弓道はるちゃんとその彼氏
当日
日曜日、浅い青色の空に白い雲が穏やかに浮かんでいる。
風は冷たいが、薄い陽の光が降りそそいでいる。
いい天気だ。
木々の葉は色づき始めている。
凛は県の総合体育館の敷地内に足を踏み入れた。
まわりには自分と同じ水泳部員たちがいる。
部長の御子柴が言い出したこととはいえ、強制ではなく、あくまでも有志のみの参加で、昨日のあの時刻に急に決まったことであるので、予定のある者や気の乗らない者は参加しなくてもかまわないのだが、結構な人数が来ている。
みんな、鮫柄学園の制服を着ている。
昨夜、学生寮にもどったあと、御子柴から携帯電話にメールが届いたのだ。
『明日の参加者のドレスコードは制服で!』
私服で行くつもりでいた凛は、意味不明だと思った。
鮫柄学園の制服は白い学ランだ。
すでに総合体育館周辺には様々な高校の学生がたくさんいるが、その中でも、目立っている。
水泳中心の生活を送っている凛は特に意識をしたことがないのだが、鮫柄学園は水泳の強豪校というだけでなく全寮制の名門進学校としても有名で、制服のデザインだけでなく学園のブランド力が人目をひくのだ。
その鮫柄学園の白い学ランを着た、水泳できたえた体格の良い男子が、集団でやってきている。
あちらこちらから視線が放たれている。
他校生の水泳関係でもない試合の応援にドレスコードって、気合い入りすぎだろ。
そう凛は思う。
なんでこんな大事になった。
きりっとした顔つきで歩きながら、凛は内心ちょっとひいていた。
「アレ、岩鳶じゃないか?」
鮫柄学園水泳部員のひとりが声をあげた。
凛は声のほうを振り返る。
声をあげた部員もうしろを見ていた。
鮫柄学園水泳部の集団の後方に、岩鳶高校の制服を着た男女の集団が見えた。鮫柄学園の白い学ランに比べると地味なブレザーである。
あの集団の中に遙もいるはずだ。
凛は眼を細めて見る。
鮫柄学園水泳部員たちは全員、足を止めて、岩鳶高校の集団を見ている。
岩鳶高校の集団が鮫柄学園水泳部の集団に近づいてきた。
凛は遙の姿を見つけた。遙はいつもの無表情で歩いている。
そのとき。
「本当に弓道部以外の子が試合に出るんだ!」
岩鳶高校ではない高校の制服を着た女子が声をあげた。
ハッとした様子で岩鳶高校生たちは立ち止まり、緊張感を漂わせる。
他校の女子生徒は岩鳶高校生たちの視線を集めても揺るがず、さらに言う。
「たったひとり故障者が出たぐらいで、ふだんは弓道以外の練習してる他の部の部員に試合に出てもらわないいけないなんて、すごい弱小部よね」
その女子生徒は言い終わると、口角をあげた。
あざけるような笑み。
凛は手を拳に握る。
足を踏みだそうとした。
だが。
それよりまえに、遙が女子生徒のほうへ進み出た。
無表情のまま口を開く。
「弱いかどうかは今日の結果が出てから言え」
感情のこもらない、冷静な、それでいて、いつもよりも強い声。
その声が周囲の空気をピシリと打った。
遙は一切ひるまない瞳を他校の女子生徒に向けている。
女子生徒は口を引き結んだ。
ムッとした表情。
しかし、言い返さない。
言い返したいところだろうが、遙の実力がわからないので現時点ではなんとも言えないのだろう。
女子生徒は怒りで顔を紅潮させ、けれども結局言い返さないまま、身をひるがえし、去っていった。
彼女がいなくなると、岩鳶高校生たちはホッとした様子になった。
そして、岩鳶高校生たちは歩きだす。
鮫柄学園水泳部の集団との距離が縮まってくる。
遙が前方に凛がいるのに気づいた。
眼が合う。
いつも通りの、静かな遙の瞳。
勝ち負けなんてどうでもいい、なんて言うくせに、本当は負けず嫌いじゃねぇか。
そう凛は思い、笑う。
遙は表情を変えない。
さらに距離が縮まる。
やがて、すれ違う。
そのまえに。
「頑張れ」
凛は言った。
すると。
ふっと遙の表情が変わった。
口の端がわずかにあがる。
少し笑った。
けれども、その笑みはすぐに消えた。
いつもの無表情にもどる。
そして、すれ違った。
「じゃあ、俺たちも行くか!」
御子柴が部員たちに呼びかけた。
会場へと、鮫柄学園水泳部員たちは歩き始めた。
作品名:弓道はるちゃんとその彼氏 作家名:hujio