エンドマークの真意
日付の変わる数分前。
古泉一樹は、携帯片手に悩んでいる。
一通のメールを送るか送るまいか。
自身で作成しておきながら、このメールの内容に対して否定的な気持ちが正直なところ多大にあった。
はっきり言って悪戯のようなものだし、いくら日付的にソレが許されるとしても時間的には嫌がらせに近いものがある。いや、そのものだ。
本心はそれを意図したものではないが、真実はただの我侭だ。
なおさらタチが悪い。
部屋の時計の秒針があと1周半ほどすれば、長針が頂点を向くだろう。
そのとき、ボタンを一つ押すだけでこの我侭な悪戯は遂行される。
けれど本当にやっていいものか。
許されるか。
間違いなく怒られるだろう。
予想ははっきりとつくのに、けれど送信前のメールを削除することもできない。
あと五回、時計の針の音が鳴れば、日付が変わる。
「・・・・・・」
長く、ゆっくりと深呼吸をし、秒針が頂上を過ぎ去ったあたりで古泉は送信ボタンを押した。
携帯の画面には「送信しました」と完了を告げるメッセージが出た。
悩んだ末に、結局悪戯を実行してしまった。
「送ってしまった・・・」
途端、罪悪感や羞恥心に襲われ、激しいそれらから逃れるように携帯を絨毯の上に投げ捨てるとバスルームへと駆け込んだ。
一息に衣服を脱いで、シャワーのノズルを全開にして頭から勢いよく水をかぶった。
やっぱり馬鹿な事をした。
イベント毎に浮かれて一瞬でもいいかな、などと思った自分が恥ずかしい、し、何より彼に迷惑をかけるような事をしてしまったのが果てしなく申し訳なかった。
先程のメールの送信相手を思い浮かべながら古泉はまた一段と気分を落ち込ませた。
ちょっとした悪戯。
そう、最初はそれだけのつもりで、そしてこの時間に送るつもりではなかった。
メールの1行目に文章終了を示す「-END-」とだけ書いて空メールを装い、更にその下に改行を重ねた空白ののち、何か一言、日付に相応しい一文を入れるつもりでいた。
それを考えていたら、急に、本当に突然、声が聞きたくなったのだ。
そう思うと指は勝手に『声が聞きたくなりました。電話してもいいでしょうか?』と正直に文章を連ねていた。
すぐに消そうとした。
けれど結局、その下、更に空白の改行を重ね、『今日の日付をご確認ください。そういうわけですので、ちょっとしたジョークです。どうかお気になさらず。おやすみなさい』などと今日の日らしい、オチ的な文章をつけ加えただけとなった。
「何を考えてるんだ、僕は・・・」
ただの些細な悪戯のつもりが本心をさらし、そしてそれをジョークにするように上書きをして。
結果、彼に対して嫌がらせを兼ねた悪戯へと悪化させてしまった。
「どうか気付かず寝てくれていますように・・・」
せめて気付かずにいてくれたら、彼の安眠を妨害することにならず、多少なりともこの罪悪感も軽減されるのだけれど・・・
「・・・あ、鳴ってる」
ふと聞こえてきた携帯の呼び出し音。
シャワーにまぎれていたのと自己嫌悪に陥っていたのとで中々気付けずにいたが、よくよく耳を澄ませばはっきりと聞こえてきた。
この呼び出し音はアルバイトの合図でも機関からの連絡でもない。
結局彼は起きていたか起こしてしまったかのようで(十中八九後者だろう)恐らくは抗議の電話なのだろう。
でも、もし、自分の、声が聞きたくなったという一文のために・・・・・・などと思ってしまった辺りで古泉はまたも羞恥心に襲われて壁に頭を打ち付けたくなった。
それはない。
第一それに気付いたのなら、後に続く文にも気付くだろう。
だとするとコレはやはり抗議の電話であろう。
シャワーの水を止め、タオルで適当に体を拭いてから先程脱ぎ散らかした服を着込んだ。
携帯がやはり彼からの着信を知らせて鳴っていた。
随分待たせてしまったようで、こちらが取る前に切れるのではないかと思ったが、そうはならなかった。
「もしもし?」
『古泉っ!おまえなぁ・・・』
