世話好きな猫【りんまこ】
真っ暗だった道が光のトンネルに続き、白く輝いていたからだ。
この先何が待っているのか知りたい。
猫を追い掛けていたことを忘れ、凛はスピードを上げて光へと飛び込んでいった。
霞が晴れ、景色が現実を帯びて来る。
気づくと凛は一人、どこかの鳥居の前に立っていた。
潮の匂いが彼に妙な安心感を与えてくれる。
鮫柄学園の近くにある神社ではない。
海馬の奥で引っかかった、既視感を持つそこ。
真琴にどうしてリレーにこだわるのか聞かれた場所だ。
自分が元居た場所からは随分と離れているのに、どうやって来たのだろうか。
オカルトめいた疑問を拭えないまま、凛は一歩、また一歩と短い石段を下りていく。
小さな鳥居を潜り終えたところで、彼は立ち止った。
そう、ちょうどこの辺りだ。
真琴が不思議そうに俺を見た場所は。
「え、凛!?」
名前を呼ばれハッとした。
顔を上げる。
声を聞き間違えるはずがない。
見間違える道理がない。
階段を下りた先。
幼い頃、真琴の質問に曖昧な答えしか告げられなかった凛が重なる場所。
そこに正真正銘、凛の好きな橘真琴が立っていた。
先程まで誰も、人の来る気配もなかった所に、だ。
凛が驚きのあまり上擦った声を出す。
「ま、まこ、真琴!?なんでお前がここに・・・!?」
残りの階段を降り、凛は真琴に駆け寄った。
随分と広げられてしまった身長差が内心面白くない。
真琴は凛の心情など知る由もなく、ただ不安げに首を傾げた。
「俺はいつもの猫を追い掛けて、って凛もどうして・・・・・・?」
真琴の手には、猫缶が一つ入ったビニール袋が下げられている。
お互いがお互い、何故ここにいるのか分からないといった様子だ。
無理もない。
自分自身でも疑問しか浮かばないのだから。
『全く世話が焼ける若者たちだ』
2人のものではない、低く老婆のような声音が後ろから聞こえた。
真琴が口をあんぐりと開け凛の後ろを見ているものだから、彼も何の気もなく振り返る。
いつも世話をしていた白猫が大きくなって座っていた。
常識で考えられない大きさだ。
体の幅は鳥居の柱間と同じくらい。
高さも貫と同じくらいだろうか。
貫にかけられたしめ縄が所々白い毛に埋もれている。
窮屈そうに石段に座り、正面を向き真琴と凛を金の瞳に映す。
【猫又】
そんな言葉が凛の頭の中で踊る。
彼の思考を肯定するように、にっこりと口が裂けるのでは、と思う程猫が笑う。
そうしてゆっくり、まるで不思議の国の住人のように消えていった。
2人は思わず顔を見合わせる。
みるみるうちに、怖がりな真琴の目に涙の膜が張っていく。
少し可哀想になる程だ。
真琴にとっては無意識なのだろう。
凛の袖を強く握る。
幼子のような真琴の行動に思わず凛の口元が緩んだ。
彼は掴まれた袖とは反対の手で、自分より高いアッシュの頭を優しく撫でる。
そのまま、真琴の頭を自分の肩口へ引き寄せた。
真琴は筋肉質な体をさらに強張らせ、体躯に似合わぬ可愛らしい悲鳴を上げる。
しっかりと凛の体を抱きしめてきた。
じわりと肩に感じる温かい水。
それが真琴の涙と分かるのは一瞬だ。
どうにもその行動が凛には可笑しくて仕方がない。
遙の事故のときでさえ、人前では泣かなかった真琴が。
自分の腕の中で泣いてくれることが嬉しい。
いつの間にか口元が緩み、鋸のような歯が真琴の髪から覗き見えた。
風に踊る赤い髪をかきあげ、凛は猫がいた方を見上げる。
最後に残された尻尾がゆっくりと左右に揺れ、名残惜しげに別れを告げた。
今の今まで一本だと思っていたその白い尾は、見事二股にさけていた。
2人の夏はここから再び、始まる。
作品名:世話好きな猫【りんまこ】 作家名:美潮