写真は誰のために
「はい! でもなぜ急に白紙になったのでしょう?」
「わからん。だがもうそれはいいんじゃないか」
「そうですね。折木さんがそうおっしゃるのであれば……それじゃ折木さん、帰りましょうか」
「おい、里志たちは……」
「お二人には、今日は部活をお休みすると伝えてあります」
「さいですか」
あくる日の放課後、再び奉太郎は入須の教室に足を運んだ。
そこには入須が一人で机に座っていた。
「やあ、折木君。意外と来るのが早かったね」
「教えてください。先輩はなぜこんなことを?」
「私が許嫁の件でえるから相談を受けていたのは、君も知っていると思う。だがいいアイデアが浮かばなくてね、わたしもある人に相談したのだよ」
「ある人?」
「この学校の卒業生だ。わたしもいつもお世話になっている」
「じゃあその人が……」
「ああ、その後のことはすべてあの人のシナリオどおり。既成事実と人脈だそうだ」
「わかりました」
奉太郎は部室へと向かっていった。
("あの人"か。謎が増えてしまったな)
(ああ、そういえばどうして俺と千反田が待ち合わせているのがわかったのかも聞き忘れた)
(まあいい。これ以上はエネルギーの無駄だ)
(……待てよ。そう言えば、俺もあの日出かけることを姉貴に話した)
(それが入須に伝わって、入須が電話で千反田の予定を確認した)
(ということは"あの人"とは姉貴?)
奉太郎は首を振った。
(考え過ぎだ。さすがの姉貴も、千反田家を動かすほどの人脈があるとは思えん)
部室についた奉太郎は、中にいたえるたち三人に説明をし、四人はえるが自由になったことを喜びあった。
数日後の放課後、奉太郎とえるは買い物のため商店街を歩いていた。
そこに左ハンドルの外車が近づいてきて、窓から男がえるに声をかけてきた。
「すみません。神山高校へはどう行けばいいですか?」
「はい。神山高校は…………あっ!」
「ん? 僕の顔に何かついてるかい?」
「いえ、あの……」
「何だ。僕の顔を知っているのか。それじゃ話が早い。千反田えるさん、僕が一之宮隆弘だ。そっちの彼は折木奉太郎君かな?」
「はい……」
「君に話したいことがあってここまで来たんだが、ここで会えてよかったよ」
「お話しとは何でしょうか」
「君たちの学校内に出回ったあの写真のことを冬実さんに聞いたとき、君たち二人がお互い好きあっていると言われた」
「そ、それは……」
「そこで僕は考えた。面識もない僕が許嫁として君たちの間に割り込むのはアンフェアじゃないかとね」
一之宮の話し方は穏やかながら、人を話に引き込む迫力がある。
「だから僕は一旦、許嫁という関係を白紙に戻させてもらった。もっとも父と君のお父さんを説得するのは、僕だけじゃ容易じゃなかったけどね」
「そんなことがあったのですか」
「今日は改めて、君と結婚を前提としたお付き合いをしたいということを伝えに来た。折木君には悪いが、これからは僕もアプローチさせてもらうよ」
一之宮は車を出そうとして、思い出したように話しかけた。
「そうそう、君たちは僕の家に圧力をかけられるようだけど、これからはもうそんなことは必要ないからね。それじゃ!」
「あっ、待ってください!」
一之宮は車のエンジン音ともに走り去っていった。
「千反田、今のが"元"許嫁か?」
「あ、はい」
「ふん、キザなやつだ」
「折木さん、負けないでくださいね!」
「あ、ああ……?」
奉太郎は意味もわからず返事をする。
二人は秋晴れの中を歩いていくのであった。