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結局最後に残るのは、「すき」と「だいすき」なんだろう姉弟の話

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 ──ある日の事。
 帰宅してから弟が風邪で学校を休んだと知り、以前のあれやこれやを思い出し。
 この姉のする行動といえば、当然、勿論ろくでもない事な訳で。
 今日も今日とて自重を知らず、黒木智子は弟の部屋へと向かう。
 ……その後に起こる色々を、予想する事も無く。


「また風邪ひいて優雅にお休みとはいいご身分ですね!!」
 ばたん!!と乱暴にドアを開け、反応が無い事にあぁ?無視かよ弟の分際で!!などと荒み切った事を思う智子だが、ベッドの中の智貴の様子に気付いて口を噤んだ。
 赤い顔と、荒い息。それでも今の騒々しい智子の登場にも反応を示さない程度には深い眠りに入っているらしい、弱々しいその姿。
(なんだ、随分と具合悪そーだな……。この前より重症っぽいぞ)
 そろり、と近付き、布団で半ばまで隠された顔を窺い見る。
 ……浮かぶ玉の汗と赤く染まる顔はなんというか。
(……男のくせにエロいってなんだ)
 恐ろしいな我が弟……などと思いつつ、溜息一つ。
 反応が無いのは、なんだかつまらない。
 姉であるこの自分に、事ある毎に生意気にも反抗して文句を飛ばしアイアンクローかましてきやがるけれど。
 ベッドの前にちょこん、と座って弟の顔を見詰める。
(……無駄にでかくなって、おねーちゃんを見下しやがって。サッカー部ではレギュラーでリア充一直線であれだろ自分のボールを女子マネにハットトリックかますんだろこの夜のストライカー様は。くっそ、なんでこいつばっかり。私だって美少女……の筈だし!!ちょこっと人と話したりするのは得意とは言えんが、こんな美少女がひとりでいたら普通気になるだろ声くらい掛けろよヘタレウジ虫共め!!)
 色々と酷い内心だが、声に出していないだけマシだろう。
 弟への罵倒から周囲の有象無象への憎悪にシフトしたのも智子にとっては常道だ。妄想は彼女のライフワークである。大した問題では無い。
(……しかし……)
 ひとしきり憎悪と呪詛を声に出さずに内でぶちまけ落ち着いたのか、智貴へ目を戻し。
(……このまま風邪菌うつされてもなー。また休日に発症して休み潰す羽目にもなりかねんし……)
 部屋戻ろっかな、と天を仰いでそのまま暫し。
 首を回して意味無く伸びをし、ゆらゆら左右に身体を動かし、そのままぽてんと後ろに倒れ。
(……何やってんだ私は)
 自問自答してみるも、答えは出ない。……訳でもなく。
(……いや、まぁ、うん……)
 何故だか名残惜しいというか。
(あ、うん、違うから。私が智貴のそばから離れたくないとかじゃなくて、こいつもほら、弟だし?こんなやさしーお姉さまが看病してくれたとか泣いて喜び感謝するだろうからそれを見てやってもいいかなーとかうん……)
 誰に対しての言い訳か、何故か汗をだらだら垂らしつつ、自覚無く頬も染めつつ内心でつらつらと呟きつつ。
 しかし続く言葉が見付からないので誤魔化す様にがばりと身を起こし、ふん、と鼻を鳴らす。
「ま、まぁ、おねーちゃんは優しいからな!!仕方ないからタオルでも水につけて……」
 と、以前の事を思い返す。
(そういえば、ちゃんと絞れとか言われたっけ)
 仏頂面でほんとダメダメだな、とか言われてムカッときたが。
(……チッ、なんかまたムカついてきやがった……まー確かにびちゃびちゃだったしな)
