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シノ@ようやく新入社員
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断崖の幸福

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 端から見ても、スコールの父とバッツは、実に気が合う。無邪気で子どもっぽく、言動も気取らず。誰に対しても等身大で接する。本人がいずれ返済すると言ってはいるものの、「学費出してやるから高校に行け」と自分から言い出した父は、よほどバッツが気に入ったのだろう。父の性格から考えて、友人の息子だからというより、そっちの要因の方が大きいように思える。
 だからといって、同じ家に住んでいるから仲良くしよう、などという発想にはならない。 
 これ以上相手してられるかと、改めて課題に取りかかろうとしたスコールは、背後から聞こえてきた鼾にゆっくりと振り向いた。
「…………くかー……」
「………………」
「ぐえっ」
 背中に強烈な蹴りを喰らい、机に額を打ち付けたバッツが涙目で呻く。  
「だから、人の部屋で寝るな!」
「まじスミマセン」
 埒があかない。
 スコールは深く溜息を吐いた。取りかかっていた課題とペンをテーブルの上に放り投げ、目を瞬かせるバッツの向かいに座る。
 いつまでもここで寝られては敵わない。さっさと勉強を教えて、部屋から出て行ってもらうのが最良だ。
「スコちゃんさすが! 教えてくれんの!?」
「終わったらこの部屋から出て行くと約束するならな。得意分野はなんだ?」
「家庭科と体育!」
「……うちは私立だ……」
 自信満々のバッツに、がっくりと項垂れそうになる。
 それ以前に、公立高校にも受験科目に家庭科と体育はない。
 ひとまず目の前の参考書から取りかかるも、次第に不安要素は増えていった。数学の公式も、英語の構文も、古文の助動詞もろくに頭に入っていない。編入試験は3月。残された期間は三ヶ月だ。
「今から志望校を変更する気は」
「しない。落ちたら家庭教師続行でよろしく!」
 冗談じゃない。
 編入試験があるのは11月と3月だ。つまり、3月に落ちたら11月まで続行。ほぼ一年間、家庭教師をする羽目になる。
「……血反吐はいてもらうからな……」
 迫り来る頭痛に頭を抱えながら、スコールが絞り出すように言った。
 バッツは驚いたように、目を丸くする。
「なあ、スコールって」
「? なんだ」
 力なく項垂れるスコールが顔を上げると、珍しく真面目な表情のバッツと目があう。
 唐突な空気の変化に、しばし沈黙が走った。やがてそろっと、バッツがスコールの顔に手を伸ばす。
「色んなもん抱えてるよな」
「…………」
 スコールは身を硬くする。
 普段なら確実に避けるか、相手の手を払い落としていた。けれど、なぞるように傷に触れるバッツの動作はやけに優しくて、表情が驚くほどに淋しそうで、どこか痛痛しい。間近で見ているスコールの方が、息苦しさを覚えるほどに。
 なんで、おまえがそんな顔をするんだ。
 スコールは、幼少時に傷を受けた時のことを断片的にしか覚えていない。記憶をパズルのように組み合わせることで自分が分かるのは、通っていた保育所に強盗が侵入し、幼いスコールが人質として囚われたこと。事件のただ中で顔の傷を負ったということ。そして、当時慕っていた保育士の先生を一人、失ったということ。
 病室で目を覚ましたスコールは、事件の大半の記憶を失っていたので、さほど悲観も動揺もしなかったが。鮮烈な記憶の代償として、人に対するどうしようもない恐怖心が芽生えていた。
「……スコール」
 バッツの指先が鼻筋を辿り、手のひらで頬を覆われる。
 眉間の傷が疼くように痛い。だがそれよりも、頬に触れる子どもみたいな温かい手のひらを心地よく思っている自分に、スコールは戸惑いを隠せなかった。
 振り払ってしまえと脳が叫ぶのに、身体はピクリとも動かない。
 呆然と硬直するスコールがされるがままになっていると、バッツは唐突にへらりと笑い、表情を崩した。
 頬を覆った手で、ふに、と抓られる。
「うは、すげー柔肌。コレ、ちょっと病み付きになりそう」
 ふに、ふに、みよーん。頬っぺたを思う存分抓られ、スコールはわなわなと拳を振り上げた。
「ふ・ざ・け・る・な!!」
「っぶふッ! ……ズミマゼン」
 渾身の右ストレートを叩き込まれ、バッツは床にノックダウンする。
 僅かな羞恥を誤魔化したくて、スコールは参考書の問題を苛立たしく叩いた。
 たかが傷を触られたくらいで。動揺する俺も、どうかしている。バッツに呑まれた自分が腹立たしい。
「ふざけてないで、目の前の問題だけに集中しろ。大体、なんだってわざわざ高校中退してまで、浮浪者なんか」
「オレ、天涯孤独なんだ」
 何でもないことのように、バッツがへらりと笑った。
「二年前……高2の春に、親父が死んで。子どもの頃に母親も死んでたから、父一人子一人で、他に親類も居なかった。ジリ貧生活してたから保険にも入ってなくて、親父が死んでも保険金とか入らなくてさ。家賃払えなくて、住む家も追い出されて。まだ未成年だから施設に入るって手も、生活保護受けながら生活してくって手もあったけど。全部なくなって鞄一つになったとき、なんかさ――すげー身軽になって。自由になった気がしたんだ」
 自由奔放に。風の向くまま、気の赴くままに。誰に対しても臆面もなく接し、何物にも縛られないような生き方。それが、二年間の放浪生活をした結果生み出された、バッツという人間なのだろう。
「だからって、なんでまた寒空の下でホームレスと鍋パーティなんかしてたんだ。全く知らない相手を、よく信用できる。身寄りがないなら、最悪売り飛ばされる危険性だってあった。相手がヤクザだったらやりかねない」 
「スコールの親父さんと出逢った日な。誕生日だったんだ」
 伏せた双眸に淋しさを滲ませながらも、バッツは穏やかに笑っている。
「オレはその日一緒に飯が食えるなら、相手がヤクザでも犯罪者でもいいと思ってた」
 そう続けたバッツに、スコールは複雑な顔をして「俺には理解できない」と答えた。
 本当は、自分の生まれた日くらい誰かに自分の存在を知っていて欲しいと願うバッツの気持ちは、少しだけ理解できる。けれどそれは、スコールにとって遠い世界の話のように思えてならなかった。
「オレ、最高にツイてるだろ? おまえが誕生日プレゼントなんだぜ」 
「……勝手なことを」
 バッツの言葉が、深く吸い込んだ息のように胸中へと流れ込み、取り込んだ酸素のように体内の深奥へと浸透していく。
 心臓の鼓動が、酸素を取り込んだ血流をどくどくと駆けめぐらせ、スコールの心根を凍てつかせる氷塊のような恐怖心を、僅かに溶かしていった。