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はるちゃんの彼氏

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まこちゃんの場合



「七瀬さん、橘君と付き合い始めたんだって?」
体育の授業のまえ、着替えているときに、同じクラスの女子生徒から遙は話しかけられた。
「ああ」
いつもの無表情で遙はうなずいた。
他の女子生徒たちも興味津々といった様子で寄ってきて話に加わる。
「まえから、なにコレで付き合ってないっての!?ってぐらいに仲が良かったもんね」
「そうそう、いつもふたり一緒にいるし」
「それで、どう?」
なんだか期待しているようなキラキラした眼で問いかけられて、遙は小首をかしげる。
「どう、とは?」
「付き合い始めて、なんか変わった?」
遙は考える。
しばらくして答えた。
「いや、特になにも」
「ええー」
「デートとかは?」
「今週末、一緒に出かけることになってるが、普通に買い物するだけだと思う」
「じゃあ、おしゃれしようよ!」
「いつもと気分変えて、橘君をドキッとさせよう!」
女子生徒たちは盛りあがる。
けれども、話題の中心のはずの遙は相変わらずの無表情でいた。




日曜日。
食事や片づけなどの家事がひととおり終わったころに、真琴が家にやってきた。
家から外に出た遙はいつもと変わらない私服だ。
着替えるときに、クラスメートたちから言われたことを思い出したが、結局、真琴相手に今さらおしゃれする気になれなかったのである。
やってきた真琴も見慣れた私服である。特に気合いが入っている感じではぜんぜんない。
「じゃあ、行こっか」
真琴が優しい笑顔で言った。
「ああ」
同意して、遙は真琴の隣に進む。
ふたり肩を並べて歩く。
こんなのは、ずっと昔からのことだ。
真琴から好きだと告白されて、さらに付き合わないかと提案され、それを受け入れて付き合うことになった。
でも、それ以前と今、なにかが変わったようには感じない。
面倒くさくないから自分としてはいいのだが。
しばらくして遙と真琴は電車に乗り、それから目的の駅でおりた。
遙や真琴の暮らしている町よりも店が多くて人も多い、にぎやかな街である。
道を歩く。
車道側を真琴が歩いている。
おもに真琴が話している。
遙があまり喋らないことを気にしていない。昔からのことなので慣れているのだ。
それに遙が口に出さなくても真琴は察してくれる。
だから、真琴と一緒にいると楽だ。
付き合うといっても、以前と変わらない、このままの状態がずっと続くのかもしれない。
そう遙は思った。
けれども。
ふいに。
手をつかまれた。
え、と思い、遙は真琴のほうを見た。
眼が合った。
真琴はにこっと優しく笑った。
特になにも言わない。
少し考えて、遙もなにも言わずにいることにした。
手をつないで歩く。
幼いころに手をつないで歩いたことが何度かあった。
それと変わらない。
と思うのだが、自分の手をつかんでいる手はあのころより大きくなっている。触れた肌が少し硬く感じる、厚い男の手だ。
まあ、面倒なので、あまり意識しないでおこう。
そう決めて、遙は真琴の話を聞きながら歩いた。

夕暮れ時。
遙は自宅の玄関の近くにいた。
そばには真琴がいる。
出かけた先の街で昼食を取り、店をはしごして買い物をした。
買いたかった物が買えて遙は満足している。ただし、その気持ちは顔にはほとんど出ていない。
遙は玄関の鍵を開けた。
そして、中に入る。
真琴もついてくる。
荷物を持っている。
買い物をした結果の大きな荷物はあたりまえのように持ってくれた。
「……それ、廊下に置いておいてくれればいい」
遙は土間で足を止め、真琴に言った。
「ああ、うん、わかった」
素直に真琴は持っていた荷物を廊下に置いた。
それから。
「じゃあ、これで」
「あがっていかないのか?」
「うん、今日はもう帰るよ」
「そうか」
「……ハル」
いつもより少し低い声で真琴が名を呼んだ。
なんだろうと遙は長身の真琴の顔を見あげる。
真琴が遙の腕をつかんだ。
捕らえられる。
引き寄せられる。
大きな身体に包まれる。背が高くて、がっしりとした身体。
「ハル」
間近から声が降ってきて耳をくすぐる。
「好きだよ」
ぎゅっと、でも苦しくはない程度に抱きしめられる。
しばらくして、真琴の力がゆるんだ。
真琴がすっと身を退いた。
その顔を遙は見る。
真琴は真面目な顔をしていた。
けれども、表情が変わる。
にこっと笑った。
真琴は口を開く。
「じゃあ」
そして、踵を返した。
「また明日」
そう告げると歩きだした。
帰って行く。
遙はその背中をしばらく眺め、見えなくなっても土間に立ちつくしていた。
さすがに。
さすがに、ドキッとした。





優しく、スマートに、ステップアップさせていく彼氏。













作品名:はるちゃんの彼氏 作家名:hujio