最近、妻が冷たいの3
「だってお前、まにうけすぎだろ」
そういいながらショートケーキの苺をシャクシャクと噛む。なかなかそのケーキも美味しそうだ。
「普通に考えてもみろよ、あの高尾だぞ?お前は知らないと思うけどよ、あいつ黒子とかと会うたび結婚生活がどんだけ楽しいかを語り続けてるらしいぞ」
「なっ!?」
「しかも9割お前のことな」
まさかそんなことされてるとは思ってなくて、緑間は口に運びかけていた小豆クリームを皿に落とした。開きっぱなしの口は閉じないまま。顔が熱くなる。
火神は、カフェモカを半分ほど飲んで新しいケーキに手をつける。今度はアップルパイのようだ。
「そ、それは初耳なのだよ…」
「嘘だろ!?あいつの周りで知らないのとかお前だけだわ…」
「だが、それだけでは確信がないというか…その、幸せすぎて怖いのだよ」
「?」
「幸せには、いずれ終わりが訪れるだろう?…それが嫌なのだよ」
耳のほてりも冷めぬまま、今自分が恐れている不安を吐露した。
火神はしばし黙々とパイ生地を崩して口に運ぶという作業をしていたが、そりゃな、と言うとパイから緑間へと視線を移した。
「幸せに終わりがあるっていう見方もあるけどよ。俺はそうは思わないね」
そんなこと、と開こうとした口を、さくさくとしたパイと甘い林檎でふさがれる。…これもまた美味しい。
ずいっとフォークにのせられたアップルパイで口をふさがれ、甘さに消えた反論に火神はしてやったりと笑うと、まぁ話をきけってと言って緑間の抹茶ケーキを一掬い取っていく。勝手に食わせて勝手に取っていくとは、なんとも火神らしい交換の仕方だ。
「生き物は、生まれたらいずれ死ぬだろ?でもそこが終わりかって言ったら、それは違うと思うんだ。」
火神は続ける。
「体は違えど、またいずれ生をこの世に受ける。死っていうのは、それまでの休息時間だと思うんだ。」
「…休息、時間?」
「そ。んでさ、幸せもそんな風だと思うんだよ。」
そういって一瞬窓の外に視線を向けた火神を追って、自分も外を見る。
入って、これまでずっとここに居たのに気付かなかった。
カフェの窓側は小さな湖とそれを囲うように作られた遊歩道となっていて、家族やカップル、友人達が談笑しながらそこを歩いていた。みな一様に楽しそうに、幸せそうに。
(…そういえば、結婚してから高尾と一緒にどこかへ遠出していなかったな。今度誘ってみようか。)
久しく彼の笑った顔を見ていないことを思い出して、胸がすこし痛んだ。そして少し感傷的な気持ちになる。結婚したばかりのときは、笑顔しか見てなかったのに、と。
緑間、と火神に言われてハッとして視線を戻すと、真っ直ぐに緑間を見る火神がいた。
「お前が言う、幸せの終わりってなんだ?」
「…え、」
「なんで終わりがあるって前提なんだよ」
「そ、れは…」
あれ?と緑間は首をひねった。なんでだっただろうか。
うんうんと唸っていると、火神はふわりと笑った。
「どうせ高尾に愛想つかされて終了だとか思ってたんだろ?」
「…」
「無言は肯定な。お前は学生時代なんていってたよ」
そういわれて、思いついたのは「…人事を尽くせ?」だった。
火神は満足そうに頷くと、いいか、とフォークを立てる。お行儀悪いのだよ、とは言わなかった。
「幸せも人生とおんなじだ。終わりはしない。お前の中で言う幸せが、たとえ終わったのだとしても、それは次の幸せに向かうための準備期間だと思え」
「準備…?」
「そうだ。まぁありえないとは思うが、高尾がもしお前に愛想つかして幸せが終わったとしてもだ。それで泣き寝入りして終わりか?違うだろ。」
「人事を尽くせ、と?」
「わかってるじゃねーか。」
確かに、もし高尾に離婚したいといわれたら。そのまま分かったなどというつもりはない。原因を聞いて、直せる限りなおすだろう。
そして、仲直りしたら?それは幸せなのではないか?
なるほど、と緑間は頷く。だが、もしもだ。「仲直りできなかったらどうするのだよ?」やはりこの可能性も否めない。
すると火神は、それこそ待ってましたとばかりにニカッと笑って自身を指差す。
「俺らもお前らが絶対仲直りできるように協力すんだよ!」
「!!」
当たり前だろう?とでも言いたげな火神をみて、緑間は何故だか絶対に仲直りできると確信した。それどころか、何故今まで一人で抱え込んでいたのかすら疑問に感じた。
自分の周りには、これほどまでに信頼できる友が居るではないか。
「そうか…」
「おうよ。お前は全部一人で抱え込みすぎんだよ。まずは話せって過去に何度…」
「すまないのだよ」
「まぁいいよ。困ったことあったら、電話しろ。今月は午前中なら基本家に居るからよ」
「あ、ありがとう」
素直に例を言うと、少し意外そうな顔をした火神だったが、笑顔でおう、とだけ答えた。話しすぎてすっかり渇いてしまった喉をコーヒーで潤わせ、ケーキを食べる。よく味わうと、抹茶と小豆のほかに栗も少し入っていることに気付いた。
「…ところで俺も少し相談があるんだけどよ。黒子が最近勝手に家に居るんだがどうしたら―」
夕暮れに染まる帰路を歩く。火神と途中で分かれて、空を見上げたら雲が一つもなかった。
あのあと、火神からちょっとしたstkになっている黒子をどうしたらいいか聞かれたが、ミスディレを見破るほかはないとだけ答えてやった。あいつは一体何しているんだ。
人に話したおかげで軽くなった足取りと心は、すでに負の可能性を切り捨てて良い方向にだけ頭を働かせる。少し素直になってみようか、なんて。なんとも単純な頭だと笑いながら、夕食の献立を考える。今夜はハンバーグにしてやるのだよ。
…素直に、なるはずだったのだ。
まさか家に帰る途中に通ったマジバに、高尾が黒子と楽しげに話す姿を見るなんて。
ハンバーグの予定だった献立はいつの間にか頭から消えていて、寄ったスーパーで買い込んだのは大量の酒とつまみ。
家に帰って即効でしたことと言えば、鍵を閉めてさきほど分かれたばかりの相手に泣きながら電話することだった。
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