緑茶ウォーズ
がこん、と自動販売機から飲み物が落ちてきた。代わりのものを買ってくる、と会議室を飛び出してきたのだった。
イギリスは落ち込んでいた。間接キスが達成されなかったからではない。自分のよこしまな思いで、日本がわざわざ持ってきた大切なお茶を飲み干してしまったことが、情けなくてたまらなかったのだ。
(何やってんだろ…オレ…)
はぁ、と深くため息をついた目の端に、小柄な人影をが映った。
「あの…イギリスさん?」
「うわぁ!日本!」
会議室を物凄い勢いでとびだしたイギリスを心配したのか、日本が追いかけてきたのだった。
イギリスはばつの悪い思いをなんとか堪えながら、たったいま自販機から取り出したペットボトルを差し出す。
「悪い、ここ日本茶置いてなくてさ…これじゃ代わりにならないけど。」
イギリスの手にあるものを見て驚いた日本は、申し訳なさそうに答えた。
「そんな…気を使ってくださらなくていいのに。もともとそんなに入ってなかったんです。」
日本の優しい言葉に泣きそうになる。すさんでいた心が一気に癒されたようだった。
「それにしても…それはお水ですか?見たことのないパッケージです。」
日本の視線はイギリスが持っているものに注がれていた。え?と自分の手元に視線を落とすと―しまった。
あまりの落ち込みっぷりに、ろくに見もせず自分が普段飲むもののボタンを押してしまったのだ。日本は繊細な舌の持ち主だから、これでは口に合わないかもしれない。
「あー…これ、オレが好きなやつだった。日本、悪いけどここから好きなの選んでくれないか?」
財布を出そうと上着の内ポケットに差し込んだイギリスの手を、日本の小さくてきれいな手がやんわりと止めた。
「…それがお好きなんですか?」
「あ、あぁ、普段はこれしか飲まないかな」
「なら…それが、いいです。」
はにかんだように視線を逸らせながら、日本はつぶやいた。
「イギリスさんの好きなものがひとつわかって、うれしいです。」
そのセリフに、イギリスの心臓は小さく跳ね上がる。照れたように顔を赤らめる日本がかわいくてかわいくてどうしようもなかった。
やっぱり、キスがしたい。間接なんかじゃなく、直接その柔らかな唇に触れてみたかった。それがだめなら抱きしめるだけでもいい。手をつなぐだけでもいい。とにかく君に―日本に触れたかった。この愛しさを、どうやって伝えたらいい?
「そ、そんなもの!いくらでも教えてやるよ!!だから…」
あぁ、あの憎たらしいロン毛髭野郎ならもっと気のきいたセリフのひとつも言えるだろうに、今の自分にはこれが精一杯だ。
「だから、お前の好きなものも…オレに教えてくれないか?」
好きな本、好きな音楽好きな食べ物…なんでもいい、日本のことならどんなことでも知りたかった。
それを聞いた日本は、少しだけびっくりしたような顔して―そのあとすぐ、まるで花がほころんだような笑顔を見せた。そして今度は目を逸らさずに、答えた。
「―はい、よろこんで。」