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シノ@ようやく新入社員
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断崖の幸福

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「うん。だから、AV観ながらやろうかと思ってたんだけど」
 やっぱ予定ヘンコー。
 濡れた舌を耳に何度も差し込まれ、背筋から腰の奥、手足の指先へと、むず痒い感覚がじわじわと浸食していく。
 少しでも堪えようと、スコールは瞼を閉じた。バッツの舌から逃れようと首を逸らせば、舌が首筋を辿ってゆっくりと鎖骨に下りていく。鎖骨に痛いくらい歯を立てられて、引き攣った呻き声が上がるのをなんとか喉の奥で堪えた。
「スコールって、絶対に声出さないよな」
 バッツが居候に戻ってから、この手の行為を全くしなかったわけではない。何度か互いの屹立の擦り合いをしたが、意識があるうちは当然堪えているので喘いだことはなかった。
「男が喘いでも、萎えるだけだろ」
「オレは聞きたい。だから今日は、スコが喘ぐまでするってコトで」
「喘ぐか。馬鹿を言う、な……」
 顎を掴まれた。唇が押し当てられ、僅かに開いた隙間から熱い舌が潜り込んでくる。自身の舌にねっとりと絡みつくそれに、夢中で舌を擦りつけた。捕らえられ、強く吸い上げられて、深くなる口付けに吐息ごと奪い取られていく。
「……ッ」
 熱い吐息を漏らし、頭の芯が痺れていく感覚に身を委ねている間に、いつまにかシャツを手繰り上げられていた。胸を這う手に、胸の突起を弄られる。
「胸弄られんの、好きだよな。……こうやって」
「つ……ッ!」
 歯を立てるどころの痛みじゃない。噛み切られそうなほどに乳首を噛まれて、痛みに呻く声が漏れる。きつく吸い上げ、痛いほどに噛み、血が滲むような刺激に背が大きく仰け反ると、ざらりとした舌でゆっくりと舐め上げられる。
「痛くした後にすっごい優しくすると、反応が違う」
「……んな、こと……」
「そうでもないけど」
 バッツの手が、スコールの屹立をスラックスの上から撫でさする。既に熱を持ち始めたそれに、手の動きが形を確かめるように触れて、腰の奥が痺れていく。
 唾液に濡れた唇ともう一方の手で、緩急つけて両胸を責められ、鋭い快感が全身を走り抜ける。びく、と身体が震え、身を捩ると、バッツの手がスラックスに潜り込んで、直に屹立を擦り立てられた。先端を擦り上げられる刺激に息がますます上がり、声を漏らしそうになる。
「んっ……は……」
 咄嗟に口元を覆った。親指の付け根を噛んで、声が漏れるのを堪える。
「この、強情」
 不機嫌に口を引き攣らせるバッツに、なんとでも言え、と言わんばかりの目を向けた。荒荒しくシャツとスラックスを脱がされ、今度こそ激しく屹立を扱き上げられるたび、腰を痺れさせる熱に身悶えしそうになる。
 そう簡単に陥落されてたまるか。
 スコールは鬱血しそうな痛みにも構わず、親指を噛みしめた。意地になって堪えてはいるものの、限界に近い。くぐもった声を何度も漏らしながら、瞼をぎゅっと閉じて必死に耐える。
 バッツが息遣いで笑った。耳元に、熱い吐息がかかる。
「ヤバイって、それ。スコールが耐えてんの、けっこークる」 
 吐息の混じる声で囁かれて、腰の奥にまた、ずくり、と重い快感が走った。
「んっ……ぁ」
 喉の奥でまたくぐもった声が漏れ、噛みしめる口元が緩んだ瞬間。緩やかに愛撫していた指で屹立の先端に爪を立てられ、スコールは胸を弾ませた。
「あぁっ……」
 艶っぽい掠れ声が口をついて出て、吐息に溶けていく。羞恥に、カッと頬が熱くなっていった。自分が出したとは思えない、色の混じる上擦った声。内心動揺して目を開いた先に、バッツの欲望を抑えた顔があった。口元を覆う手を強引に外されて、深く口付けられる。
 突然、後頭部をがっしと掴まれた。なんなんだ、と思う暇もなく、背中に腕が回って抱きしめられる。
 耳元で、バッツが切羽詰まった声を出した。
「あ〜〜っ、ちっくしょ! スコのせいで、今日とまんないだろっ」
「……喘いだらやめるんじゃなかったのか」
「おまえが……。嫌だって、泣いて叫んでも、今日はやめない」
 そう言って自嘲気味に笑うバッツの頬に、スコールは手を伸ばした。欲望で濡れた眸が、視線と視線が交わる。
「本気で……俺が嫌がるとでも、思ってるのか」
「らしくないとは、思ってるけど。後悔することくらい、オレにだってあるさ」
 全く、手のかかる。目を逸らしたバッツに、スコールは溜息を吐いた。
「だからおまえは、馬鹿なんだ」
 一呼吸置き、スコールは告げた。
「俺は、そこまでお人好しじゃない。それが……惚れてるヤツ、だろうと、嫌なら突き飛ばしてる」
 慣れない気恥ずかしさに、段々と声がたどたどしく、小さくなっていく。それでも、最後まで聞こえる声で言ったスコールに、バッツは嬉しそうに笑い、啄むようなキスをした。
「好きだよ、スコール」
「知ってる」
「スコからも聞きたいんだけど」
「……もう十分だろ」
 視線を逸らして、口を引き結ぶ。あんなに気恥ずかしい思いを、そう何度もしてたまるか。
 スコールの耳元へと唇を寄せたバッツは、普段聞き慣れない低く落とした声で、吐息交じりに囁いた。
「それなら、次はスコールから好きって言葉聞くまで、やめねーよ?」
「ッ……!!」
 背筋にぞくりと響く声が、一向に鎮まる様子のない身体をますます疼かせる。
 声や言葉の一つひとつが、こんなに威力のあるものだなんて、スコールは思いもしなかった。


 再生ボタンを押したまま放置していたテレビは、課題用に借りた海外の演劇を流し続けている。たしか、何年か前に英語翻訳で上演したロシアの古い戯曲の劇を撮影したものだ。役者が流暢な英語を話すのと同時に、日本語の字幕も流れる。
 BGM代わりの映像を、今まで気にも留めていなかったのに。
 ふとした瞬間に言われた、芝居がかった男の台詞が耳に残って、何度も脳内で反響していく。
『――Alone, happiness can never be experienced. 』
 まるで諭すように飛び込んできた言葉に、スコールは苦笑した。
「……なあ。もしかして今、笑った?」
「さあな」
「うわ、余裕綽々。ちょっと本気出てきた。覚悟しとけよ」
 固定された下肢にバッツの重みを感じ、唇を噛みしめる。痛みと快感が綯い交ぜになっていく感覚。
 快楽の波に思考を奪われる寸前、また男の台詞が反芻された。 

『――幸福とは、一人では決して経験できるものではない』
 そんなの、言われるまでもない。