「すみません、ちょっとシャワーを浴びに行っていたもので・・・お待たせいたしました」
言ってから、これはよくないなと思った。
メール送信直後に頭を冷やすためにバスルームに駆け込んだので、もしメール受信直後に彼が電話をかけてきたのなら、シャワーを浴びていた間分待たせていたことになる。
そしてそれを待たせた相手に言うのは、やはり嫌がらせじみている。
だが、彼はひとまずメールのほうを言及することにしたらしい。
『ああ待たされたよ!ていうか、なんなんだお前はいったい。夜中にいきなりメール送ってきやがったと思ったら空メールなんか送ってきやがって!』
空メール・・・
ということは、彼は、その下に続く文章には気付かなかったのか。
ちょっと、安心したような、でもすこしばかり残念なような、そんな気分になって小さく笑いが思わず零れた。
電話の向こうで彼が不審がる気配がしたので、謝罪をしてから誤魔化すことにした。
メール整理をしていて、その際の操作ミスだと説明すれば彼は多少なりとも納得してくれたようだ。
そのメールに意味はないのだ、と思わせておけば、彼がそれ以上あのメールを気にすることもなく、下に続く本心に気付くこともないだろう。
もう恥ずかしいので気付かないでほしい。
一番最後にジョークだと言ってはいるが、彼にはきっとどれが本当かばれてしまう。
だから、なんでもないのだと思ってメールのことは忘れてほしかった。
「おやすみのところをお邪魔してすみませんでした。今からでしたらまだ十分眠れるでしょうし、今度はお邪魔しませんよ。おやすみなさい」
『あー、じゃあな』
「はい、おやすみなさい」
彼が受話器を耳から離したろうと思い、つい「ありがとうございます」と呟いていた。
彼の声が聞きたかった。
自分の我侭が叶えられてしまった。
彼には嫌がらせをしてしまったと言うのに。
彼には自分の本心が伝わっておらず、この電話は自分のためではないけれど。
それでも、気分が満たされていた。
古泉一樹は、携帯片手に悩んでいる。
一通のメールを送るか送るまいか。
自身で作成しておきながら、このメールの内容に対して否定的な気持ちが正直なところ多大にあった。
はっきり言って悪戯のようなものだし、いくら日付的にソレが許されるとしても時間的には嫌がらせに近いものがある。いや、そのものだ。
本心はそれを意図したものではないが、真実はただの我侭だ。
なおさらタチが悪い。
部屋の時計の秒針があと1周半ほどすれば、長針が頂点を向くだろう。
そのとき、ボタンを一つ押すだけでこの我侭な悪戯は遂行される。
けれど本当にやっていいものか。
許されるか。
間違いなく怒られるだろう。
予想ははっきりとつくのに、けれど送信前のメールを削除することもできない。
あと五回、時計の針の音が鳴れば、日付が変わる。
「・・・・・・」
長く、ゆっくりと深呼吸をし、秒針が頂上を過ぎ去ったあたりで古泉は送信ボタンを押した。
携帯の画面には「送信しました」と完了を告げるメッセージが出た。
悩んだ末に、結局悪戯を実行してしまった。
「送ってしまった・・・」
途端、罪悪感や羞恥心に襲われ、激しいそれらから逃れるように携帯を絨毯の上に投げ捨てるとバスルームへと駆け込んだ。
一息に衣服を脱いで、シャワーのノズルを全開にして頭から勢いよく水をかぶった。
やっぱり馬鹿な事をした。
イベント毎に浮かれて一瞬でもいいかな、などと思った自分が恥ずかしい、し、何より彼に迷惑をかけるような事をしてしまったのが果てしなく申し訳なかった。
先程のメールの送信相手を思い浮かべながら古泉はまた一段と気分を落ち込ませた。
ちょっとした悪戯。
そう、最初はそれだけのつもりで、そしてこの時間に送るつもりではなかった。
メールの1行目に文章終了を示す「-END-」とだけ書いて空メールを装い、更にその下に改行を重ねた空白ののち、何か一言、日付に相応しい一文を入れるつもりでいた。
