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断崖の幸福

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■おかわり■



『――Alone, happiness can never be experienced. 』
 まるで諭すように飛び込んできた言葉に、スコールは苦笑した。


 バッツがレオンハート家の居候に戻ってから、初めての休日。
 晴れて結ばれたんだし、今度の日曜は初デートだ! と目を輝かせるバッツに、半ば強引に連行されたスコールは、一体どんな場所へ連れて行かれるのかと内心ハラハラドキドキだった。
 無論、デートに胸をときめかせる乙女男子的ドキドキではない。破天荒なバッツに一体何をやらされるのか、変な騒動になったりしないか。手に負えない子どもを抱えるちょっと過保護な親的ドキドキだ。
 しかしいざ当日になってみると、スコールの不安は杞憂に終わった。初デートは実に普通……というか、やることはいつもと大して変わらなかった。
 二人で店を回って、食事して、ゲーセンに行って。
 何か消耗品がなくなれば学校帰りに店に寄っているし、食事なら毎日一緒だ。テレビゲームなら家で散々付き合わされている。
 今はデートコースのラスト、大型量販店のレンタルビデオコーナーにいる。
「あいつ、どこに行ったんだ。演劇のビデオを借りに来たんじゃなかったのか……」
 レンタルコーナーの一角にある演劇関係のDVDを前にしているのは、スコールだけだ。
 どうやら新歓祭のステージで女装して演劇部紹介をしたのがよほど楽しかったらしく、バッツは演劇部に入部を決めた。芝居は上手いが演劇に関してほぼ無知なバッツは、部長のジタンに入部早々、課題を出されたそうだ。プロの舞台観て勉強してこい、と。
 参考になりそうな課題用DVD探しを手伝うのは、一向に構わない。しかしいざ店で選ぶ段になると、実際に探しているのはスコールだけで、当の本人がどこにもいない。
「スコール、こっちこっち」
 不自然にニヤけた笑いでバッツに手招きされ、スコールは渋い顔をする。バッツが誘っているのは、18歳未満立ち入り禁止のアダルトビデオコーナーだった。
「バッツ……俺の年齢を言ってみろ」
「ハッ! 悪い、スコール。オレとしたことが、最愛の男の年齢をド忘れしちまうなんて」
 春風の吹きそうな爽やかな笑顔で、両肩をぽん、と叩かれる。
「22歳だっけ、それとも23歳だっけ」
「……もうなんでもいい」
 二十歳に到底見えない容貌の男に腕を引かれ、いかがわしいパッケージの並ぶコーナーに足を踏み入れる。店員に止められるなら、どう考えてもバッツの方だろう。スコールは反論する気も起きなかった。
「ジャーン! どうよ」
「どうよ、と言われてもな」
 スコールの淡泊な反応が、バッツには期待はずれだったようだ。
「おまえは健康優良男子失格だ。それでも成人前の男か。AV前にしたら舞い上がるだろ! 妄想を膨らませつつガン見するだろ…!」
「おまえこそどこの中学生だ」
 静かな店内でも周囲に聞こえないよう、スコールは殊更に声を落として言った。
「そんなに観たいなら、無修正のビデオがあ」
 ある、と言い終わる前に、両肩を鷲づかみにされた。珍しく真剣な目をしたバッツの顔が、間近に迫る。
「なんでもっと早くにそれを言わないんだ」
「……そんなに観たがるとは思わなかったんだ」
 父親の机の引き出しに入っているから勝手に観ていい、と言うと、バッツは「親父さんグッジョブ」と興奮気味に拳を握った。
「なんだよ、だからスコールの部屋にはエロ本がなかったんだな。オレはてっきり、顔に比例してそっちの方も老けてきてんのかと」
「んなわけあるか。俺にも人並みに性欲はある」
 性欲、と言ったのがそんなに意外だったのか、バッツが目を瞬かせる。
「スコールから聞くと新鮮だな。じゃあ今日のオカズをこのなかで選ぶとしたら、どのコ?」
 AVの棚をざっと見渡して、その中の一つを指差したスコールに、またもバッツが意外だと言わんばかりの顔をする。
「黒髪ロングの清楚系美人か、オーソドックスな。オレ的にはもうちっと年上で、巨乳の方が好みだな」
「それならこれと、これか」
 『高校教師』、続いて『美人OL』と書かれたパッケージを指差す。
「さすがスコール先生、オレの好みドストライク。なんで分かったんだ?」
「どっかのOLのヒモにでもなっていそうだからな、おまえは」
「あ〜……アハ」
 思い当たる節があったのか、バッツが誤魔化すように笑う。呆れ交じりのスコールの視線から顔を背けて、「そうだ思い出した!」とわざとらしく手を叩いた。
「見逃したアニメの最終回も借りないとな。スコールも観るだろ? セフィロス・フロンティア」
 なんか知ってる名前でてきた。
「歌って踊って戦えるヒロイン二人に応援されつつ、クラウドに似た主人公がイカに乗って、宇宙から飛来する大いなる厄災と戦うんだ。愛と憎、絆の大切さを教えてくれる感動のラストシーン」
 監修・セフィロス。
 主人公がイカに乗って戦うのに最後感動できるなら、ある意味観てみたい気もする。
「なんでもいいからさっさと借りてこい。帰るぞ」
 既に空は夕闇から薄ぼんやりとした藍色に変わっている。完全に暗くなるのは時間の問題だった。
 今日の晩飯は何にしようか考え始めたスコールの前を、レンタル店備え付けの小さな籠を携えたバッツが機嫌良く横切っていく。演劇とアニメのDVDの入った籠の中には、AVもあった。
 ……借りるのか。


「最初はグー。じゃんけん」
 ぽん、と出されたのはチョキ。グーの形をしたスコールの手に、バッツは力なく項垂れた。
「決まりだな。始めに演劇、次にAV」
「スコ、その選択は男として最大の過ちだ。大罪だ。オレは今日からおまえを男とは認めないからな」
「おまえが真面目に課題をこなさないと、後でジタンに小言を言われるのは俺なんだ。男であることを全否定される謂われはない」
 なんのためにレンタルショップまで足を運んだと思ってるのか……。
 少し遅い夕食を終えた後、男二人のビデオ鑑賞会となったのはいいが、課題よりも先にAVが観たいとバッツが駄々を捏ねたのだ。
 なんで課題に関係のない俺が勝ったら演劇で、バッツが勝てばAVなのか。
 それなら文句ナシのじゃんけん一発勝負で決めようぜ、と声高に意気込んだバッツには、説教する気も失せてしまった。
「文句ナシの一発勝負なんだろ。……観終わったら、後で好きなだけ付き合ってやるから」
 慣れないことを言うのは、照れくさい。
 バッツの頭を撫でるように軽く叩いて、ぼそりと呟くように言ったスコールは、気恥ずかしさから逃れるようにテレビへと足を向けた。テレビ台のデッキに借りたDVDをセットして、ソファに座りなおす。
 リモコンの再生ボタンを押したところで、隣に座ったバッツに、その手を掴まれた。
「……バッツ?」
 掴まれた手がバッツの方へと強引に引き寄せられ、もう一方の手で肩を押されて、身体が傾いていく。ソファに押し倒され、覆い被さったバッツに耳を噛まれた。
「……!! バッツ、やめろっ」
「スコールから煽っといて、やめろはねーよな。さっきからスゲー我慢してたってのに、ぜんっぜん気付かないし」
「我慢って、AVが観たいんじゃなかったのか」