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断崖の幸福

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 壁に追い詰められた幼いスコールの首を、ナイフを持った男が掴んだ。
「困るんだよな、逃げてくれないと。ほらオレ、すぐ物なくすし。簡単に、壊しちゃうからさ」
 そう冷酷に言い、バッツはスコールの傷をなぞる指先に力を込めた。立てた爪が、肉を裂かれた過去の痛みを反芻させる。
「っ……」 
 バッツの爪が額から眉間へと、傷の上を血が滲むほど引っ掻いていく。
 スコールの目にはそれが、ナイフを振り下ろした男の姿と重複する。
 ――それから後のことを、スコールはあまり覚えていない。
 身体を反転させられ、尻を掴まれ、慣らされていない窄まりにいきなり突っ込まれた。すんなり入るわけもなく、何度も何度も、切れて流れ出た血を潤滑油代わりに抜き差しできるようになるまで、執拗に苛み続けた。
 これまで聞いたこともなかった、自分の叫び声。
 涙で歪んだ視界が、赤いフィルムと白いシーツを交互に映していく。
 まるで拷問のような時間はひどく現実離れしていて、長い間スコールの精神をむしばんでいた痛烈な記憶を掘り起こしていった。
 すべて終わって、肉体を苛む痛みから解放されたとき。手首の拘束をするりと解いたバッツが、涙で濡れたスコールの頬を撫でた。
「……オレには、好きになる余裕なんてなかったんだ」
 バッツがそっと口付ける。
 慈しむように頬に触れる手と、愛おしむように触れる唇が、半ば意識を失いかけたスコールを少しずつ現実へと引き戻していく。鎮まっていく心が途方もない安らぎに包まれて、静かに瞼を閉じた。苛んでいた赤い残像が徐々に消失していく。
 最後の残像が消えたとき、皺くちゃの白いシーツに包まれて、スコールは穏やかに意識を失った。
 部屋の扉の閉まる音が、閑散とした家に反響する。
 見たこともない表情で、スコールの頬に触れる手を、バッツがゆっくりと離していく。それを、スコールが知る術はなかった。


「スゥコォォォォール――ッ」
「……うるさい」
 涙をだばだばと滝のように流す父親に、スコールは掠れ声で苦情を言った。
 腰に響くから大声を出すな、と言うわけにもいかず、スコールは緩慢な動作でソファに身体を横たえる。座っているよりは、横になっていた方が幾分マシだった。
「いつかこうなるだろうと予感はしていたが……。まさかこんなに早く、バッツが巣立ちするとはなあ」 
「……巣立ちってのは、雛が成長して巣から飛び立つことを言うんだ。アイツは、何も成長していない」
 父親の手には、バッツが書いた置き手紙と預金通帳がある。
 置き手紙には、突然家を出る身勝手さに対する謝罪、オレはオレでなんとかやってくから心配するな、腐った食い物と変質者とリストラには気をつけろ、といった、自由な思考回路を持った人間が書いたと一目で分かる文章が、バッツらしい字体で書かれていた。
 紙の隅には、女の子が描いたようなポップ調の自画像まで添えられている。ペコちゃんみたいな顔をして、ウィンクするバッツ。
 陵辱というより暴力に近いバッツの行為に腹が立たないでもなかったが、トリップしていたのが幸か不幸か、掘られる間の痛みはあまり覚えていない。
 だから、あの後にコレを描いたかと思うと、掘られたことよりむしろこっちの方がむかついてくる。
「部屋でぶっ倒れているスコールを発見したときは、今日はお赤飯だなと感激したんだが」
「あの惨状を見てなぜ赤飯……」
 時計の針が零時を回ったころ。
 バッツの部屋で置き手紙を発見した父親に叩き起こされるまで、スコールは気を失っていた。当然、全裸のまま。
 バッツがいなくなった! もしかしなくてもおまえが原因か! と、やかましい父親を落ち着かせるためにも、身体の節々が痛いのを我慢して、汚れたシーツや服を早急に片付けなければならなかった。
 現状に悩む間もなく片付けたのでよく覚えていないが、唇の端は切れているわ、身体中ベタベタするわ、手首に絞め痕はあるわ、シーツに血の痕はあるわで、陰惨な状態だったことだけは確かだ。
「だっておまえら、今年で20歳と17歳だろ? 勢い余ってアブノーマルなプレイに興味を持っちゃうのもアリじゃないか。若いうちは火遊びでもアブノーマルでもノーパンしゃぶしゃぶでも経験しておけ! 今のうちに死ぬほど後悔しといた方が、大人になって後悔するより傷が浅くて済むぞ」
「……アンタのその無茶苦茶な言い回しの中にちょっと正論を混ぜた感じが、癪に触るんだよな……」
 中身は子どもっぽいが一応それなりに歳を重ねている父親は、バッツが置き手紙と一緒に置いていった預金通帳を開いた。
「ふむ……。手紙には、『高校は卒業するまで通うから、出世払いするはずだった学費にあててくれ』とあるな。二年前の入金を最後に一度も卸していない。家の家具一切を売り払った金は、全部手つかずのままか」
「金もないのに、どうするつもりなんだ。アイツ」
「スコールはお坊ちゃん育ちだからなあ。ビックリするぐらい賢いが、ちょっと世間知らずで、保守的すぎるきらいがある」
 ソファの背に寄りかかって、父親が言った。
 振り向きざまに伸ばした手で、横たわるスコールの頭を、前髪ごとくしゃりと撫でる。
「先人も言っていたぞ。タマゴを割らなければオムレツは作れない」
「……なんだそれは」
「晩飯食ってないから、腹が減ってるだろ。夜食でも作ろう」
 スコールの質問には答えずに、父親は冷蔵庫からタマゴのパックを取り出した。
「タマゴを割った後に、オムレツを作るか目玉焼きを作るかスクランブルエッグを作るかは、おまえ次第だけどな」
「……食ってみないと、美味いか不味いかも分からんしな」
「そういうことだ」
 スコールは腕で両目を覆った。脳裏にはもう、赤い残像はない。
 その代わり、頬を撫でるバッツの顔が焼き付いて離れなかった。淋しさと安らぎが綯い交ぜになった、複雑な表情をしていた。