ネコミミライフ。
「ただいまあ~」
よいしょと玄関に買い物袋を下ろして、カイトは部屋の奥に声をかける。
「いやあ、参っちゃったよー。特売やってたせいか今日レジがすごく混んでてさー」
でもチェックしてた特売品は全部買えたし、いい買い物が出来たと、すっかり主婦感覚が骨身に染み付いているカイトは上機嫌だった。
「カイト殿、帰られたのか?」
上機嫌のまま靴を脱いでいると、いつものようにがくぽが部屋から出て来て出迎えてくれる。
「あ、聞いてよがくぽ~、今日は醤油が198円で――――!?」
カイトはがくぽに話し掛けようとして、顔を見た瞬間固まった。
目の前に、信じられないものがある。
「いかがなされた?」
がくぽがぴたりと動きを止めてしまったカイトの顔を怪訝そうに覗き込む。
がくぽの姿はいつも通りだった。少し身を屈めて視線を合わせてくる、カイトより背の高い身体も。慣れない人間は気後れしてしまう、女性と見紛う綺麗な顔も。
―――ただ一か所だけ除いて。
頭部に見慣れぬ物が…付いていた。
普段しているヘッドフォンをしていない代わりに、黒いネコ耳が、生えていたのだ。
「どうしたんでござるか」
心配そうに見つめてくるがくぽに、ネコミミ。
よく見ると同じ色の尻尾もちゃんと付いていて、それがゆったり揺れている。
成人男性型ボーカロイドににネコミミという、傍から見れば非常にシュールな光景だが。
(か、かわいいいい(*´∀`*)……って、そうでなく!)
「マスタああああああ―――――っっ」
カイトは叫びながら居間に駆け込んだ。
「あんたがくぽになんて格好させてるんですか!!」
「ん?ああ、ネコミミ?」
テレビを見ていたマスターが、呑気な声で事も無げに答えた。
「一体いつからそんな趣味にっ…やっぱりこの前会社の後輩の娘に告白して振られたのが、相当ショックだったんですか!?いくら可愛くてもがくぽは男です!」
その同じ男性型に恋をしているのは自分であるけれども、ライバルの芽は摘み取っておきたいカイトはぴしゃりと言う。
「俺に男にネコミミ付けて喜ぶ性癖はないって。バイトだバイト。ていうか何でお前告白した事知ってんだよ!あとがくぽを可愛いとか言うのはお前くらいだ」
「バイト?不景気で給料下がったのは知ってますけど、ボーカロイドにいかがわしいバイトさせるとか、最低ですよ…?」
じとっと軽蔑の視線を向けると、だから違うって!とマスターはカイトに向き直って説明を始めた。
「モニター?」
「うん。俺の知り合いがさ、ボーカロイドのオプションパーツの開発をしてる人で、新製品のモニターをしてくれないかって言うんだ」
「それは分かりましたが…ネコミミって…。ちょっと怪しくないですか、その会社」
「あ、怪しくはないよ。ただちょっとマニア向けっていうか、特殊なものを扱ってて……、メイド服とか、スク水とか……」
もにょもにょとマスターの語尾が小さくなる。
「十分怪しいですよ!ていうかがくぽにちゃんと説明しました?」
「ちゃんとしたよ!ネコミミを付けてしばらく生活してくれって。本人も了承してくれたし」
ネコミミ生活。
普通そんな事を言われたらドン引きだが、さっきの様子では、がくぽはネコミミについて何とも思っていないようだ。普段から微妙に世事に疎く、言葉を額面通りに受け取る傾向のある彼は、ネコミミというものが少々特殊な趣味の方々の嗜好品であると理解していない可能性が大である。
「絶対分かってないと思うんですけど」
「でももう引き受けちゃったしさ、今さら断れないよ。…何ならお前が付けてくれるか?」
「え、俺!?」
「本当はお前に協力して貰うつもりだったんだけど、今日帰りが遅かっただろ?」
(レジ、混んでて良かった…)
自分勝手にも思ってしまうのは、この場合仕方ないだろう。
って、仕方ないで済ませてはいけない。
「とにかくっ、がくぽにはもう一回ちゃんと説明するべきだと思うんですよね」
「えっ、面倒くさ…」
