やさしい獣に祝福を
こんなに、素直で、人を守ることに懸命で、他人を気遣ってばかりの人間に、ダラーズはふさわしくない。もっと優しいところがあるはずだと、竜ヶ峰に忠告した人間はそう言いたかったのだろう。
何度も人と別れ、離れ、捨ててきた人間はそう言える。何も見捨てたことなんてない、まっすぐな少年はまっすぐな心で、ここしかないのだと縋りつく。彼への思いやりから出た言葉は、逆にその柔らかな心を切り刻んでしまったに違いない。
こいつは、いい奴だ。今までほとんど話したことのない静雄にだって、わかる。だからだ。らしくもなく、慰めの言葉を探していた。
「聞けよ。お前にそういう風に言う奴らは、お前が大事だから、傷ついて欲しくないから、傷つかずにいられる場所に行ってほしかっただけだ」
「お前は、いい奴だ」
「それに、強い」
それは、静雄が求めた強さだ。壊さない強さ。守りたものののために、自分を変えようとする強さ。
「…ぼくが?」
「ああ」
「だって、僕は普通で、だから相手にもされなくて、」
「セルフィは?お前と一緒に戦ってた眼鏡の子はどうなんんだよ?今は変わっちまったかもしれねえが、お前が大好きなダラーズにだって、お前を大事にしてくれてる奴らがいたんだろうが。俺は、普通ってのがどういうのか知らねえが、お前が普通の人間なら、俺はお前みたいになりたかった」
「静雄さんが…?」
「俺は、暴力が嫌いだ。静かに生きたいだけなんだ。なのに、いつもいつもキレちまって、気がついたら全部壊しちまってる。俺は、この力が、嫌いだ。俺に暴力を振るわせる奴らが嫌いだ。俺は、暴れないで済む、自分を抑えられる強さがほしいんだ」
「ごめんなさい」
「…何で謝る?」
「無神経なことを、言ってしまったからです。さっき、大丈夫ですかって言ったのは、静雄さん何かすごく、痛そうな顔をしているように見えたからなんです。静雄さん、自分がやったことに傷ついてたんですね。自分の力がやってしまったことに。それなのに僕、あなたの痛みを無視して、すごいとか言っちゃって」
ごめんなさい。
大丈夫ですか?
あれは、心配の色だったのか。わからなかったはずだ。親と弟以外に、静雄を心配する人間などいない。忘れていた言葉が、惜しみなくふり注がれる。
「……俺だって、」
無力さを嘆く彼には、力を持っていながら、感情のままに暴れて、周りも自分自身も傷つけるなんて、馬鹿以外の何物にも見えないに違いない。それなのに彼は自分の手前勝手な痛みすら、思いやる。こんな、優しい人間になりたかった。強い人間になりたかった。どちらも持たない静雄は、目が眩みそうになった。
「僕は、静雄さんとお話できてよかったと思います。だから、自分が嫌いだなんて言わないでください」
そういえば、これほど長く他人の話を聞いていながら、今日はキレることがなかった。それは些細なことだが、静間に取っては奇跡のようだ。
涙が出そうだった。十代の少年なら兎も角、二十歳を超えた大の男が泣いても、気色が悪いだけだ。そう自分に言い聞かせ、サングラスの奥で潤む目を懸命に開く。早く乾けと念じながら、気を抜けば思いっきり力を込めそうになる腕の筋肉をなだめる。胸の奥に熱くこみ上げるものは怒りでも悲しみでもなく、暖かく包みこむものは孤独でも絶望でもなく。この気持をなんと呼べばいいのか。刀から愛を迫られた時以上の歓喜に満たされた。
あと数分で新羅の家だ。背中の温もりを下ろしたら、名前を聞こう。友達になってくれるだろうか。大丈夫だと信じられた。こいつなら、俺を受け入れてくれる。そんなことは、とうに諦めていたのに、信じている自分がいる。
本当に、奇跡のようだ。