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やさしい獣に祝福を

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やさしい獣に祝福を


「…、…ぅ…」

微かなうめき声が静雄の耳に届いたとき、彼は自分の失態を悟った。害虫駆除に無我夢中になり、周囲への認識がはじけ飛ぶのはいつものことだ。しかし、その痛々しげな声は明らかに子どものものであり、それに気づいた時、怪力を持て余す男は、いつもの何倍もの自己嫌悪に襲われた。怒りから解き放たれ、道路標識であったものが手から滑り落ちる。哀れに変形したそれはアスファルトと衝突して、虚しい音を立てた。

怪獣から人間に戻った青年は、自己嫌悪に沈みながらも、巻き込んでしまった不幸な一般人の姿を探して、辺りを見回す。自動販売機の残骸の傍に、来良の制服を来た小さな少年が座り込んでいるのが見えた。自動販売機を投げたのは、臨也の姿を見つけた直後だったはずだから、自分たちが暴れている間もずっとこの少年はここにいたのだろう。きっと怪我をさせてしまったのだ。それ以外に、この戦場のような場所から逃げずに、座り込んでいる理由などないだろう。静雄は、改めて自分の力を呪った。

立ち尽くすバーテン姿の青年に、少年の目が向けられる。そして、顔見知りだと気づいた。セルフィの友達だ。静馬の逆鱗に触れない希少な友人の大事な友人を巻き込み、ケガをさせたのか。更に、サングラスの向こうで目の色を暗くする男に、少年は小さく笑った。安心したような笑みだった。自己嫌悪も一瞬忘れ、呆ける。まっすぐに見つめてくる目には、怯えも拒絶も浮かんでいない。きらきらしていた無邪気な瞳が、ふと何か理解不能な感情を浮かべる。何を言ったらいいいのかわからず、見つめ返していると、次第に居心地が悪そうに、それでも少年は視線を逸らさず、口を開いた。

「…あの、大丈夫ですか?」

「それは、お前だろう」

怪我をさせた張本人に向かって、心配の言葉をかけるとは、剛毅なのか、底なしのお人好しなのか、ただ単に頭が足りないのか。戸惑いながら、彼の名前を思い出すことに努める。確か、大人しそうな顔に似合わない、仰々しい名前だった。

「大丈夫です。ありがとうございます。」

なぜ怪我をさせた人間に心配され、あげくに感謝の言葉を言われているのだろう。むしろこちらが詫びるべきであり、いくら罵られても、怒る権利などないはずだ。

「…ええと、竜ヶ峰だったっけ」

「はい」

今度の笑顔は、嬉しそうだった。名前を覚えられていたことが嬉しいのだろうか。素直な笑顔に好感を持ち、その瞬間、無意識のうちに静雄の中で竜ヶ峰ムカつかない人間に分類された。

「悪かった。その、怪我させちまったみたいだし」

「いえ、これくらい。臨也さんを追い払ってくれましたし…」

天敵の名前に、頭の隅がかっと熱くなる。その熱が広がる前に、笑顔を曇らせた彼への同情が沸き起こる。胡散臭い笑顔と口車で他人を陥れ、愛を嘯きながら手のひらで転がす卑怯者に、なぜこんな子どもが目をつけられたのかはわからないが、きっと酷い事を言われたに違いない。奴の毒に満ちた言葉に嬲られ、挙句に喧嘩に巻き込まれて、怪我をするなんて、災難にもほどがある。

静馬は、あまりにも可哀想な子どもに歩み寄り、背を向けて、腰を落とした。

「新羅のところに連れていってやる。乗れよ」

「えっ!?いえ、そんな、そこまでご迷惑かけるわけには」

「いいから乗れっつってるだろ!」

何も考えず、怒鳴りつけてしまった後、背後で大きく身を震わせた気配にはっとして、苛立ちを振り払う。

「…悪りぃ、俺我慢とかできなくてよ。迷惑かけてるのは俺なんだから、これくらいさせろ」

「…はい。じゃあ、お願いします」

肩にかかる手の小ささと、続いてかけられた体重の軽さに、内心驚きながら、腰を上げる。支える手の力加減に戸惑いながら、散らばる何かの残骸を踏まないように足を進めた。

「静雄さんは、強くて、すごいですね」

「…何がすごいんだよ」

「ええっと、あの臨也さんを追い払えちゃって、こうやって僕のことを軽々背負えちゃうくらいの力があることが、です」

「…」

彼が述べているのは事実だ。しかし、かなり美化されている気がするのは気のせいではないだろう。

「俺の力は、ただの暴力だ。壊すしかできねえ。だから関係ないお前にも怪我させちまった。すごくもなんともねえよ。俺は我慢つうものができねえ。いつも暴れちまってから、後悔するばかりだ。こんなの強さなんかじゃねえよ」

「……でも、その力で誰かを守ることができるじゃないですか」

「俺ができるのは壊すことだけだ」

「でも、誰かが酷いことをされそうになっている時に、暴力でも、そうしようとしている人達を止めることができるでしょう」

そういえば、竜ヶ峰と二回目に会ったときだったか。女を攫うなんてくだらないことをしようとした奴らを叩きのめしたのは。

「僕は、なにも守れなかった。止めたかったのに。ダラーズがあんな風になっていくのを止められなかった。女の子一人も守れなかった」

淡々とした声が次第に、絶望と切望の湿り気を帯びていくのを聞きながら、静雄は埋れていた記憶をたぐり寄せる。

ぼろぼろになって、転がっていた彼の姿が脳裏に浮かぶ。今、背中に乗る体は軽く、捕まる手は小さく、絞り出される声は悲嘆に満ちていた。静雄にとって、下衆な輩を殴るのは、あっけないほど簡単だ。だが、この小さな体は、またたく間に吹き飛ばされてしまっただろう。力を持て余す自分とは違って、彼は他人を殴れる拳を持たない。それでも、守りたいと立ち向かったのだ。そして今、適わなかった自分の無力を責めている。

「力がほしいんです。ダラーズを元に戻すための力が。抗争なんかやめて、みんなで仲良く、楽しく過ごすためのダラーズに戻せる力が」

感動に似た衝撃に襲われた。

静雄にとっての力とは、周りを壊すためのものだった。自分の意に沿わないものを叩きの目すために、彼は周りを壊し、自分を壊し、強くなった。しかし、この善良な少年は、誰か守るために、悪いことを止めるために、力を願い、届かないことに打ちのめされ、それでも諦められずに、力を渇望している。

これが、人間か。だったら、俺は確かに化物だな。

お前は化物だよと、臨也は言った。俺は、人間だと何度も言い返した。だが、こんな純粋な願いがあることを知っていたら、果たしてそう言えただろうか。暴力なんて振るったこともない人間が、どれだけ傷つけられても、立ち上がって何かを守ろうとする。そんな気持ちなんて、想像したことすらなかった。


「皆、ダラーズから抜けろっていうんです。僕が弱いから」

「それは違う」

「いいえ。ダラーズに僕はふさわしくないんです。だから皆、関わるなって」

ダラーズを抜けると告げた時を思い出す。下劣な提案をする奴やそれに乗る輩と、同じところになんていられないと思った。元から帰属意識も薄かったし、調度良かったと思っていた。

この弱々しい少年のように、愛するチームを汚された人間の気持ちなど考えもしなかった。自分はもう肉体だけではなく、心まで他人の気持ちを考えられない怪物になっていたのか。背中を濡らす、純粋な涙が、じくじくと胸にしみる。
作品名:やさしい獣に祝福を 作家名:川野礼