黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 13
シエルにもう迷う時間は残されてはいなかった。すぐさまその赤子を憑代にすることにした。
残る力を全て赤子の生命力とし、シエルは赤子の中で魂のみの存在と化した。しかし、赤子を憑代とすることは賭であった。見たところもうこの子の両親はいない上、先天性の病をも持っていた。
病はシエルの力によって完全に治す事はできないながらも、ある程度抑える事はできた。問題は憑代が赤子であった事である。
赤子である以上、誰かの庇護なしには生き延びる事はできない。誰も拾ってくれる者がいなければ、赤子は死に、憑依しているシエルもまたその存在が無と化す。
しかし、その賭は上手く行った。心の優しいシンの両親によって、シエルは救われた。
そして十六年の月日が経ち、今、シエルは本来の力を取り戻しつつあった。
「とても長い時間を私はリョウカの魂と共に過ごしました。ですが、先にお話したとおりリョウカは一度死んでいます。残っていた私の力で彼女を蘇生させることは出来ましたが、一度滅びた、しかも病を持った身体では長く生きることはできないのです。もう、そう保たない状態となりました」
リョウカの存在できる日々はもう残り僅かになっていた。
「…あとどれくらいなんだ?」
シンは訊ねる。シエルはゆっくりと告げた。
「保って、あと半年…」
シンは絶句した。そんなシンにさらなる凶報が告げられる。
「もしも半年後までに、リョウカが自身と私の存在を真に気づかなければ、彼女の存在は私諸共消えてなくなる…」
寿命ではなく事故で命を落とした時も、結果は同じ事になるらしかった。
「だったらこうしちゃいられねえ。急いでリョウカにお前のことを…」
「それはなりません!」
シエルは大声を出した。その後ではっ、となりすみません、と謝った。
「リョウカ自身が自ら気づかなければならないのです。他の誰かによって私の存在を告げられてしまっては、同じく私達は消えてなくなります」
時に全てを任せるより他はなかった。しかし、さらに悪いことに、悪魔の封印もいつまで保つか分からない状態であった。早急にシエルの完全復活が求められていた。
「くそう!何かできないのか!?オレにはあいつに、お前に何もしてやれないのか!」
手をこまねいているしかできない現実にシンは自らに対して苛立ちを覚えていた。
「あなたにできること、それは一つだけあります…」
シエルは言った。
「それはあの子を護ること…」
あの子、とはリョウカを指していた。シエルが憑代としているリョウカの寿命が来る前に彼女が二度目の死を迎えてしまわないように護る、ということがシンに残されたできることだった。
「私の事はどうでもいい、ですが、リョウカの事は護ってあげてください。あの子が存在するかぎり私が消える事もありませんから」
シエルは微笑を浮かべた。
「何言ってやがる、オレが護るのはシエル、お前もだ」
シエルの表情は一瞬にして驚きと化した。
「今まで一緒にいたリョウカがお前と同じだって言うんなら、これからもお前はオレの大切な家族だ」
「シン…!」
シンはシエルをがしっ、と抱き寄せ、そして抱き締めた。
「お前がどう思っていようがシエル、お前はオレの妹だ。何があっても護ってやる。何があってもお前を消えさせはしない…」
シエルはしばらくの間目を見開いていたが、護ってもらえる嬉しさに頬を涙が伝った。
「ありがとう、シン…」
シンとシエルはしばらく抱き合った。
「逢瀬の所、失礼しますよ」
言葉と共にアレクスが姿を現した。
「そちらのお嬢様はお初にお目にかかりますね。いや、貴女とあのお嬢さんは同じ存在だとか、確かに容姿はほとんど同じだ…」
「アレクス、いつから立ち聞きしてやがった!」
シンはシエルから離れ、アレクスに敵意を向けた。
「まあ、そう怒らないでください。私も本当はそちらの方から直々にお話を聞きたかったのですが、なにぶん随分と差し迫った様子でしたので」
敵意をむき出しにしているシンは無視し、アレクスはシエルへ視線を向けた。
「そちらの方、シエルさん、と言いましたか。聞くところによると神様だとか、まさか女神様と合間見えようとは、光栄ですよ」
アレクスは笑みを見せる。
「…マーキュリー灯台であなたに後れを取ったあの日、私の力を看破していましたね。その鋭い眼力、何かよからぬ力によるものではないでしょうね?」
アレクスは不敵な笑みを止めない。
「よからぬ力などとは随分と人聞きの悪い、私自身の修行の賜物ですよ」
そう、例えばこうやってね、とアレクスは姿を水泡に変えシン達の背後へと一瞬にして移動した。
シン達は後ろを振り返る。
「どうです、純然たる水の力、水を操ってこのような事もできるようになったのですよ」
アレクスは念じるときらきらと飛沫のようなものを上げつつ、宙に浮かび上がった。
「風…」
シエルは呟いた。
「うん…?」
アレクスは不思議そうに首を傾げた。
「あなたから僅かですが風の力を感じます。本来エナジストとは自らのエレメンタル以外のエナジーは使えません。なのに何故か、あなたからは水以外の力を感じるのです…」
アレクスは一瞬眉をひそめ、険しい顔をした。しかしすぐにその表情を笑みへと変えた。
「風、ですか。今このジュピター灯台の灯は灯っている。灯火による風の力に騙されているのでしょう。あまりに長く眠っていて神様の眼力は弱っているのでは?」
シエルは無言でアレクスを見つめ続ける。
「まあいいでしょう、貴女が信じようがどうしようが私には関係ありません。私の目的はただ一つだけ…」
アレクスは地に降り立ち、伏したカーストとアガティオのもとへ歩み寄るとかがみ込み、彼女達の体に触れ念じた。
「灯台が灯ったのならもうこの場に用はありません。次の灯台へと向かうことにしましょう…」
水泡がアレクス達を包み込み、次第に彼らの姿が薄くなってきた。
「それでは、縁があったらまたお会いしましょう。シン」
そして、とアレクスは自分にずっと視線を向け続けていたシエルを見る。
「シエルさん、いや失礼、神様…」
アレクス達は完全に姿を消すのだった。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 13 作家名:綾田宗