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結局最後に残るのは、「すき」と「だいすき」なんだろう姉弟の話

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(………………いや!!そんな訳ねーだろ、こんなバカに!!こいつだってどうせあれだろ、なんか変な妄想してこの状況を他の男で変換してるとかっ…………え、誰それ殺す)
 自分で想像して思わず本音が出た。
(いやちげえよ!!姉ちゃんが他の誰と何しようがっ…………)
 そこまで考え、イラァ……となった。
 自分の得てしまった感覚を否定する筈が、どんどんおかしな方向へと向かっていく。だが、その暴走は止まらない。
(いや違うからマジ違うからこいつうぜえだけだから!!一応姉だから必要最低限の心配とか家族の情とかあるだけでその範疇なだけだから!!)
 目を閉じて自分に言い聞かせるように、或いは誰かに弁解をする様に心の中でそう叫ぶが、未だに腕は姉の腰に絡んだままだ。
 色々と理由をつけてはいるが、結局離すことが出来ない時点で答えは出ているのだろう。
(……別に、俺は……)
 華奢で小さい姉の身体。
 抱き込もうと思えばすぐにでも。
 ……勿論、そんな事はできないけれど。
 この腕は、自然を装って離すしかない。……それでも放せはしないだろうけれど。
(……拗らせてんなぁ……)
 諦めた様に溜息一つ。
 この場で腕は離せても、本当に放す為に自分の手は聞き分けよく動くだろうか。
 幼少の頃ならただただ無邪気に、真っ直ぐに。
 姉に手を伸ばし、素直に求めて笑っていられたけれど。
(………………いざとなったら攫って逃げるか)
 親が泣くよなぁ……と重い気分で溜息を吐いてから、風邪のせいか心因的なものか、痛む頭にきつく目を閉じて。
 現実逃避するかの様に、姉の腰を抱いたまま、姉の胸に顔を埋めて。
「……姉ちゃん……」
 いつまで一緒にいられるかなんて知らない。
 面倒だし鬱陶しいしうざいけれど、それでも嫌いになれる筈もないし、結局は。
「……だいすき、だ……」
 幼少期には幾度となく、無邪気に、当然の様に繰り返したその言葉を。
 智貴は今、色々な感情を、想いを乗せて、苦しそうに吐き出した。





「……ん……ぅおっ!?」
 覚醒し、数瞬の間を置いて、がばり、と身を起こす。
 きょときょと周りを見渡して、弟の部屋だという事を思い出し。
 慌てて弟の姿を捜すが、見当たらず。
(……ぬ、抜け出しそびれたーーー!!)
 思わず頭を抱えた。
(やべえ、何言われるかわかったもんじゃねえ……つーかあいつ覚えてんのかな……)
 もしそうだとしたら、気まずいなんてもんじゃない。
 しかし覚えていないとしても、一緒に寝ていたという事実はもう知られている訳で。
(……このまま部屋帰って知らん振りすればあいつも触れてこないんじゃね!?)
 そうだよあいつクソリア充なんだからそれくらい空気読めんだろ寧ろ読めよ信じてるぞ弟!!と勝手な事を思いつつ、そそくさと自室に帰ろうとして。
「あ」
「げ」
 ドアを開けた所で遭遇した。
「……おはよ」
「ぉ、おう、おはよ」
「………………」
「………………」
 双方無言。
 合わない目線と気まずい沈黙が、最高に居心地悪い。
「……あー、何だ……。迷惑、掛けたな」
「ぅえっ!?」
 頭を掻きながらの弟の言葉に、ひっくり返った声を出す。
「お、おまっ……覚えてるのか!?」
「……よくは覚えてねーけど」
「そ、そうか……」
 顔が赤くなるのは何故なのか。
 弟の顔をまともに見られず、俯いて。
 だがこのままでいる訳にもいかないと行動する。
「ね、熱どーした。下がったか?」
「ん、あ、ああ、まあな」
「ま、まったく、駄目な弟だな、お前はっ!!この優しいおねーちゃんに感謝しろよ!!死ぬまでな!!」
「……はいはい」
「なんだそのぞんざいな返事はっ!?」
 無理矢理なテンションで声を上げ、弟の呆れた様な反応に食って掛かり。
 そんな感じで元の空気に戻ればいいと。
 だが、そんな目論見は呆気なく。
「……死ぬまで姉ちゃんの傍にいりゃいーんだろ。わかってるよ」
「………………ぅん?」
「飯できてるって」
「あ、うん……」
 戸惑う智子の横をすり抜け、部屋に戻り扉を閉める寸前に。
「……俺は、姉ちゃんの事放す気ねーから」
「え」
 振り向いた時には扉は閉まっていた。
 呆然としつつ、智子は緩慢な動きで首を傾げつつ。
「………………え?」
 その言葉の意味を理解しないまま、それでも赤い顔で。
 何故か煩く騒ぎ始める自身の鼓動を感じながら、戸惑いの声を漏らしていた。





