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魔王と妃と天界と・1

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何度目かの天界訪問。
 ラミントンの屋敷にて、言葉を交わすのは大天使ラミントンと魔王ラハール。
 各々の世界の情報交換と軽い世間話を終え。
 紅茶で喉を潤し、ところで、とラミントンが切り出す。
「そろそろ百周年だね」
 …相変わらず穏やかではあるものの、その声はどこかうきうきと弾んでいた。
 いつもの落ち着いた微笑を湛えてはいるが、纏う空気や雰囲気から、わくわくと期待しているのが見て取れる。
 その様子に、こいつ、こんなんだったか?とか思いつつ。
「……お前、まだ天界で二次会という名の結婚式やるの諦めてなかったのか……」
 呆れた様にラハールが零した。
「何度やってもいいものだと思うよ?まぁ、流石に百年目で二度目の式というのもアレだから、記念日という事で何か催しを…。そうだね、魔界と天界の交流パーティなども兼ねてどうだろうか。天界と魔界の住民全てが目にした訳ではないだろうし、その際に式の再現をするのも良いと思うのだけど」
 ラミントンの長ったらしい返しに、あ、ダメだ、どうあってもやる気だこいつ。そう悟って、溜息を吐く。
(百年前から事ある毎に言ってはいたが……)
 天使というのは、なかなかに頑固だ。
 目の前の大天使は言うに及ばず、己の妻の言動を思い出してもそんな感じである。ラハールがそんな結論に達するのも仕方の無い事だろう。
 尤も、ラハールが深く知る天使など、その二人ぐらいなものなのだが。
 それはそれとして、とラハールは思考の方向を式の内容へと移す。
「……まぁ、オレ様は構わんが……」
 しかし誓いのキスとやらはどうだろう。
 正直もう開き直っているとはいえ、流石に照れがある。…フロンも人前は恥ずかしがるし。
 いや、でもあれは儀式として省いてはいけないものらしいしな……と考え込む間も無く、
「じゃあ早速やろう!!」
「早ぇなオイ!!」
 こちらの心情などお構いなしで即断するラミントン。
 そんなにしたかったのかこいつ…と八割程の呆れと共に溜息を吐く。因みにあとの二割は驚きだ。
 何か笑顔がキラキラしてたし、感嘆符付きの台詞なんて初めて聞いたし。
 ここ百年の付き合いであまり表情を変えないながらも、多少はラミントンの感情を出す所も見てきたが、ここまでわかりやすいのは珍しい。
(……こいつも結局、天界で結婚式やってフロンの晴れ姿を生で見たいだけだろうがな……)
 なんのかんのと理由をつけてはいるが、結局はそこなのだろう。
 血の繋がりは無いが、これは親馬鹿で間違いない。…某ビューティ男爵の同類という事だ。
 しかし、事はそう簡単にいくかどうか、とラハールが眉根を寄せながら口を開く。
「……だが、こちらにもいたであろう。未だに反対している者が」
 その台詞に、ラミントンの周りの空気が目に見えて沈む。
 微かに刻まれた眉間の皺が、その言葉を肯定していた。
「……まだあのままか」
 溜息。
「……困ったものだよ」
 返る言葉は、表情と同様に苦々しく。
「何をするにも反対するからね、あれは」
「もう永久に牢に入れておけばよいのではないか?」
「流石にそのままではマズイんだよ」
 投げ遣りなラハールの言葉に、ラミントンは困った様に苦笑しながら言う。
「せめて役職を奪ってしまったらどうだ?」
「それでは暴走しそうだからね…。側に置いておくのが一番面倒が無いんだよ」
「……そのせいで来れなかったがな」
「それを言われると……痛いんだけどね」
 ラミントン自身は戴冠式にも結婚式にも参列するつもりだったのだが、その者の反対により魔界に行けなかったのだ。
 他に、マデラスを引き取ろうとした時に苛烈に反対した事もある。
「……たまに、殴りたくならんか?アレ。寧ろ殴りたくなる顔だろう、あのヒゲ面」
「………ノーコメントで」
「それは肯定と同義だと思うぞ」
 ラハールの突っ込みに、ラミントンは曖昧に微笑うだけだった。



 大天使と魔王がそんな遣り取りをしていた頃。
 居間では天使が二人、対峙していた。
 片方はラハールと共に天界に来ていたフロン。
 そして、もう片方が。
「……ブルカノ様」
 ヒゲ面の悪人面だが、その背には確かに天使の白い翼。
 天使長ブルカノである。
「ふん……魔王の妻などがよくもおめおめと天界に姿を現せたものだな」
「わたしはラハールさんの妻ですが、天使ですから」
 嫌悪を隠そうともしないブルカノをフロンは真っ直ぐに見据え、きっぱりと答える。
「それに、魔界の住人が天界に来てはいけないなんて、誰も決められない筈です」
「……よくその様な事が言えたものだな。魔王に取り入り、魔界を支配した次は、天界をも支配するつもりなのだろう!!ええい、この堕天使もどきが!!恥を知れ恥を!!」
「……ブルカノ様。あなたは相変わらずなのですね」
 ブルカノの勝手な言い様に、随分と冷えた声でフロンが返す。
 普段のフロンを知る者であれば、思わず一歩引く程度には迫力を伴う声だった。
 だがブルカノは普段を知らない故か、ふん、と鼻を鳴らし。
「お前などにこの天界を好きにはさせんぞ!!あのラハールとかいう魔王にもだ!!」
「ラハールさんはそんな事しません!!」
「黙れ!!あんな悪魔などを信用できるかっ!!」
「大天使様はラハールさんを信頼して下さってます。あなたも少しは周りを良く見て、その偏見と思い込みに曇った目をお醒ましになって下さい」
「何だと……!!」
 フロンの凛とした眼差しと言葉とに気圧されながらも、ブルカノは怒りに顔を染め、ぎりり、と歯を軋ませる。
 そんなブルカノの姿に、フロンは内心で溜息を吐く。
(どうすれば解ってくれるのかしら……)
 天界に来る度、会う度に言葉を交わし合ってはいるが、全く効果は無い。
 きっと、自分の言葉だけでは駄目なのだ。
 それは解っているが、どうすればいいのか、具体的な案は出てこない。
 魔界で悪魔達との話し合いはそれなりにしてきたつもりではある。が、ブルカノ相手では根気強く話し合うという手段が、自分的に辛いのだ。こんな事ではいけないと思ってはいるのだが…。
 これはフロンが魔王の妻になり、暫くしてから知った事だが。
 ブルカノは魔王暗殺の為に動こうとし、しかしその動きを察知され、独房に入れられていたのだという。
 最近になって漸く出る事を許されたものの、未だ魔王や悪魔達を悪しき者として嫌悪しているのは間違い無く。
 天使長としての地位はそのままに、力は奪われ、監視もついていた、と。
 …今も監視はついている筈だし本人も知っている筈だが、それでもこの言動である。
 ちょっとやそっとの事ではこの考えを変える事は出来ないだろう。
 フロンとしては、魔王暗殺の為に動こうとした、というのが一番引っ掛かっていて、その所為でどうしても構えてしまう。
 それではいけないとは思うし、自覚もあるが、無意識にそうなってしまうのだ。これは自分にもどうにもできなかった。
「む、またやっておるのか、お前等は」
「ラハールさん!!」
「……ブルカノ、フロンを困らせてはいけないよ」
「だ、大天使様っ!!」
 そこへ話を終えたラハールとラミントンが姿を現した。
作品名:魔王と妃と天界と・1 作家名:柳野 雫