それを考えていたら、急に、本当に突然、声が聞きたくなったのだ。
そう思うと指は勝手に『声が聞きたくなりました。電話してもいいでしょうか?』と正直に文章を連ねていた。
すぐに消そうとした。
けれど結局、その下、更に空白の改行を重ね、『今日の日付をご確認ください。そういうわけですので、ちょっとしたジョークです。どうかお気になさらず。おやすみなさい』などと今日の日らしい、オチ的な文章をつけ加えただけとなった。
「何を考えてるんだ、僕は・・・」
ただの些細な悪戯のつもりが本心をさらし、そしてそれをジョークにするように上書きをして。
結果、彼に対して嫌がらせを兼ねた悪戯へと悪化させてしまった。
「どうか気付かず寝てくれていますように・・・」
せめて気付かずにいてくれたら、彼の安眠を妨害することにならず、多少なりともこの罪悪感も軽減されるのだけれど・・・
「・・・あ、鳴ってる」
ふと聞こえてきた携帯の呼び出し音。
シャワーにまぎれていたのと自己嫌悪に陥っていたのとで中々気付けずにいたが、よくよく耳を澄ませばはっきりと聞こえてきた。
この呼び出し音はアルバイトの合図でも機関からの連絡でもない。
結局彼は起きていたか起こしてしまったかのようで(十中八九後者だろう)恐らくは抗議の電話なのだろう。
でも、もし、自分の、声が聞きたくなったという一文のために・・・・・・などと思ってしまった辺りで古泉はまたも羞恥心に襲われて壁に頭を打ち付けたくなった。
それはない。
第一それに気付いたのなら、後に続く文にも気付くだろう。
だとするとコレはやはり抗議の電話であろう。
シャワーの水を止め、タオルで適当に体を拭いてから先程脱ぎ散らかした服を着込んだ。
携帯がやはり彼からの着信を知らせて鳴っていた。
随分待たせてしまったようで、こちらが取る前に切れるのではないかと思ったが、そうはならなかった。
「もしもし?」
『古泉っ!おまえなぁ・・・』
「すみません、ちょっとシャワーを浴びに行っていたもので・・・お待たせいたしました」
言ってから、これはよくないなと思った。
メール送信直後に頭を冷やすためにバスルームに駆け込んだので、もしメール受信直後に彼が電話をかけてきたのなら、シャワーを浴びていた間分待たせていたことになる。
そしてそれを待たせた相手に言うのは、やはり嫌がらせじみている。
だが、彼はひとまずメールのほうを言及することにしたらしい。
『ああ待たされたよ!ていうか、なんなんだお前はいったい。夜中にいきなりメール送ってきやがったと思ったら空メールなんか送ってきやがって!』
空メール・・・
ということは、彼は、その下に続く文章には気付かなかったのか。
ちょっと、安心したような、でもすこしばかり残念なような、そんな気分になって小さく笑いが思わず零れた。
電話の向こうで彼が不審がる気配がしたので、謝罪をしてから誤魔化すことにした。
メール整理をしていて、その際の操作ミスだと説明すれば彼は多少なりとも納得してくれたようだ。
そのメールに意味はないのだ、と思わせておけば、彼がそれ以上あのメールを気にすることもなく、下に続く本心に気付くこともないだろう。
もう恥ずかしいので気付かないでほしい。
一番最後にジョークだと言ってはいるが、彼にはきっとどれが本当かばれてしまう。
だから、なんでもないのだと思ってメールのことは忘れてほしかった。
「おやすみのところをお邪魔してすみませんでした。今からでしたらまだ十分眠れるでしょうし、今度はお邪魔しませんよ。おやすみなさい」
『あー、じゃあな』
「はい、おやすみなさい」
彼が受話器を耳から離したろうと思い、つい「ありがとうございます」と呟いていた。
彼の声が聞きたかった。
自分の我侭が叶えられてしまった。
彼には嫌がらせをしてしまったと言うのに。
彼には自分の本心が伝わっておらず、この電話は自分のためではないけれど。
それでも、気分が満たされていた。