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業火のように

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未来妄想パラレル。帝人が大学生になっています。静雄とはお付き合いを続けて、臨也とは師弟関係。



業火のように



がちゃがちゃと耳障りな金属音を聞いて、臨也は身を起こした。いつのまにか寝てしまっていたようだ。固まった体を、うんと伸ばし、家主の登場を待つ。

静かに開かれた扉の外、いつまでも幼さが消えない顔をいつも通りの笑顔で出向かえた。呆れた顔と、儀礼的な挨拶が返ってくる。いつまでたっても律儀なことだ。

「来てたんなら、鍵開けといてくださいよ」

「そんなことしたら、君の驚く顔が見れないじゃないか」

ふんと鼻を鳴らして、せせら笑う胡散臭い情報屋に、少年の域からようやく抜けたばかりの彼は呆れた顔を返す。

「今更、あなたがいることで驚いたりしませんよ」

古ぼけたアパートの一室は、男が二人いるだけで狭苦しくなる。兎小舎みたいだと失礼なことを考えながら、臨也は遠慮なくまた寝っ転がった。掃除の行き届いた床は、古いが汚くはない。広く高級な一室が好き放題に散らかされた、臨也の本来の住処とは正反対だった。部屋の主は、招かれざる客には目もくれず、スーパーの袋から買ってきた物を冷蔵庫や棚に詰め込んでいる真っ最中だ。

「一緒には住まないのかい?」

誰と。なんてお互い無駄なことは言わないし、聞かない。

「当分その予定はありません」

無造作に問われた言葉に、そっけなく帰ってきた答えは、何の感情も伺わせない。
可愛くなくなっちゃったなと一瞬思い、いや、こういうところは昔からだったっけと、童顔どころではなく子供子供していた頃が勝手に美化されるのを食いとどめる。面白そうな手駒になりそうだった彼は、いつのまにかこちらの思惑とはずれた方向に進化してしまった。今でもダラーズの管理人を誰にも譲る気のない彼は、表には出ることなく、不気味な存在感で、池袋を仕切っている。

見事にトリックスターとしての役割を果たしてくれたとも言えるが、そして、ここまで長く関係を持つことになるとは、黒幕を気取る男にも予想もつかなかった。
自分とも。平和島静雄とも。

ダラーズのボスが平和島静雄の恋人なんて使いようのない情報は、実のところあまり知られていない。
その上、その彼が折原臨也の弟子のようなものだということも。こちらは自称師匠が自ら隠匿しているのだが。

その師匠は、気が向いた時だけ、ふらりと部屋を訪れ、勉強の邪魔をしては情報屋のノウハウを叩き込み、またすぐにいなくなる。
このことを、平和島静雄が知っている様子はない。知っていたら、とっくに襲撃に遭っているはずだ。
帝人が何故黙っているのかは臨也にもわからない。その貪欲なまでの好奇心からか。単に部屋を戦場にさせたくないからか。

そして、あんなにも暑苦しい関係を築いているのに、同棲までいかない理由。表向きは静雄の部屋はいつ誰の襲撃を受けるかわからず、もしその時帝人一人だった場合、彼の身が危険にさらされるからということらしい。だが、臨也は、それだけではないと踏んでいる。自分の他にも、この部屋を訪れる人間はたくさんいる。幼馴染の紀田正臣を筆頭に、かつての想い人園原杏里、油断のならない自称下僕、新羅と喧嘩したときのセルフィの避難所でもある。帝人は、静雄だけでいいなんて決して言わない。静雄だけのものになんかならない。

そこが、天敵の恋人でありながら、折原臨也が未だに彼を気に入っている理由の一つでもあった。

「なんかさ、浮気してるみたいな気にならない?」

「ありえません」

「だってさ、シズちゃん放って、俺と半同棲してるって、そういう風に思われかねないよねぇ?」

「半同居の間違いでしょう。あなたとの間にそういう事実は全くありませんし」

「じゃあ事実にしちゃおうか?」

「馬鹿なことを言わないでください」

「帝人くん、にっぶーい☆!俺がさー、こーんなに通いつめちゃってさー、手取り足取りいっろいろ教えてあげてさー、何の下心もないとか、本気で思ってたわけ?」

ビニール袋を丁寧に畳んで、引き出しにしまうと、帝人は疲れたようにため息をついた。それに少し気を悪くした臨也は、その細い肩に手を伸ばした。押し倒してしまえば簡単だ。押さえつける手を跳ね除ける力さえ、帝人は持たない。

「帝人くんも、ほんとは期待しちゃってるんじゃないの?シズちゃんと住まないのもそのせい?俺もシズちゃんも手放したくないからでしょ。ほんっと!欲張りだよねえ、我らがボスは!!」

「やめましょう、臨也さん。晩御飯作りたいんです」

「いつまでもそんなはぐらかしが通用するとでも思ってんの?」

臨也の手が、帝人の服にかかる。少し怖がらせてやるだけのつもりだったが、なんだか本当にそんな気になってきた。

「…しつこいです」

帝人が悪いのだ。勝手にそんな気になっておいて臨也は思う。考えてみたら、自分と静雄と両天秤なんて随分と偉くなったものじゃないか。奪ってしまえばいい。静雄なんて捨てて、自分だけのものになればいいのだ。渦巻く欲求に浮かされて、臨也は、先に進もうとした。

「……欲張りなのは、あなたでしょう」

視線がこちらに向けられた途端、幼げな顔から無邪気さが消える。『非日常』に移行し、ダラーズのボスとして見せる顔になる。

「あなたは、ただ静雄さんが誰かと幸せになるのが許せないだけでしょう」

「はあ?何的外れなこと堂々と言っちゃってんの?俺が本当はシズちゃんを愛してましたーとか言いたいわけ?気味悪っ!俺、君の頭はそこそこ買ってたつもりなんだけど、時間無駄にしちゃったかな」

「僕は、あなたじゃないからあなたの気持ちなんてわからないけど、少なくともあなたの下心は僕に向けられたものじゃないっていうことはわかります。こんなに長く、一緒にいたんだから」

「だからシズちゃんが好きなんだろうって?短絡的すぎるよ、帝人くん。俺はね、人を愛してる。平和島静雄以外はね。あの化物は人間なんかじゃない。一生、死んでも、愛になんて値しないね」

「そうかもしれません。なら、あなたは寂しいんだ」

「っ!」

「大嫌いな静雄さんがあなたへの殺意を忘れて自分の恋愛に夢中になれば、あなたを追いかけてくる人はいなくなる。だから僕が静雄さんを独占できないように、僕を静雄さんが独占できないように。そして、あなたが先に見つけた僕を静雄さんが手に入れるのも気にくわないんでしょう。だから情報屋の師匠なんて買ってでて、静雄さんに僕が全部とられてしまわないようにしてる」

言葉がでてこない。言い返さないと、何か大切なものを失う気がするのに。

「感謝はしてるんです。あなたが教えてくれたことは、ダラーズを管理するのに今は欠かせないものだ。あなたが来てくれてる時間は楽しい。だけど、こんなのは違う。違うよ、臨也さん」






出て行ってしまった。あれだけ言われても何も言い返さず、逃げるようにその場を去る折原臨也なんて、誰も見たことがないに違いない。

取り残された帝人は、破かれた服を脱ぎ捨て、ゴミ箱に放り込んだ。

酷い人だと何度も思った。何度も恨んだ。それなのに、嫌いにはなれない。
作品名:業火のように 作家名:川野礼