは確かだ。
 眉を寄せたスコールの変化を、ジタンは予想外のことを言われて不審に思ったからだと判断したようだった。 
「何度も言うけど、無愛想が改善されればの話だぜ? リーダー気質だし、なんだかんだで困ってるヤツを放っておけないタチだし。スコールがニコニコ笑って子どもあやしてる姿って、ぜんっぜん想像できねえけど」
 からかい交じりに、ジタンが言う。
「うちに入部して、試しにそういう役やってみようぜ。新しい自分が見つかるかも」
「面白くもないのに笑えるか」
「へえ、面白ければ笑うんだ?」
 他愛もないやり取りをしているうちに、ステージでは演技が始まった。
 ジタンの表情が引き締まり、まとっている空気も重圧なものに変わる。集中して役者の演技を見据える姿に、スコールもつられてステージへと視線を移した。
「大人しくしろっ!」
 悪漢役の男性が、怒号を唸らせる。男が持つ短刀の刃が首に触れ、ヒロイン役の女性が引き攣った声で悲鳴を上げた。
「やめろっ!」
 主人公役の男性が悲痛な声で叫び、悪漢とヒロインの方へ二、三歩よろめくように近付いた。
 近付いた主人公に向けて、悪漢が短刀を振りかざす。ヒロインの女性が、目に涙を溜めて叫んだ。
「嫌――ッ!! お願い、やめて! それ以上、こないで…!!」
『……ないで!』
 頭の中で、子どもの叫び声が呼応する。
「…………ッ!」
 スコールを始めに襲ったのは、鋭利な刃物で脳が切り裂かれるような、痛烈な痛みだった。鋭角的な痛みのあと、何度も何度も、鈍器で殴打されているような頭痛が止まない。歯を食いしばるのに必死で、呼吸をする余裕すらなかった。
 足の力が抜け、膝から崩れ落ちる。
 スコールは瞬きをするのも忘れ、無意識に髪を握り締めていた。両手にあらん限りの力が入る。気狂いのように頭を掻き毟った。
 また、幼い子どもの声がする。
『こないで!』
 俯いた床に、唾液と涙に混じって赤い液体がぽたりと落ちる。
 スコールが噛みしめた唇から流れ落ちた血だ。
『大丈夫よ、スコール』