「マスター!」
二人で言い合っていると、カイトが放置した買い物袋を片付けてきたがくぽが居間に入って来た。
「カイト殿、今日の夕飯でござるが…」
普段通りの動作一つも、頭に付いている物のせいでどうにも妙な感じだ。
カイトは謎の背徳感を払うように、ごほんと咳払いをして話しかけた。
「ねえ、がくぽ。そのう、耳、なんだけど…」
「この猫の耳を模したパーツでござるか?」
がくぽが自分の頭に生えたネコミミをふにっと掴む。その仕草の愛らしさに、カイトの胸とか別の部分とかがきゅんっとする。
いやしかし。ここは自分がきちんとがくぽに意思を質してやらなくては。
自分が付けるのは嫌だし、がくぽのネコミミ姿は可愛いけど、意味も分からず身に付けさせられているのは不憫だ。萌えだの何だの意味を説明したら余計不憫な事になる気もするけど、黙って状況を見過ごすのも心が痛む。
「あのさ…がくぽはネコミミ付けて生活とか、ホントにいいの?」
「いいも何も主殿の下命であれば」
「えっと…マスターの命令だからって何でも聞く必要はないと思う…よ?ネコミミってあんまり男が付けるもんじゃないってゆーか…色んな意味で危険ってゆーか(俺の理性的な意味も含めて)…」
「? これを付けていると拙者に何か不都合が起きるんでござるか?今のところ何も不便はないでござるが…」
がくぽが困ったようにマスターの顔を見た。
「いやいや、それは付けてくれているだけでいいんだ。生活に影響はないよ。尻尾はイスに座る時に少し邪魔かもしれないけど。期間は二週間だけだしさ、がくぽ、少しの間我慢してくれるよな?な、お願い」
なにやら必死にフォローしだすマスター……よっぽどバイト代が高額なのか。
「先程も申しましたが、主殿が望まれるのであれば拙者は構いませぬ」
がくぽはがくぽでマスターの“お願い”に、やる気に満ちた表情になってるし。
ネコミミの所為でどうにも締まらないが。
「がくぽはマスターに甘いよ~…」
「がくぽがいいって言ってるんだからいいだろー。誰が困るわけでもなし」
「そりゃまそうかもしれませんけど…」
ここでじゃあ俺が付けます!と言えない自分が情けなかった。
だってネコミミつけたまま家事したり、近所のスーパーに買い物に行く羞恥プレイなんて絶対嫌だ。がくぽは普段あんまり家の外に出ないから、この点だけはましだけれども。
「もにたーとやら精一杯務めさせて頂くでござる!」
何だか複雑なカイトをよそに、がくぽは力強くマスターに告げた。
よいしょと玄関に買い物袋を下ろして、カイトは部屋の奥に声をかける。
「いやあ、参っちゃったよー。特売やってたせいか今日レジがすごく混んでてさー」
でもチェックしてた特売品は全部買えたし、いい買い物が出来たと、すっかり主婦感覚が骨身に染み付いているカイトは上機嫌だった。
「カイト殿、帰られたのか?」
上機嫌のまま靴を脱いでいると、いつものようにがくぽが部屋から出て来て出迎えてくれる。
「あ、聞いてよがくぽ~、今日は醤油が198円で――――!?」
カイトはがくぽに話し掛けようとして、顔を見た瞬間固まった。
目の前に、信じられないものがある。
「いかがなされた?」
がくぽがぴたりと動きを止めてしまったカイトの顔を怪訝そうに覗き込む。
がくぽの姿はいつも通りだった。少し身を屈めて視線を合わせてくる、カイトより背の高い身体も。慣れない人間は気後れしてしまう、女性と見紛う綺麗な顔も。
―――ただ一か所だけ除いて。
頭部に見慣れぬ物が…付いていた。
普段しているヘッドフォンをしていない代わりに、黒いネコ耳が、生えていたのだ。
「どうしたんでござるか」
心配そうに見つめてくるがくぽに、ネコミミ。
よく見ると同じ色の尻尾もちゃんと付いていて、それがゆったり揺れている。
成人男性型ボーカロイドににネコミミという、傍から見れば非常にシュールな光景だが。
(か、かわいいいい(*´∀`*)……って、そうでなく!)
