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断崖の幸福

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 握手を交わすジタンとスコールの肩に腕を回して、バッツが嬉しそうに言った。それに、ジタンが満面の笑みで同意する。
「今年の体育祭が楽しみだな!」
 こいつら、似たもの同士か。
 スコールの意に反して、また一人、賑やかな人間が増えた。喜べない自分が情けなく、もどかしく。どうしようもない焦燥感が襲ってくる。
 そんな感情、バッツには到底分かるはずもないのだろう。


 授業終わりが体育だったので、スコールは体操着のままバッツに連行され、運動部をまわることになった。
 スコールは今日ほど、自分に下されたこの学校での評価を不本意に思ったことはない。
 見学に行ったはいいが、どの部活も大人しく見るだけ、というわけには行かなかった。バスケットボール部に行けばスリーポイントシュートの勝負を挑まれ、サッカー部に行けばPK勝負を挑まれ、野球部に行けばいきなりバッターボックスに立たされ「おれのボールを打ってみろ!」とピッチャーが全力の投球を繰り出してくる。
 なんで俺が、とごねれば、男の沽券だのプライドだの積年の恨みだのと、訳の分からない理由ばかり並べ立てられる。
 もはや理由を聞くのも面倒になり、スコールはピッチャーの速球を見切って全力でバットを振った。
 かきーん。
「おおー。お見事」
「………………」
 グラウンドは高いネットで囲まれていて、滅多にボールが越えることはないのだが。ネットを軽々越える文句なしのホームランに、野球部一同は口を閉ざして項垂れた。
「うーん……。行ったとこ行ったとこ、全力で叩きのめしてんな」
「次行くぞ」
 興味の失せた声で素気なくバットを放り投げたスコールに、バッツは困惑顔で頭を掻いた。
「スコール、オレら道場破りしにきたんじゃないぜ?」
「知るか。どこに行っても謂われのない勝負を挑まれる俺の気持ちにもなってみろ」
「校内でも一・二を争う色男の名は伊達じゃねぇのな……。オレからすれば、校内一無愛想なスコールがなんでこんなにモテてんのか、すげー疑問なんだけど」
「そんなの俺が聞きたい」
 バッツですら半ば諦め心地で、本日最後の見学をするべく陸上部へ行くと、またしてもスコールは短距離走と長距離走の勝負を挑まれた。
「……ま、参りました……」
 トラックを何十周もして完全にバテてしまった男子陸上部員が、地面に倒れて虫の息で降参した。プルプルさせながら白旗を振っていた手が、ぱたりと地に沈む。
 グラウンドに、部活終了を告げるチャイムが鳴り響いた。夕暮れの空を仰ぎ、スコールが小さく息を吐く。
「ふぅ、任務完了だ」
「……スコ、容赦ねぇな」
「何を言われようと、約束は守った」
 実に誇らしげに。スコールが腕組みをして、珍しく目を輝かせた。
「守っちゃいるけどよ……」
 グラウンドに倒れる死屍累々の陸上部員を眺めて、バッツは口を引き攣らせる。
 部活見学に付き合うという約束は守っているが、色々な部活を回ってスコールの友だちを増やそうとしたバッツの作戦は、見事に打ち砕かれている。
「ちょっと、片付けるの手伝ってよ! 情けないなあ!」
 陸上部の女子部員が男子部員に怒鳴り散らすも、一向に起きる気配はない。グラウンドの土をならす時に使うトンボというアルファベットのTの字の道具や、ハードルや、高跳びに使っていたポールなど、女子部員だけで片付けなければ予定していた帰省の時間に間に合いそうになかった。
「……俺が持とう。早く片付けたいんだろう」
「え、ちょっと」
 スコールは重そうに持つ女子部員の手から、ハードルを全て取り上げた。何本も肩に引っかけるようにして持ち、無言で大量のハードルを運んでいく。
「……ありがとう」
 ポールとトンボを持って、足取り軽くスコールの後を追う女子部員の後ろ姿を、バッツは感心して見送った。
「一応、叩きのめした責任は感じてんのな」
「それだけじゃないと思うよ。スコールくん、優しいじゃない」
「へ?」
 バッツは意外な言葉に目を丸くする。
 スコールが優しいのはバッツも知っているが、他人と関わろうとしないスコールの性格を、校内の人間が知っているとは思わなかったのだ。
「優しいよ」
 スターティングブロックと呼ばれる、短距離走のスタート前に足を置くブロックを片付けながら、女子部員の一人が羨ましそうに言った。目線はグラウンドを離れるスコールと、その後ろをついて歩く女子部員の背中を追っている。
「スコールくん、女の子の本気の手紙は無碍にしないんだよ。必ず目を通して、告白に呼び出した女の子よりも早くきて、ずっと待っててくれるの。日直の時も、パートナーの女の子よりも必ず多く仕事をして、ノートとか資料とか重い荷物は必ず運んでくれる。彼は誰に対してもあんな感じだし、誰とも付き合ったりしないって皆分かってるけど、諦められない子、多いんだよね。素っ気ないから分かりづらいけど、そういう優しさって、女の子は鋭いから」
「……スコのやつ、絶対分かっててやってないだろ……。なんつー罪作りな」
 端整な容姿と、さり気ない優しさと、色恋に関心を持たない年齢不相応な崩れないスタンス。
 今まで何人の女の子を泣かせたか分からない男の所業に、バッツは眉根を寄せる。今まで挑んできた果敢な運動部部員の心情を少しだけ理解して、些か同情を感じずにはいられなかった。