断崖の幸福
笑い混じりの歓声に迎えられて、小首を傾げつつウィンクを披露するバッツ。ウェーブのかかった茶髪のウィッグを被り、童話に出てきそうな白くてフワフワしたお姫様ドレスを見事に着こなしている。舞台映えするように濃いめの化粧までしていた。
「……なんでアイツが女装してステージに立ってるんだ……」
劇に出演していないにも関わらず、ステージの中央でスポットライトを浴び、トークパフォーマンスを繰り広げている。
裏方としてフォローに回っていたスコールは、舞台袖で頭を抱えた。ジタンに肩を叩かれ宥められる。
「今日この日のために、クラウドに女装の仕方習ったんだとさ」
「演劇部員ですらないアイツになんでまた、劇が終幕した後の部の紹介を任せたんだ」
午後から開演した演劇部の劇は大盛況に終わった。部員たちの努力の賜物だろう。
だというのに突然、劇に全く出演していないバッツのオンステージ。未だ興奮冷めやらぬ状態の観客は、誰も不思議に思っていないのかもしれない。
「バッツなりの詫びと礼のつもりなんだよ。まあ、それでも普通なら許可出さないんだけど。一番の決め手は、アイツがやると面白そうだったから。今日は劇の出来不出来を競う大会じゃない。芝居は本気で演じるけど、祭りは本気で楽しまないとな」
ステージ上のバッツが、大仰な身振り手振りでパフォーマンスするたび、腰まで垂れ下がる長い茶髪を振り乱す。ワイヤレスのハンドマイクに向かって、快活な声で叫んだ。
「部員紹介の前に、今回の劇に一役買った殺陣の先生を紹介するぜ! 全員拍手で迎えてくれ!」
賑やかな歓声は、火がついたように一層盛り上がっていく。舞台袖まで聞こえる拍手の渦。
「スコール・レオンハート!」
当日になってからのお楽しみ、とはこういうことか。
今度こそ頭痛に悩まされるスコールは、腹の底から笑いながら背後に回ったジタンに背中を蹴飛ばされた。何度かたたらを踏んで、ステージ上へと躍り出る。
すかさずパフォーマーの顔をしたバッツが駆け寄って、スコールの腕に縋り付いた。
「ムカつくぐらいの超イケメンだろ? ハンパねぇのは顔だけじゃない。バット持たせりゃホームラン。バスケさせりゃポイントゲッター。竹刀持たせりゃ天下統一。巷でさんざっぱら怖れられてるコイツだけど、事実無根のウワサに惑わされてるテメーらは人間としてまだまだ浅い! 二次元崇拝引き籠もり美少女オタク三〇代男性の恋愛経験並に浅すぎるっ! コイツの無表情で暴力的なツッコミには、愛がぎぃーっしり詰まってるんだぜ。そんでもって、好きなものはカードゲームとポンデライオンと――オ・レ」
「……なっ!?」
あまりの現状に思考がついていかない。
女装したバッツに頬にキスされ、スコールの頬は次第に紅潮していく。観客から悲鳴に近い歓声があがる。若干男女問わず、悲鳴も混じっている。
「オレの嫁いじめたら、問答無用で魔法剣みだれうちしちゃうからな?」
「――んの前におまえが弾け飛べ…!!」
繰り出した拳は、羞恥心が邪魔をしていつものキレがない。始終楽しそうに笑っているバッツに難なく避けられ、さらには腕を掴まれてダンスするように回転し、舞台袖へと放り投げるように戻された。
精神力を根こそぎ奪われ、力なく崩れ落ちる。舞台裏の床に座り込んだ。
「お疲れ」
ジタンに肩を叩かれ労われたが、立ち上がる気力すら残っていない。
もう無茶苦茶だ。今更ながら、女装をしたのはバッツなりの配慮なのではないか、という気がしてきた。完全にお祭り騒ぎの冗談としか取られていない。だがそう思ったのは一瞬で、実際にそこまで本人が考えて動いたとは思えなかった。たんに、女装したかっただけなんだろう。
「ラスト大取りで、おれがあんな風に紹介されるのか……。見てるだけなら面白いけど、自分がやられんのは嫌だな」
類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。不満を漏らすジタンは実に身勝手極まりない。
バッツがジタンの名前を叫んだ瞬間、スコールは最後の気力を振り絞って、その背中を全力で蹴飛ばした。
大小問わず種々様々な騒動のあった、新歓祭を終えた日の夕方。
レオンハート家のキッチンに立って、バッツは晩飯作りに取りかかった。ボールにタマゴを割り入れ、黄身と白身が分離しないよう、泡立て器で完全に解きほぐす。
「珍しいよな。スコールから晩飯のリクエストなんて」
「……急に食いたくなったんだ」
野菜を刻み、挽肉を炒める音。キッチンから漂ってくる芳ばしいバターの匂い。
できたぞ、と出された料理を口にしたスコールは、些か恨みがましい目でバッツを見た。
「俺はオムレツが食いたいと言ったんだが」
「別にいいだろ、オムライスでも。ご飯入ってた方が腹ふくれるじゃんか」
望んでいたものとは違ったが、バッツが作ったオムライスは絶品だった。
何をどうやったら、こんなにフワフワふっくらタマゴになるのか。肉と野菜が絶妙なバランスでバターライスと絡んでいる。見た目も味もレストランのオムライスと遜色がない。
文句の付け所のない出来に、不満の気持ちは消えていった。諦めて、溜息を吐く。
「バッツが来てからというもの、思い通りになった試しがないな」
「それ、お互い様な」
食卓で向かい合うスコールの鼻っ面へと、バッツは指差すようにスプーンの先を向けた。
「人がせっかくスコールのためを思って、新歓が終わるまで帰るの我慢してたってのに。ジタンが連れてきちゃうしさー」
「そこが腑に落ちないな。なんでまた、そんな」
突然、手首を掴まれた。持っていたスプーンがテーブルに落ちる。
バッツに手を引かれたスコールは、テーブルに身を乗り出すような体勢になった。
息のかかる距離まで間近に迫ったバッツは、僅かに目を伏せ、スコールの下唇の端をぺろりと舐める。伏せた目をさらに落として、掴んだ方のスコールの手首も同じように舐めた。
「……スコの傷が治るまでは、こういうコトすんのやめようかなって」
「また、出来もしないことを」
傷なんて、治ったそばから生まれていく。
無傷のまま人を愛せるなら、こんなにも幸福を感じられやしないのだ。
作品名:断崖の幸福 作家名:シノ@ようやく新入社員