「マスタああああああ―――――っっ」
カイトは叫びながら居間に駆け込んだ。
「あんたがくぽになんて格好させてるんですか!!」
「ん?ああ、ネコミミ?」
テレビを見ていたマスターが、呑気な声で事も無げに答えた。
「一体いつからそんな趣味にっ…やっぱりこの前会社の後輩の娘に告白して振られたのが、相当ショックだったんですか!?いくら可愛くてもがくぽは男です!」
その同じ男性型に恋をしているのは自分であるけれども、ライバルの芽は摘み取っておきたいカイトはぴしゃりと言う。
「俺に男にネコミミ付けて喜ぶ性癖はないって。バイトだバイト。ていうか何でお前告白した事知ってんだよ!あとがくぽを可愛いとか言うのはお前くらいだ」
「バイト?不景気で給料下がったのは知ってますけど、ボーカロイドにいかがわしいバイトさせるとか、最低ですよ…?」
じとっと軽蔑の視線を向けると、だから違うって!とマスターはカイトに向き直って説明を始めた。
「モニター?」
「うん。俺の知り合いがさ、ボーカロイドのオプションパーツの開発をしてる人で、新製品のモニターをしてくれないかって言うんだ」
「それは分かりましたが…ネコミミって…。ちょっと怪しくないですか、その会社」
「あ、怪しくはないよ。ただちょっとマニア向けっていうか、特殊なものを扱ってて……、メイド服とか、スク水とか……」
もにょもにょとマスターの語尾が小さくなる。
「十分怪しいですよ!ていうかがくぽにちゃんと説明しました?」
「ちゃんとしたよ!ネコミミを付けてしばらく生活してくれって。本人も了承してくれたし」
ネコミミ生活。
普通そんな事を言われたらドン引きだが、さっきの様子では、がくぽはネコミミについて何とも思っていないようだ。普段から微妙に世事に疎く、言葉を額面通りに受け取る傾向のある彼は、ネコミミというものが少々特殊な趣味の方々の嗜好品であると理解していない可能性が大である。
「絶対分かってないと思うんですけど」
「でももう引き受けちゃったしさ、今さら断れないよ。…何ならお前が付けてくれるか?」
「え、俺!?」
「本当はお前に協力して貰うつもりだったんだけど、今日帰りが遅かっただろ?」
(レジ、混んでて良かった…)
自分勝手にも思ってしまうのは、この場合仕方ないだろう。
って、仕方ないで済ませてはいけない。
「とにかくっ、がくぽにはもう一回ちゃんと説明するべきだと思うんですよね」
「えっ、面倒くさ…」
「マスター!」
二人で言い合っていると、カイトが放置した買い物袋を片付けてきたがくぽが居間に入って来た。
「カイト殿、今日の夕飯でござるが…」
普段通りの動作一つも、頭に付いている物のせいでどうにも妙な感じだ。
カイトは謎の背徳感を払うように、ごほんと咳払いをして話しかけた。
「ねえ、がくぽ。そのう、耳、なんだけど…」
「この猫の耳を模したパーツでござるか?」
がくぽが自分の頭に生えたネコミミをふにっと掴む。その仕草の愛らしさに、カイトの胸とか別の部分とかがきゅんっとする。
いやしかし。ここは自分がきちんとがくぽに意思を質してやらなくては。
自分が付けるのは嫌だし、がくぽのネコミミ姿は可愛いけど、意味も分からず身に付けさせられているのは不憫だ。萌えだの何だの意味を説明したら余計不憫な事になる気もするけど、黙って状況を見過ごすのも心が痛む。
「あのさ…がくぽはネコミミ付けて生活とか、ホントにいいの?」
「いいも何も主殿の下命であれば」
「えっと…マスターの命令だからって何でも聞く必要はないと思う…よ?ネコミミってあんまり男が付けるもんじゃないってゆーか…色んな意味で危険ってゆーか(俺の理性的な意味も含めて)…」
「? これを付けていると拙者に何か不都合が起きるんでござるか?今のところ何も不便はないでござるが…」
がくぽが困ったようにマスターの顔を見た。
「いやいや、それは付けてくれているだけでいいんだ。生活に影響はないよ。尻尾はイスに座る時に少し邪魔かもしれないけど。期間は二週間だけだしさ、がくぽ、少しの間我慢してくれるよな?な、お願い」
なにやら必死にフォローしだすマスター……よっぽどバイト代が高額なのか。
「先程も申しましたが、主殿が望まれるのであれば拙者は構いませぬ」
がくぽはがくぽでマスターの“お願い”に、やる気に満ちた表情になってるし。
ネコミミの所為でどうにも締まらないが。
「がくぽはマスターに甘いよ~…」
「がくぽがいいって言ってるんだからいいだろー。誰が困るわけでもなし」
「そりゃまそうかもしれませんけど…」
ここでじゃあ俺が付けます!と言えない自分が情けなかった。
だってネコミミつけたまま家事したり、近所のスーパーに買い物に行く羞恥プレイなんて絶対嫌だ。がくぽは普段あんまり家の外に出ないから、この点だけはましだけれども。
「もにたーとやら精一杯務めさせて頂くでござる!」
何だか複雑なカイトをよそに、がくぽは力強くマスターに告げた。