黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 13
驚きを隠せないシンへと、彼女は微笑んで答えた。
「そうです、私はリョウカと同一の者。分け身、とでもいいましょうか」
シンの驚きは一層大きくなった。
「分け身だと、ならお前は…!?」
「リョウカとは仮の姿、本体は私の方なのです」
この女は一体何を言っているのか。突然現れたかと思いきや、リョウカが仮の存在とまでのたまっている。シンは混乱しきってしまった。
「そう戸惑うのも仕方がありませんね。いいでしょう、お話いたします」
「なら、まずはリョウカじゃないお前は、何者なんだ?」
「…私の本当の名は、私からは言えません。言えばリョウカの存在ごと私が消えてしまう…」
しかし、名前を告げる事もできなければ、シンもどう呼べばいいか分からない。そう思い、彼女は仮の名を告げた。
「今はひとまず、私のことはシエル、とお呼びください」
銀髪のリョウカはシエルと名乗った。
「シエル、か。じゃあシエル、話してくれ。お前とリョウカの関係を!」
分からない事だらけですっかり困惑しきったシンは、つかみかからんばかりの勢いでシエルに詰め寄った。
「…まずは単刀直入にいいましょう」
シエルは目を伏せ言った。
「リョウカの身体は、もう限界をとうに超えてしまっているのです…」
シンは言葉を失った。
この女また何を訳の分からないことを、そんなシンの思いを見透かしたようにシエルは続ける。
「彼女の魂はもうほとんどなくなってしまっています。いえ、リョウカはもう既に死んでいる人間、そう言った方が分かりやすいでしょう」
リョウカは捨て子であった。それはシンもよく知っている事実である。
しかし、実は赤子であった彼女は先天性の病に罹っており、その命はそう永くないものだった。そして間もなく彼女は亡くなった。
彼女は長年子宝に恵まれなかったとある年取った夫婦にとってようやく授かった子であった。それが病によってすぐに死んでしまったのだ。夫婦の悲しみは大きかった。
その後生きる希望を失った夫婦は二人揃って心中した。生まれてすぐに死んだ子を抱いて。
しかし、その時赤子の魂はまだ完全には失われていなかった。赤子にはエナジーが備わっていた。消えかかる魂の灯火は燃え盛る炎のエナジーによってつなぎ止められていたのだった。
「リョウカは、もう死んでいるだと…?」
シンは俄には信じがたかった。
「ええ、先にお話した通り、彼女は生まれてすぐ病によって亡くなりました。ですから本来ここに存在するはずがないのです」
シエルはきっぱりと言い放った。
「けど、リョウカは確かに…!」
「…より詳しいお話をいたします」
シエルは言い放った。
「私もまた、一度は消えかかった身なのです…」
かつてそう遠くない過去、世界が天災に見舞われていた時代があった。
各地で地震、津波、大雨、大干ばつ、嵐、火山の噴火とあらゆる災害によって世界が破滅しようかという天変地異が起きていた。
その元凶は、ある悪魔による仕業であった。悪魔は三人のしもべを従え、世界を混沌の渦に巻き込み、全てを魔に埋め尽くそうというつもりだったのだ。
神々の棲む天界ではその悪魔を滅し、野望を阻止すべく力のある神々が立ち上がった。
しかし、その悪魔としもべ達の力は非常に強大で、多くの神が犠牲となった。
そんな悪魔達を止めるべく、次に立ち上がったのは天界でも五本の指に入るほどの力を誇った神々だった。シエルはその中に含まれていたのだった。
「おい、ちょっと待てよ。天界だ、悪魔だ、神だ、ってお前まさか…!?」
シエルはゆっくりと頷いた。
「私が、その悪魔とかつて対峙した神であった者です…」
神であった者、その口振りからは今は違うとでも言うようだった。
「かつての悪魔との戦いによって、私は消えたのです…」
「消えた、ってじゃあ今ここにいるお前は何なんだ!?」
「消えかかる所を、ある人の身に憑依して、力を回復させる糧としました…」
神々と悪魔の戦いに終止符を打ったのは紛れもなくシエル、彼女によるものだった。
しかし、その戦いの終わりは完全なる終息を告げるような終わり方ではなかった。
強大な力を持つ悪魔は天界で最強の力を持つ神をもってしても完全に滅する事はできなかったのである。
長きに及ぶ戦いの末、悪魔と差し違えて悪魔を封ずる事ができた。消えゆく力を振り絞って神は悪魔を封印したのである。しかし、差し違えてほとんどの力を失った状態での封印であったため、永久に封印することは不可能であった。
悪魔にもそれは分かっていたようだった。
いずれ封印が解けた時、その時こそ世界を魔に包み込む。そう言い残し、悪魔は永遠なる闇の中へと消えていった。
悪魔と差し違えながらも封印に成功したシエルもまた消えゆく存在であった。
悪魔の再臨を予感した彼女は消えてしまうわけにはいかなかった。中途半端な封印しかすることができなかったのだ、そう長くは封印し続けることができない事は容易に想像できた。
しかし、シエルにはもう存在するための力は尽きていた。人で言うなれば、もう死にかけであった。
死にかけた人にはもう蘇生する手段はない。しかし、神にとっては別だった。
生ける人に憑依することによってその身、その魂を自らの力へと変え、生き長らえる術が神にはあった。つまりは生ける人の存在そのものを神自らの力とするものである。死神や悪魔が人の魂を奪い取り自らの生命力とすることと大差ない方法であった。
人を生け贄としなければならなかったのだ、当然シエルの心が咎めた。しかし、その時彼女は消えてしまうわけにはいかなかった。そして何よりもう考える時などほとんど残されてはいなかった。
しかし、人を生け贄とする以上に大きな問題が残っていた。天界で最強の力を持っていたシエルを蘇生するには常人の肉体では不可能だったのだ。
死神や悪魔と違う高尚な存在である天界の神には常人とは違う力を持った人を憑代としなければその力を回復させることはできないのだ。
常人とは違う力を持つ人、すなわちエナジーを駆使するエナジストである。エナジストを憑代とする必要があったのだ。
しかし、錬金術がなくなったウェイアードにはエナジストのいるところは限られていた。
北のプロクス、大海の古代文明の島レムリア、そしてアルファ山の麓に位置するハイディアの三つだった。
シエルは最も大きなエレメンタルを感じるハイディアを目指そうとした。しかし、消えゆく身ではその道は果てしなく遠すぎた。
シエルは力尽き、ある島へと落ちた。そこはウェイアードの極東に位置するジパン島だった。
その島にはエレメンタルロックの一つであるガイアロックがあったが、エナジストの住む三つの地に比べればエレメンタルはだいぶ少なかった。
エナジストのいる気配も薄い、シエルは何とかジパン島のイズモ村までたどり着いたが、もう諦めかけていた。
その時、シエルは並々ならぬエナジーの力を感じた。それは驚く事に死にかけの赤子から発せられていたものであった。消えかかる赤子の魂をつなぎ止めていたものが、強力な炎のエナジーによるものだとシエルにはすぐに分かった。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 13 作家名:綾田宗