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喫煙バカップル

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会議室から抜けて、いつもの部屋に入り込むだけで肩から少し力が抜けた。
 この国で大がかりな会議が開かれるとき、会場は必ず首都の外れにある古い屋敷であった。参加者の利便性や警備の都合など、様々な条件を考慮した結果だ。
 普段は人の住まない屋敷をきっちり手入れし、不定期に行われる会議に対応できるよう努めている、という奇妙なマメさだけはフランシスを評価できる。人間の気配のない建物はすぐに老朽化するものだ。その維持の苦労は同じ国として多少分かるつもりである。
 生活感の薄い屋敷ではあるが、なじみはある。長年に渡り親しまれ、各々気に入りの場所があるのか休憩になると姿を消すものも多い。自分もご多分に漏れず常に二階にある小さな部屋に陣取っている。
 最近は流行らないからね、と会議室内で喫煙を禁止されたのはいつのことだったか。元よりヒトではないこの身体に健康被害など関係ないだろうが、屋敷の管理などを引き合いに出されては文句は言えなかった。
 せめて喫煙所を、と求めたところ、玄関ホールと使用頻度の低いいくつかの小部屋が指定されることになった。
 現在バッシュがいるのは小部屋のうちのひとつで、屋敷の中でも一際小さな部屋であった。元は子供部屋であったようで、壁には低めの書棚がしつらえてある。
 バッシュ自身の見た目と相まってか、この場所に煙草がしみついているのが何とも言えない背徳感だよね、とはフランシスの弁だ。大きなお世話である。
 部屋の窓辺に置かれた、これも小さめのソファーに身を沈めつつバッシュはパンツのポケットからジタンを取り出した。他国滞在中はその国の煙草を吸うようにしている。煙草は空気と合わせて選ぶべきものだ。とはいえ時流のためか、最近は生産国も減っているようで、ご当地銘柄を選ぶにも一苦労なのだが。
 しかしこれは自分には似合わないな、とジタンを挟んだ口角だけ上げ、バッシュはライターを擦った。踊り子の浮かぶ変形パッケージは美しいが、どこかしら淫靡な雰囲気を持つ。自分の性格からすれば少しアンバランスに見えるだろうな、などと考えつつ長く煙を吐き出すと、会議の緊張も少し吐き出されたようだった。
 部屋はおろか、廊下に至るまで静かだった。他にも喫煙者はそれなりにいるが、皆この部屋を選ぶことはないし、近づくことも稀だ。バッシュの専有区域というわけではないが、会議の合間にまで自分に怒られたくはないのだろう。大体の会議でオブザーバーとして参加し、時に怒声を響かせている功罪のようなものだ。
 妹は煙草の匂いを好まないため、エリザベータに任せておいた。あれと共にいる限り変態共は妹に近づくことも難しいだろう。
 何とはなしに腕時計を見る。再開までそこそこ時間があった。ネクタイを軽く寛げ、ジャケットを脱いでソファーにかける。スーツは嫌いではないのだが、けして肩が凝らないわけではない。スリーピースのベストも脱いでしまうか、とボタンに手をかけたところで、耳が足音を拾った。
 距離、約15メートル。こちらへ向かう階段あたりか。男物の革靴、規則正しいがゆったりしたペース……この音は、あいつか。扉の前まで、あと5秒ほど。
 あとは体が動くままにした。訓練を積んだ肉体は反射で外敵を排除しにかかる。ポケットからナイフを抜く、扉に近づく、息を殺す、扉が、開く。ひゅ、と呼吸音がした。

「……ッ、あ、なたは。武器の持ち込みは、禁止でしょう」
「……ふん、そんなことも言われた気がするな。用件は何だ」
「とりあえず、その物騒なものを下ろしてもらえませんか。非常に不愉快です。貴方、私だって気づいていたんでしょう」
「挨拶がわりだ。貴様の足音に気づかぬようでは我輩の名折れだからな」

 言いながら、ポケットにナイフを戻す。断っておくが、我が国自慢の小型万能ナイフであり、殺傷能力は低い。ついポケットに入れたままだっただけで、護身用というわけではないのだ。そこまで動揺させるようなものではないのに、滑稽なほど驚くのが痛快であった。
 扉を開いたのは足音通りローデリヒであった。平時はこんなところに近づくこともなく、会議室あたりでコーヒーをすするような男が、一体何の気まぐれか。
 用向きを問うようにねめつければ、澄ました顔で手を伸ばしてくる。

「何だ」
「一本頂こうと思いまして」

 貴方のくわえてるそれ以外で。顎を軽くしゃくってこちらを指す。何用かと思えば、そんなことか。

「……ロヴィーノかアントーニョあたりにねだれば良いのではないか」

 あいつらも愛煙家だ。しかも玄関ホールでわいわい吸うタイプなのだから、玄関ホールにまっすぐ行けばいい。

「そのつもりでしたが、玄関にたどり着かなかったのですよ」
「……また迷子か」
「心外な。迷ってなどいませんよ。とにかく吸えればよいのです」

 その否定がすでに迷子のセリフだ。そういうことならば仕方がない。追い返したところでまた迷い、会議再開までに戻ってこれはしまい。ここで吸わせてホールに連れ帰らねば、ルートヴィッヒの胃が持たんな。そう判断し、ジッポをローデリヒに渡す。

「少し待て」

 言いつつソファーに戻り引っかけたジャケットを探る。
 左の懐にそれはあった。ローデリヒはジタンをひどく嫌っていた。今も眉間には皺がよっている。追い出せないならこちらが我慢するしかない。引きずり出した携帯灰皿を机に置き、ジタンを捩じこむ。それから右ポケットから黒い箱を取り出した。

「味は知らんぞ、目についただけだからな」

 前置きして箱を放る。灰皿と一緒に入れていたダビドフはちょうど最後の一本だった。会議前に寄った煙草屋で買ってみた黒い箱しかやれるものはない。

「おや、貴方にしてはいいものを持ってますね」

 こちらに近づき、箱を見たローデリヒは知った銘柄のようだ。少し上機嫌になる。細い指に取り出された煙草そのものも黒かった。

「……コーヒー?」

 火がつき、一瞬遅れてコーヒーの香りがしたような気がした。

「さすがに鼻が利きますね。これは、コーヒーのフレーバーがついた煙草なのですよ」

 煙草を揺らしてソファーに座る。なぜわざわざ向かいでなく左隣に座るのか。突っ込みたいが、ジッポを受け取ってからだ。
 しかし、どうりで銘柄に疎いこやつが知っているはずだ。コーヒーに目がない上、煙草も嗜なむローデリヒが知らないわけはない。我輩は普段フレーバーつきを選ばないのだ。そんなことより、

「それを返せ。吸えん」

 ジッポを指差すと、少し興が削がれたような顔をした。

「ああ……そうでした」

 こちらも最後のダビドフをくわえて、黒い煙草に夢中のローデリヒに手を伸ばす。残り時間はあるのだが、一度中断されたこともあり喫煙欲求が高まってしまった。
 左肩に触れられた、と思うが早いか腕を軽くはねあげられ、右を引き寄せられる。反転し、上半身をローデリヒに乗り上げる形になり、顎を捕まれた。

「ッおい……」
「黙りなさい」

 黒い煙草がダビドフの端に触れ、ローデリヒが息を吸う。じり、と火が強まるとダビドフにそれが移った。黒、赤、白が交わる。
 一口吸い、味を確認して離れる。不覚にも少し興奮した。

「火、ついたでしょう?」
作品名:喫煙バカップル 作家名:くきや