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オトメラブコメレンアイジジョウ

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 セーシェル諸島のとある場所、セーシェルが居を構える岬のふもと。咲かせたパラソルの下で、イギリスは眼前に広がる絶景を眺めていた。抜けるようなスカイブルーと深い深いマリンブルー、二対の青が鏡映しとなって地平線の向こうまで伸びている。うつくしいビーチに人影は皆無。セーシェルのつつましいあずまやに臨む小さな浜辺を、今はイギリスひとりで独占している。地元の島民も入ってこないエリアであるが、プライベートビーチと呼ぶのも大げさである。
 島民たちが愛らしい祖国のために用意した、セーシェルだけの遊び場だった。イギリスが訪れている時は、そこはもっぱら、ふたりが人目をはばからずイチャつける場所として重宝している。
 で、そのビーチの主であるセーシェルはといえば。
「なんだあいつ、もったいぶって」
 ここで待っててください、着替えてきます――それだけ言い残して、彼女は自分の家に舞い戻った。最近買った水着を着てくるのだという。ぴょこぴょことおさげをはずませ、スカートをひるがえして駆けていくセーシェルの後ろ姿がまぶしかった。ああそうか、新しい水着を披露できるのが嬉しいのか、と彼は遅ればせながら気づく。
 素朴でガサツで無頓着な女だと思っていたが、そんなでもセーシェルの中身は《お年頃の女の子》なのだ。永遠の少女。あっ、ちょっと犯罪くさいなこのフレーズ。――とりとめもないことを考えながら、イギリスはセーシェル宅のキッチンを借りて作っておいたアイスティーをすする。
「お待たせしましたー」
「へぶっ!」
 浮かれたように間延びしたセーシェルの声にそちらを振り返り、彼女の姿を視界におさめたところで、イギリスは飲んでいた紅茶を吹きそうになって、盛大にむせた。
「だ、だいじょうぶですか?!」とセーシェルが背中をさすってくれる。のはいいが、目の前で薄い布につつまれた、やわらかいものが動作に合わせて揺れている。
 目の毒である。
「けほっ、おまえ、それっ」
「はい?」
「水着!」
「ええ、やっと新しいのを買ったんですけど、どうですか?」
 言われて、水着姿のセーシェルを、ついつい凝視してしまう。
 褐色のすべらかな肌を覆っているのは、面積の狭い布地である。普段の彼女の服装の好みや、彼女自身をして受けるイメージから、イギリスはなんとなく、ワンピースのかわいらしい系統の水着をチョイスしたのだろうと思っていた。
 だが、イギリスの前に現れたセーシェルは彼の勝手な予想を大きく裏切っていた。
 大胆なデザインのビキニを身につけていたのだ。
 小麦色の肌と対をなす、真珠色のビキニ。ほっそりとくびれた腰から下は優雅なドレープをえがくパレオで隠されているが、先ほどの彼女がイギリスの背をさするため、屈みこんだ時にちらりと見えたその部分は、かなりきわどいところまで切れ込みが入っていた。
 大胆だが派手すぎず、下品ではないデザインが、セーシェルの女性的な魅力を引き立たせている。特に、細身の割にはふっくらと形よい、その胸元に目がいってしまう。彼女が一糸まとわぬ姿など、イギリスにはめずらしくもないというのに、こうして見ればむしろ新鮮だった。
 ――ああこいつ、こんなに胸でかかったっけ?
 イギリスの健全かつ身も蓋もない感嘆を知らず、セーシェルはむうとむくれて腰に手を当てる。気の利いた一言もなく黙りこんでしまったイギリスに、気を悪くしたらしい。
「むせるほど似合わないとか、そういう失礼な感想は本気で怒りますからね」
「違ぇよ馬鹿!」
 立派な眉毛をつり上げて、ギッ、と彼女を睨む。
「あの髭野郎と一緒に買いに行っただろ、それ!」
 セーシェルはきょとんと目を丸くする。ふたりはしばし見つめ合い、「フランスさんのこと、言いましたっけ?」と、セーシェルはこくりと首をかしげた。
「聞いてねぇよ、なんにも」
 聞いていない。知らなかった。セーシェルがフランスと連れ立って買い物に出かけていたなんて、なにも。でも分かってしまった。
「じゃあどうして?」
「見りゃ分かるっつうの!」
 水着だけじゃない。泳ぐのに邪魔にならないよう髪をアップにまとめている、飾りつきのヘアゴムも。華奢な足をのせている、凝った意匠のサンダルも。彼女が身にまとうもののそこここから感じられる、あの男の気配。どれも、フランスが見繕ってやったのだろうと容易に想像がつく。ああ不愉快きわまりない。なぜこんなに苛立つのだろうと、「なんでそんな怖い顔してんですか!」と噛みついてくるセーシェルに言い返しながら、イギリスは頭の片隅で考える。
 きっと、いつもと違う趣向の装いが、セーシェルにとっても似合っていたからだ。でも、このコーディネイトをしてやったのが他の国のやつらだったなら、なんとも思っていないはずだ。ここまで腹が立つのは、他でもないフランスの見立てだったから。
「なに怒ってんですか?言いたいことあるならハッキリ言えばいいでしょ!」
「別に怒ってねぇよ!」
「うそ、怒ってる!すっごく怒ってる!」
「しつけぇぞ、怒ってねぇよ!」
 イギリスが怒っている、怒っていないで果てしない押し問答になり、「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんですぅー!」と子どものような捨て台詞を叫び。セーシェルはその辺に落ちていたヤシの実をつかんで投げつけてきた。ひるんだイギリスがかろうじて避けている隙にきびすを返したセーシェルは、彼に背を向ける。
「どこ行くんだよ」
「イギリスさんなんてもう知りません。ちょっとそこまでひと泳ぎしてくるんで、ついて来ないでください!」
「……気をつけろよ」
 セーシェルの「ちょっとそこまで」は、沖合いまでの遠泳である。しかも競泳かと思うほどのハイピッチだから、並大抵の人間がついて行きたくたって行けるものではない。
 ざくざくと砂を踏みしめながら海に分け入っていく彼女を見送って、イギリスは飲みかけのアイスティーを一息にあける。そして携帯電話を取り出し暗記している番号をプッシュする。ほどなくして、「……アロー」という寝ぼけた声が受話口から聞こえてきた。
「おいコラ髭野郎、寝るな」
「あのねえ坊ちゃん……徹夜明けでやっとうとうとしてたのに」
「うるせぇ、きりきり起きろ」
 電話の向こうで不満げな声。何徹後だろうがまるっと無視である。ことセーシェに関する内容だ、可及的速やかに問いたださねばならない。
「ふぁー、あーあ、そんなだから友達少ないんじゃないの、イギリス」
「おまえにだけだ、バーカ!それよりもだな」
 自分は今セーシェル共和国に来ていると、それだけを言ったところで相手はイギリスの剣幕の理由に気づいたらしい。低く不機嫌そうだったフランスの声が、途端に生き生きとしだすのが分かる。
「あ、おまえも見たの、セーシェルの水着。かんわいーだろ?」
「やっぱりてめぇの仕業か……そんっなにドーヴァーに沈められてぇのか、ああ?」
「やーだね、怖い声出しちゃってさ。可愛いカノジョが可愛いカッコして、なにが不満なのよ?」
 このままだとうっかり携帯電話を握りつぶしてしまいそうだ。
 イギリスだって、不満はなにもない。癪だけど、悔しいけれど、いいもの見せてもらったと思う。けれど。