魔王と妃と天界と・1
きょとん、としながらブルカノとマデラスを交互に見て、フロンがマデラスに問い掛ける。
「……マデラスちゃん、ブルカノ様と仲良くなったの?」
「なったー!!」
「なってねー!!」
「そっかぁ…。良かったね、マデラスちゃん」
「うん!!」
「聞けよ!?」
ニコニコとマデラスの頭を撫でるフロンと、それを受け入れ嬉しそうに笑うマデラス。そして置いてかれたブルカノがぎゃんぎゃん喚いている。
なんだこれ。
その光景にそんな感想を抱きつつ、何だかんだでこのオッサン大丈夫そうだな、と、この場にいる一同の思いは一致した。
──開け放たれている扉からは、光が漏れている。
魔界にある扉からは、いつも通りに白く眩しい光が溢れ、ユイエの花畑が覗いていた。
(……全く、忌々しい……)
天界に帰る為、ラミントンと共にその扉へ向かうブルカノは内心で毒づく。
思ったよりも、魔界の空は青かった。
冷静に考えてみれば、空気自体もそんなに汚れていなかった気もする。
だが、悪魔は天界に災いをもたらす邪悪で恐ろしい存在の筈だ。
ならば、やはり受け入れる事などできる訳が無い。
(……悪魔など……)
魔界と共に、滅ぶべきだと。
断言できるつもりでいて、迷う己が居る事に気付く事もなく。
「ブーちゃーん!!またねー!!」
「だからその呼び方はやめろぉぉぉ!!!」
手をぶんぶん振りつつそう声を掛けながら見送るマデラスに、反射の様に怒鳴り返した。
他の見送る面々が微笑ましそうだったり苦笑していたりするのが更に血圧を上げる。
「くっ……!!これだから悪魔は!!」
「楽しそうで何よりだね、ブルカノ」
「大天使様ぁぁぁ!?」
見送る悪魔達と同種の笑みを浮かべながらの天界トップの言葉に、血を吐きそうな叫びを上げる羽目にもなったブルカノのライフはゼロに近かった。
それから魔界に、そして教会に来る度に、マデラスはブルカノを案内する様になった。案内というよりは、ただ単に遊びに連れ回している感じだったが、それはそれ。
「ええい、また何故魔界などにっ……!!しかも教会に慣れてからなどと、大天使様も何を考えてらっしゃるのか……!!」
「いろいろだって、せんせーが言ってた!!」
「そんな事はわーっとるわ!!だがな、私は悪魔共を認める気はないのだ!!大体悪魔というものは……」
相も変わらず、ぷりぷり怒りながら悪魔達の事を悪く言い続けるブルカノ。
マデラスはそんなブルカノを不思議そうに見て、
「ブーちゃんは、なんで悪魔がきらいなの?」
「…何?そんな事、私が天使だからに決まっておるだろう!!」
「……決まってるの?」
「当然だ!!悪魔と天使は相容れぬ存在なのだ!!」
「……陛下とせんせーは仲良しなのに?」
「アレは特殊な例だ!!そもそもフロンが堕天使もどきな所為にすぎん!!私の様な真の天使とは別次元の存在なのだからな!!」
「?」
その言葉に首を傾げるマデラス。
「せんせーもブーちゃんも、ここにいるのに?」
“ここ”とは、この魔界の事なのだろう。
マデラスの返しにむぅ、と唸り、
「……貴様には理解できんか……。そういう意味ではなく、もっとこう、精神的なものだ。意識の違い、というか…。ええい、とにかく私の方が偉く、崇高な存在だという事だ!!」
「……すうこう……?」
眉根を寄せ、理解できなかったらしい単語を繰り返すマデラスに、ブルカノがああもう!!と声を上げて頭を掻き毟る。
「とにかくっ!!私の方が偉くて凄いのだ!!」
「ふーん」
「何だその興味の無さそうな返事は!!」
「え、だってブーちゃんがえらくてもすごくても、どーでもいいし」
「酷っ!?……くっ……!!これだから悪魔はっ……!!」
「せんせーはあったかいし、一緒にいると楽しいもん。えらくなくてもすごくなくても、オレはせんせーがいい」
マデラスのその言葉と無邪気な笑みに、ブルカノは言葉を失い。
「………ガキめ」
マデラスから視線を外し、ぽつりと小さく呟いた。
「……何という事だ……」
嘆く声は、天界のどこかから聞こえた。
「このままでは……」
「まさか天使長までも……」
「天界はどうなってしまうのだ……」
悲痛に満ちた声。不安に塗れた声。悲嘆に暮れた弱々しい声。
それらは小さく、か細く、数少なく、しかし確実に存在していた。
さざなみの様なその声は、様々な想いを含んで徐々に広がり、次元を越えて、どこかへ届く。
「やはり我々が動かねば……」
「しかしそれは……」
「だがやるしか……」
決定打となる台詞は無い。
だがその声は、思想は、願望は。
消える事は、終ぞ無い。
「おのれ……おのれおのれおのれぇぇ!!」
憤怒の叫びは、魔界のどこかで響いていた。
「何故アイツがのうのうと……!!許さん、許さんぞ……!!殺してやる、潰してやる、壊してやる……!!」
呪いと恨みと憎悪に塗れたその声は、どこかの何かに干渉する。
暗く澱んだ負の感情の塊が、泥の様にどこかへ流れ落ちていく。
「……欲望を果たそうとするのは、悪魔のあるべき姿……。く、くくっ、くははははは!!ああ、そうだ、当然だ!!悪魔はそれが正しいのだ!!」
狂った様な哄笑がその場に広がる。
「貴様の言う通りだ!!ああ、ああ、そうだ!!だからてめえは無様に死ぬべきなんだよ!!」
殺意と悪意を纏ったその声は。
喜悦を交え、膨らみ続ける。
それらの声に呼応する様に、ざわざわと、光届かぬ闇の底で、何かが蠢く気配がする。
微かな歪みが発生し、どこかの空間が小さくひび割れた。
その隙間から覗く何かが、ゆっくりと、静かに、そして禍々しく──嗤っていた。
作品名:魔王と妃と天界と・1 作家名:柳野 雫