 自室に戻り、扉を閉めて、鍵も掛け。
 溜息を吐いて、ベッドに座る。
 未だ姉の体温の名残があるのを見付け、半ば呻きの様な声を漏らした。
(……俺は何を言っているんだ)
 何だあのアホな宣言は。絶対変になったと思われたぞ大丈夫かって大丈夫じゃねーだろどうすんだおい。
 片手で顔を覆い、思考に沈む。
 もう片方の手がベッドに残る姉の温もりに伸びているのが救えない。
 そう思ってはいるものの、その手を止める気も無く、自嘲の溜息を吐き。
(……まだ熱あったって事で忘れてくれねーかな……)
 いや、無理か……。どうせ事ある毎にからかいのネタにすんだろ、と即座に否定して。
(……もうこれ諦められるならとっとと言って迫って手酷く拒絶されるしかなくねえ?)
 それでも綺麗に諦められるとも思えないのが痛いが。
 寧ろ自暴自棄になって暴走して力任せに襲って攫って監禁コースに入るかもしれない。
(どんなヤンデレだよ現実のヤンデレなんてただの病んだ人だよしかもそれが実の弟とか笑えねーよ!!)
 どっちにしろ、こんな想いを抱いた時点で詰んでいる。
 解っている。それでも止められない想いはあるし、諦める気も、実の所、既に無い。
「………………どうするか」
 そう呟くものの、もう心は決まっている。
 まずはこの手に堕ちてもらおう。
 親の事も考えなくてはならないが、まぁそれは後回しだ。
 いつまででもどこまででも、姉の傍にいる事なんて、当然で確定した現実だ。
 このままいけば普通に、自然にそうなるだろう。
 しかしこの先、何がどうなるかなんてわからない。
 それなら。
「……今更だろ」
 姉は結局、自分の事が好きで、依存している。それが家族愛の範疇だとしても構わない。いつか他にそれ以上に好きになって依存する誰かを見付けるかもしれないが、そんなものは潰せばいいだけだ。
 だから、その依存を加速させてやろう。その依存心を他のものに錯覚させるのもいい。家族愛を言い訳にして免罪符にして共に居る理由にするのもアリだ。
 今自分が浮かべているのは随分と歪んだ笑みだろう。姉が見たら怯え、しかし虚勢を張って罵倒してくるに違いない。
(ああ、それも可愛いかもな)
 それを力で封じてその身体を抱き込んだら、大人しくなるだろうか、戸惑うだろうか、暴れるだろうか。
 想像して、笑う。自嘲なのか愉しいからかは自分でも解らない。
 ……肉体関係云々も後回しだ。
 胸に抱かれていても、明確な性欲は湧かなかった。ただ、安堵が在り、喜びが勝った。
 今はただ、傍にいられればそれでいい。…触れてはいたいし触れられてはいたいが。
(……救えねえな)
 智貴は自嘲しながら、しかしどこか清々しく笑いながら。