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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 13

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第50章 聖と闇の錬成


 巨大な真っ白な翼を携えた異形の船が、夜の闇に包まれ漆黒の海原に留まっていた。
 アネモス族の末裔による予見によってギアナの民はこれまで船に取り付ける為の翼を作り続けてきた。船が空を飛ぶなどとは途方もない事だった。しかし、船は見事にその翼を羽ばたかせ、大空を舞った。
 船を空に飛ばす動力はシバがシャーマン村で手に入れたグラビティの翡翠である。しかし、その石に宿る力を解き放つにはエナジストの力なしにはなし得ないものだった。
 ロビン達が皆活動している状態でなくては力は解き放つ事はできなかった。辺りが暗くなり、皆が活動を止めると、船も同調して翼をたたみ、海へと下りるのだった。
 今はロビン達皆が寝静まっている。船も活動を休止している。
 空を行けるというのはかなり早く先へ進む事ができる。アテカ大陸を出発し、大ウェスト海から大イースト海へものの数時間で行く事ができた。この分ならば早晩レムリアへたどり着くことができるかもしれない。
 月明かり照らす甲板に少女が一人佇んでいた。シバである。物思いに耽ったように暗い表情を浮かべながら、波のある漆黒の海原を見つめていた。
 不意に、後から船室のドアが開く音がした。シバは音のした方を振り返る。
 出て来たのはスクレータだった。彼は老いているせいで夜は苦手らしく、誰よりも先に眠っていた。それなのに珍しく、こんな夜更けまで起きていたらしかった。
「おお、シバも起きとったか。今宵はよい夜じゃのう」
 ふぉふぉ…、と笑いながらシバの隣まで歩み寄ってきた。
「これほどまでによい夜じゃ。たまには夜更かしもいいかもしれんのう」
 微笑むスクレータとは対照的に、シバは浮かない表情をしたままである。
「…ねえ、スクレータ」
 シバは口を開いた。
「うん、なんじゃ?シバ」
「前に私が言っていた事、覚えているかしら?」
 ヴィーナス灯台が灯り、大地に異変が起きた時、灯台から落下したシバとガルシアが出島に流れ着き、漂流した島がうまくインドラ大陸にぶつかった日の事だった。
 シバまでも旅をする必要があるのか、疑問を抱いたのはガルシアだった。そんな疑問をはぐらかしてついて来たシバであったが、彼女本人はある目的を持って旅に同行していた。
 ジュピター灯台の解放のためではない。自分が本当は何者であるのか知るためだった。
 ジュピター灯台へ行けばそれが分かる、そんな予感がしたのだった。
 ヘスペリアの地へ行ったときにはギアナ族の名が、いざ灯台を灯した後にはアネモス族の名が頭の中にあった。そしてアネモス族の秘宝、グラビティの翡翠を使いこなす事もでき、さらにイマジンで真実の領域を開くこともできる。
 しかし、自身が何者であるかは分からずじまいだった。それどころか、謎は深まるばかりだった。
「シバの言ったこと?はて、なんじゃったかな…」
 スクレータは忘れてしまっていたらしかった。無理もない、あの日から何ヶ月と経っている。しかもその期間たくさんの出来事があった。覚えている方が不思議なくらいである。
 予想はついていたが、シバはさらに追求した。
「インドラ大陸に上陸した日の事よ。私が何者なのかみたいな事言ったでしょ」
「ほう、そのことじゃったか」
 スクレータは思い出した。
「私、ジュピター灯台に行けば何か分かるかもって思ったの。けど何も分からなかった。分からないことが増えただけだったのよ…」
 スクレータは穏やかな顔で静かにシバの話に耳を傾けていた。
「私、一体…」
「シバや…」
 スクレータは静かに口を開いた。口を挟まれ、シバは黙ってスクレータを見返した。
「お主は自分が何者かを知って、それから何を望むのじゃ?」
 シバははっ、となった。自分の事を知って、それから何がしたかったのか。そこまで考えた事はなかった。
「私が、望むもの…」
 シバは言葉に窮してしまっていた。
「シバ、少しワシの話を聞いてみる気はないかの?」
 シバは頷いた。
「実はワシはな、実の両親どころか、親と呼べる人がいないんじゃよ」
 シバは驚いていた。
「そう驚くのも無理はないかの。じゃが、ワシは一度も過去を知ろうとした事はないんじゃ。物心ついた時には既にトレビのバビ様の下にいたからの」
「…スクレータはそれで幸せだったの?」
 シバが訊ねると、スクレータは微笑んだ。
「幸せなのかは分からんが、辛いと思った事はなかったぞ。考古学の知識を得るのはそれはそれは楽しかった。バビ様に仕向けられたものじゃったがの」
 スクレータが好きで選んだ道であった。錬金術に関する学問に取り組むことは。どうやら彼は根っからの学者肌であったらしい。
「私にはギョルギスというお父さんみたいな人がいる。親と呼べる人がいるだけ私は幸せなのかしら?」
「ワシの親のようなお方であったバビ様は死んでしもうた。じゃが、シバにはまだ家族がいよう?それに、ワシら皆仲間じゃ。切っても切れない絆で結ばれた、それこそまさに家族のようなものじゃ。それで十分ではないかの?」
 大切なのは今どのように過ごすことである。それによって幸不幸は決まる。過去など今には全く関係ない、シバは思った。
「…そうね、スクレータ。私にはかけがえのない仲間がいる。それだけで十分よね?」
「ああ、十分じゃとも」
 シバとスクレータは微笑むのだった。
     ※※※
 チャンパ村はアンガラ大陸の南東部に位置し、近くにはシーアン村があるのだが、その趣はまるで異なっていた。
 後方を山岳地帯に囲まれ、大イースト海に直面した小さな漁村、それがチャンパである。シーアンと違い、険しい山に阻まれているせいで、大陸西部の文化が伝えられず、生活のほとんどを漁業で賄う発展途上の村であった。
 チャンパの地は痩せこけており、作物を作るにはとても不可能であった。北のシーアン村からの援助を受けようにも険しい山岳地帯のせいでそれも難しく、山間部を越えるのに数日かかるほどであった。これでは支援が困難であるのも仕方のないことだった。そのためチャンパでは食の全てを漁業に依存していたのだ。
 ある時、チャンパの近海に全くといっていいほどに魚が捕れなくなってしまった。アンガラ大陸中央部、アルファ山の異変の起こった日と時を同じくしての現象であった。
 次第にチャンパは食糧難に陥り始めた。生きるためにチャンパの民が選んだこと、それは海賊になることだった。
 チャンパの青年パヤヤームを中心とした海賊団がインドラやオセニアといった南部の大陸を襲撃した。略奪を繰り返し、そろそろ食料も十分に手に入ったかという所で、パヤヤーム達は捕縛されてしまった。しかし、手際よく脱走し、パヤヤーム達はチャンパへと帰り着く事ができた。そしてしばらくの間、チャンパには安寧の生活が戻っていた。ある一人の男の周辺を除いて。
 チャンパの元海賊であった青年が村の絶壁にある洞穴を走っていた。
 パヤヤーム等の村の上層階級とも言える者はこの洞穴の中を住処としていた。下層階級の者はボートの上にテントを張るという貧相な住処を持っている。
 チャンパの青年は洞穴の二層部奥にある部屋へと駆け込んだ。そこがパヤヤームとチャウチャ夫妻が住む家だった。
「た、大変ですぜ、パヤヤーム!」