 あの時は色々荒れた。なんかお見舞いというか、わざわざプリントだかを届けに来た奴もいたし。
(……やっぱり部屋戻ろうかな)
 どうせ自分なんかいなくても平気だろうし。またお見舞いに来る奴とかいるかもしれない。邪魔だとか思われるのもちょっと……キツイし。
 いつになくネガティブな事を考えて、沈みながら腰を上げようとして。
「……おねーちゃん……」
「うおぅ!?」
 いきなり掛けられた声に、びくうっ、と身体を仰け反らせた。
 見れば、そんな大袈裟なリアクションに何を言うでもなく、ぼんやりとしながら自分を見る弟の姿。
「な、なんだ、起きたのか?」
「………おねーちゃん」
 どこか幼い口調で自分を呼ぶ弟に、首を傾げながら近寄る。
「なんだよ気持ち悪いな。熱でもあるのか……ってあるんだよな」
 そんなに悪いのか?と少しばかり心配になって、そろりと額に手をあてる。
「うーん……よくわからんが……」
 取り敢えずタオル持ってくるか、と手を引こうとしたが、智貴にその手を掴まれ引き止められた。
「……うん?どーした弟よ」
 おねーちゃんの手つめたいからこのままーとかベタな事言うんじゃないだろうな、寝惚けすぎにも程があんだろ、なんて思いつつ、まぁ熱あるんだろうしネタにはしないでやろう、とも思いつつ、智貴の言葉を待つ。
「………いっしょにねて」
「ほわっ!?」
 予想の斜め上だった。
「………ねて」
「お、おおお弟?」
 じっと自分を見詰めながらの弟の台詞に動揺してどもる智子。
(どうしたんだこいつ……。熱でどうにかなってしまったのか?……あれかな、病気になると気弱になって人恋しくなるとかいう……)
 まぁ自分にも覚えはあるが。
(しかしだからといってこの年でベッドを共にってそれなんてエロゲ?)
 その前にすげえ風邪うつりそうだしなぁ……と考え込む智子に焦れたのか、ぐい、と掴んだままの手を引っ張る智貴。
「おわっ!?」
 不意をつかれたせいであっさりと引き寄せられる。
 それでも布団の中まで引きずり込むには力が足りないらしく、覆い被さる様に倒れ込む形になった智子と至近距離で目を合わせ、
「………いっしょにねて」
 我侭を言う子供の様に、ただその言葉を繰り返した。
「え、ええええ、えーと………」
 感情を乗せない声での要求と、未だにぼんやりと、しかし自分から視線を外さず見詰めてくる瞳と、掴んだまま離そうとしない手とに、智子は困惑する。
 少しだけ悲しそうに、弟の顔が変化した。
「………だめ?」
 更に、こちらも悲しそうな色を含んだ声でそう問われ。
 嘗ての弟の姿が思い出される様で、智子も“おねえちゃん”だった頃の自分に戻った様に、困惑は引き摺りつつも。
「あ、あーうん、一緒に寝ようか、智くん」
 出来る限りの笑みを浮かべて、出来る限りの優しい声で、そう言った。



(うーん……なんだろうな、これ)
 流れのままに布団に入ったはいいが、がっちり自分の腰を掴んで離さない弟に、智子は未だに困惑する。
 身長差と体格差のせいで本来ならば抱き込まれるのはこちらだろうが、今現在弟は胸辺りに顔を埋めている。
 甘える様に額を擦り付ける様子に子供っぽさは感じても、いやらしさは感じない。
(熱のせいなんだろうけど……あれか、幼児退行的な)
 照れはあるが、まぁ悪い気はしない。
 ここまで普段と態度が違うのは些か不気味に思ってしまうが、昔はこんな感じだったのだし。今更嫌悪感が湧く訳でもなく。
(……まーこれ覚えてたりしたら憤死モノだろうけどなー。いや、恥ずか死ぬ感じか。……お姉ちゃんも結構恥ずかしい感じだぞ、これ)
 幼児の頃はくっついているのがデフォで、日常的にちゅーとかしていたが、流石に今の年でやれる事では無いだろう。